17話 好色学園エステバン?

1 日常の風景

 目覚まし時計がけたたましく鳴り響き、意識が覚醒した。


 午前6時45分、いつも通りの朝、天気は曇りだ。

 寝巻きのまま朝食を済ませ、顔を洗い、ブレザーを着る。

 制服は数年前に学ランからブレザーになったばかり、上級生は学ランを着ている者もいたが、今年からは統一された。


 ……この年になって制服を着るとはなあ……


 俺はぼんやり鏡を見るが、17才の顔だ。


 ……あれ? 17才だよな?


 自分の思考に違和感を抱きながら身支度を整える。

 カレンダーは1993年4月、俺の名は田嶋昭広たじまあきひろ、あだ名でエステバンと呼ばれる……何もおかしいことはない。


 気を取り直し、母親に「行ってきます」と告げて出た。

 母の顔はぼんやりとして思い出せなかった。



 家を出てすぐ、隣の家のチャイムを鳴らし返事も聞かずにドアを開けた。


「ごくろうじゃなエステバン、シェイラはまだ寝ておるぞ」

「おはようございます。ちょっとお邪魔します」


 シェイラの母、ファビオラに挨拶し二階に上がる。


「おい、シェイラ、起きろよ」


 ノックし、返事がないことを確認してドアを開ける。

 案の定、ベッドの上で芋虫のようにくるまった布団からは、ふんがふんがと色気のないイビキが聞こえた。


 シェイラは俺の2つ年下の幼馴染みだ。

 今年の4月からバカで有名な私立高校に共に通っている。


「早く起きろよ、新入生のくせに遅刻するのかよ」


 俺の言葉に反応したのだろう。シェイラが「うー、まだ、眠いぞ」と布団の中から返事をした。

 マンガなら布団をひっぺがすシーンだが、さすがにそれはまずい。


「じゃ、起こしたぞ。俺は行くからな」


 それだけを伝えて部屋から出る。


「ふがっ! 待って、ちょっと下で待っててくれっ!」


 部屋の中からバタバタと暴れる音が聞こえる。

 時計をみれば7時35分、まだ余裕はある。


 俺は勝手にインスタントコーヒーを作り、2階からの喧騒を聞きながら待つことにした。


 バタバタバタンと2階の騒がしさが増し、シェイラが降りてくる。

 紺のブレザーに青いリボン型のネクタイ、白い髪は時間がなかったためか後ろで簡単にまとめてある。

 重要なことだが、足元は紺のハイソックスだ。


「エステバン、お待たせ」


 シェイラがそう言いながら食パンを咥える。

 食パン少女は実在した。


 俺たちはファビオラに見送られ家を出る。

 時間は遅刻ってほどでもないが余裕はない。


「次のバスに乗れなきゃアウトだ」

「じゃあセーフだな。明日からこの時間にしよう」


 シェイラはいつもこんな感じだ。

 世間知らずで、人目を気にせず、物事にこだわらない。今だって顔も洗ってないから目やにがついたままだ。

 森人エルフの特徴である白い髪に長い耳、見た目はモデルみたいだし、モテてもいいはずだが、コイツから男女交際の話は聞いたことがない……お子さまなんだろうな。


 俺とシェイラは家族ぐるみの気安い関係だが、つき合ってるとか男女の関係じゃない。

 むしろ母親のファビオラとつき合いたい。


 学生で込み合ったバスに乗ると「ひえー、朝から一緒なんてお熱いねえ」と声をかけられた。


 クラスメートのレーレだ。


 肩まで伸ばした金髪にくりっとして大きな目、アイドルみたいにかわいらしい顔立ちをしている。

 シャツのボタンを上2つ外し、短いスカート……かなり制服を着崩しているがよく似合っている。

 もちろんルーズソックスだ。


「いつもシェイラにやさしく起こしてもらってるんでしょ?きしし」


 レーレがいかにも誤解を招きそうな発言でからかってくる。

 シェイラはきょとんとした顔だ。


