6 仲直り

 夕刻、冒険者ギルド



「今日は2つだ。牙と脂肪もあるから引き取ってくれ」

「お前さんが2日で2匹か。もう豚人オークの時期も終わりだな」


 順に戦果をギルドのカウンターに置き、支配人のアレシュに確認させる。

 今回はわりと遠征したのだが、群れとはぐれた小物を2匹……少し寂しい内容だ。


「それはそうとな、あちらを見てみな」


 アレシュが親指を立てて示す先を見ると、口をへの字に曲げたシェイラがこちらを睨んでいた。

 ギルドに併設された酒場で何か食べてたのだろうか?


「昨日もな、お前さんを待ってたみたいだぜ」

「ええ……? 昨日もか」


 レーレから聞いた話によると、シェイラは靴職人といい感じになってるとかなんとか……やべ、フラれるのかな?

 シェイラにフラれると将来設計が――と言うより、こんなに森人の里から離れたとこで別行動とか絶対に族長のファビオラに怒られる。


 ……ヤバイな、なんとか言いくるめなくては……


 俺の焦りを知ってか知らずか、シェイラは思い詰めた様子でこちらに近づいてくる。

 その緊張した雰囲気にこちらも身構えてしまう。


「え、エステバン……その、私な、その、冷たくしてゴメン」


 シェイラはうつむき、気まずげに髪をもてあそびながら切り出した。

 この思わぬ言葉に少し動揺してしまう。


 最近、シェイラの奇行には首をかしげていたが、やはりどこかおかしい。


「……やっぱり、怒ってるのか?」

「いや、少し驚いただけだ……俺も悪かったと思う。その、色々とな」


 そう、色々である。

 せっかく2壺もらったぬるぬるをレーレ様と1壺使いきったなんて言えない。


「レーレから聞いたんだ。エステバンは、いつも私を守ってるって。一緒にいなくても私のことを想ってくれてるって――」


 思わずポケットの中を覗くと、レーレが何やらハンドサインを送ってきた。

 意味はよく分からないが、たぶん『半分以上言ってないが感謝しろ』だと思う。


 ……なるほど、シェイラは夢みる乙女だからな。


 何となく事情は察したが、仲直りのチャンスらしい。

 俺はポケットを外から軽く触れてレーレに感謝を表現した。


「驚いた。その、てっきりフラれるかと思ってたからな」

「わ、私がエステバンを嫌いになるわけないっ! ちょっと意地悪したかっただけなんだっ!」


 シェイラが勢いよく俺の胸に飛び込んできたが、ガッと凄い音がした。

 俺の上着は戦闘服に近く、刃止めの鋲がたくさんついているのだ。その1つに当たったらしい。


「痛いぞ」


 シェイラが照れ臭そうに額を押さえて笑う。

 俺は「何をやってるんだ」と血のにじんだ箇所を撫でた。


 ちなみに俺たちは冒険者ギルドのカウンター側でやってるわけで、夕方のこの時間はわりと込み合っている。


 周囲では舌打ちの音や「邪魔だな」「やめとけ、ぶっ殺されるぞ」「あいつ魔族殺しだぞ」などと聞こえてくるが……シェイラはお構いなしである。

 正直、ちょっと居心地は悪い。


「エステバン、お願いがあるんだ……その、子作りだけど、私の発情期、終っちゃったんだ」


 いきなりシェイラが衝撃的な発言をする。

 森人エルフって発情期があるのか……ぜひ発情周期を教えてほしいところだ。


「だから、待ってほしいんだ。ちゃんと、体の準備ができるまで」


 シェイラはかなり真剣だ。

 これは茶化したり、からかったりする雰囲気ではない。


「そんなに待てるかな? 俺は森人ほど長生きしないぞ?」

「大丈夫だっ! その分だけ大事にしてやるっ! 鈴虫も大事に養えば冬を越すんだ!」


 鈴虫……うーん、鈴虫か。

 なんか微妙なたとえだが、今のところ俺が年を取っても捨てる気はないらしい。


「発情期以外のエッチは?」

「エッチなことを我慢するんだっ!」


 シェイラが長い耳を赤くしながら俺を叱る。

 だが、俺が「レーレならいいだろ?」とささやくとぷくっと頬を膨らませた。


「れ、レーレはしかたないけど、浮気したらダメだぞ。ホントにダメだぞ」

「ああ、シェイラがエッチなことしてくれるならしない」


 なんとレーレは公認らしい。

 これは凄い話ではないだろうか。

 レーレが大丈夫なら他の拡大解釈の余地はあるだろう。


「好きだって、ちゃんと言うんだ」

「好きさ」


 これは本心ではある。

 恋愛感情かどうかは別として、彼女に好意は抱いている。

 これに疑いはない。