「ちがうぞ、エステバンが起こしてくれるんだ」

「ひええー、アツアツだねー」


 レーレは俺とシェイラが隣同士で幼馴染みだと知っている。

 周囲にわざと聞かせ、からかっているのだ。


「ね、ね、エステバンって優しくしてくれるの?」

「うん、優しいぞ」


 レーレはわざときわどい質問をしているのだが、シェイラはよくわかっていない。

 その答えを聞いたレーレは「ひええ、進んでるよお」とか喜んでいる。


 狭いバスの中、注目を集めているようだ。

 実際にレーレとシェイラは芸能人みたいにかわいいし、二人と一緒にいる俺はかなり目立っている。


「そう言えばシェイラは部活決めたの?」

「うーん、エステバンに色々聞いてるけど弓道部かなー」


 レーレはこんな見た目だが手芸部の新部長だ。

 しきりに「手芸部にしなよ」と新入生のシェイラを勧誘している。


 ちなみに俺はバイトしてるので部活はしていない。

 俺が中学生のころ、両親が離婚した。

 特に困窮しているわけでもないが、母に負担はかけたくない。

 せめて学費と生活費の足しにと月に4万円ずつ家に入れるようにしている。


 8時26分、バスが止まった。高校前だ。

 ホームルームは40分から、これが最終バスである。


「おーす、師匠は相変わらずモテモテだな! わけてくれよ」


 バスから降りると、朝から元気いっぱいのクラスメート、ヤーゴに声をかけられた。

 なぜかコイツは俺のことをエロの師匠と呼ぶ。


「えー、ヤーゴなんかやだー」


 レーレがこれ見よがしに俺の腕に絡みついてくる。

 それを見たシェイラが「あっズルいぞっ」と小さく抗議の声を上げた。


「よお、ヤーゴ。今日は赤目蛇のメンバーと一緒じゃないのか?」

「さすがに朝から一緒に登校しねえよ」


 ヤーゴはこの学校の番長グループ赤目蛇のメンバーだが、ブレザーという服装のせいかあまり不良っぽさはない。

 背が高く、よく日焼けした顔は不良というより運動部みたいだ。


「そうか、アガタに会えなくて残念だな。よろしく言っといてくれよ」

「へへ、師匠も赤目蛇に入りゃいいのさ、アガタは師匠に惚れてるぜ」


 赤目蛇のリーダー、女番長のアガタは赤い髪にナイスバディのかなりいい女だ。

 だが、ブレザーなのではかまのようなロングスカートもはかないし、ヨーヨー使いのマッポの手先でもない。


「はは、それならありがたいね、実はアガタは今朝も夢で出てきてな。白い水着を着てるもんだから、俺が水鉄砲でこう(当時は濡れたら透けた)……幸いパンツは汚してないが――」

「……エステバン、エステバン、あっち見てみなよ」


 ヤーゴとバカ話をしていると、レーレが俺の袖を引き「あっちあっち」と指で示す。


 そこには耳まで赤く染めたアガタがそっぽを向いていた。

 どうやら聞いていたことを誤魔化したいようだが、残念なことにバレバレである。


「ちっ、朝っぱらから下らない話してんじゃないよっ!」

「きしし、素直じゃないんだー」


 レーレがアガタをからかうと、予鈴がなった。


「さ、遅れるぞ。シェイラもがんばれよ」

「うんっ、またね」


 シェイラを見送り教室に向かう。


 ……おかしい、なにがおかしいのかわからないが、たしかにおかしい。


 俺はぬぐえぬ違和感に悩まされながら教室に向かう。


 ほどなくして教室では担任のドアーティ先生がホームルームを始めた。

 トライアングルビキニの上下にネクタイと革靴。

 ガチの変態だが真面目に生徒と向き合うことで人気の先生だ。


「じゃあ、出席をとります」


 ドアーティ先生は俺を田嶋ではなくエステバンと呼んだ。

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