 シェイラは俺の答えに「そ、そうかっ! 好きかっ! 私も好きだっ!」と喜んでいるが……なんというか若すぎてストライクゾーンからは離れてるんだよな。

 しかし、実際に結婚した女性が趣味とかけ離れてるなんて話はいくらでもある。


 ……いわゆる、年貢の納めどきなのかも。


 ここはちゃんとして、将来に備えるべきである。

 人間と森人、順当にいけば俺はシェイラに介護してもらうのだから。


「ちゃんと両親に結婚の挨拶をしてくれるか?」

「少し遅くなるかもしれないが良いか? 実はな――」


 俺はレーレを届けた後に、魔貴族ハルパスの領地に招かれていることを説明した。

 周囲の冒険者たちがざわつくが無視だ。


「そ、そうかっ! 会ってくれるか?」

「そうだな。折を見て俺の実家にも寄るか? あんまり仲良くないけど」


 こちらの世界に来た時点で日本の記憶があった俺は、故郷では浮いた存在だった。

 そりゃそうである。俺は周囲の大人が年下に見えたし、まして子供と遊ぶのはキツかった。

 自然と周囲と距離をとり、体を鍛えたり読み書きの練習ばかりしたので家族との関係は希薄だ。

 冒険者になってからは数度しか帰ってない。


 ……もうちょい仲良くしとくべきだったかなあ。


 微妙な気持ちになった俺とは対照的に、シェイラは結婚の約束をしたと上機嫌だ。


「そろそろ豚人も落ち着いたし、旅に出るか?」


 俺が尋ねるとシェイラは少し考え、俺から身を離し真面目な顔をした。

 キリッとすると可愛いのに、めったにしないのが難点だ。


「エステバン、いま手伝ってる工房がホントに忙しくて大変なんだ。だから、だから何日か、ちょっとだけ待っててくれるか?」


 少し言いづらそうにするものの、その様子は真剣そのものだ。

 こんなにかわいい顔をされるといじめたくなって仕方がない。


「シェイラが他の男とどんな会話をするのか興味あるな。ついていっていいか? 誘惑してるんじゃないだろうな?」

「だ、だめだっ! そういうのじゃないんだっ!」


 シェイラがわたわたする姿はなんともユーモラスでほほえましい。


 俺たちがいい雰囲気でイヤンバカンとイチャイチャしていると、支配人のアレシュが「いや、本当に悪いんだが」と割り込んできた。


「ちょっとすまんが、立場上、色々と聞かなきゃいかんのだが……お前さんたちは魔貴族と付き合いがあるのか?」


 本当に恐る恐る、腫れ物に触るような態度だ。

 魔貴族といえば対魔族戦争で人間相手に猛威を振るう災厄そのもの――恐れるのも無理ないが、俺は人間である。

 この態度は少し心外だ。


 少し浮かれていたが、改めて周囲の冒険者を確認すると、かなり警戒して遠巻きにこちらを窺っている。


「いや、付き合いってほどでもないさ」


 俺はそう言いながら冒険者手帳をゆっくりとした動きでアレシュに渡す。

 下手に警戒され、衛兵隊にでも通報されたら厄介だ。


 魔族との付き合いは犯罪ではないが、今は戦争中。心象はよくないだろう。


「手帳に書いてあるように魔貴族ハルパスとは1度やりあってな――それから色々とあったんだが、心を入れ換えたみたいで人間との和解をしたいらしい」


 ここで少し間をおき、いかにも余裕たっぷりといった風情で「魔貴族ヴァラファールを殺ったのが効いたらしいな」と口にすると、周囲の冒険者が明らかに怯んだ。


 ヴァラファールは再封印かと思っていたがハルパスは『滅びた』と言っていた。

 何かの弾みで死んだのかも知れない。


「そこで人間との融和についてアドバイスを求められた。冒険者としての依頼さ」


 ちょっと吹かし・・・てみたが、このくらいなら問題ないだろう。

 何しろ嘘は言っていない。


「ま、ここで長話もなんだし、飲みながらにしよう。ここにいる全員に一杯おごらせてくれ。俺たちの婚約祝いだ」


 あとは酒で誤魔化す。

 冒険者の大半は酒にだらしないし、理由をつけておごってやれば嫌がるやつはいない。


 それからは大宴会だ。


 ちょっと急展開ではあったが、俺はシェイラと婚約をしたらしい。

 まあ、1年も一緒にいたわけだし、なるようになったってことなのかもしれない。


 シェイラも嬉しそうだし、これで良かったんだろう。


 豚人を狩って貯めた金はスッカラカンになったが、面倒ごとよりはましだ。

 金はまた稼げばいい。



 こうして、俺はなし崩し的にシェイラと婚約した。

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