4 から回り

【靴職人ファン】



 職人が仕事を始めるにはやや遅めの時間、彼女はやってくる。


 冒険者ギルドから来たと告げた森人エルフの女――シェイラは不思議な女だった。


 初めて見た印象は『良い靴をはいているな』程度のものだった。


 ほどほどに手入れをされた仕立ての良い靴。

 何度か修理を行った跡が見え、よほど思い入れのある靴なのだと察することができた。


 シェイラの働きぶりは気難しいファンをして満足のできるものだ。

 散らかった工房を片付けるだけでなく、道具の手入れや作業着の選択もしてくれた。

 刃物の手入れなどはファンよりも上手いほどだ。


 お互いに口数は少ないながらも数日経つころにはそれなりに打ち解け、自室の掃除や炊事までしてくれるようになった。


「はい、ちゃんとヒゲを剃って髪を洗うんだぞ」


 そういって髭剃りと櫛を渡されたときには驚いた。

 しかし、彼女のアドバイスの通り体を清め、身だしなみを整えると集中力が増し、疲労も減ったように感じる。

 これは新しい発見だった。


 彼女の食事は独特な味わいで少し口には合わなかったが……異種族の間ではよくあることだ。森人の郷土料理なのだろう。

 ファンは仕事に入れ込むと毎日の食事もおろそかになる、彼女の気遣いは純粋にありがたかった。


 そして、彼女が来て変わったことはそれだけではない。

 露骨に客が増えたのだ。


 はじめは勘違いかと思ったが、靴底の交換やメンテナンスなど、細かい仕事が増えた。

 明らかに目当ては美人のシェイラだ。


 自分の仕事を評価されるならともなく、手伝いの女を目当てにくるなど許せなかった。

 だが、当のシェイラが平気な顔をして客の相手をするのだから、ファンが腹をたててもどうにもならない。

 大人しく駄靴の修理など、小仕事をこなすようになった。


「やっぱりカミさんもらうと違うな。働き者になった」


 とある客が冗談を言った。

 二人の関係は即座に否定したが、確かにシェイラが手伝いにくる分は多めに稼ぐ必要はある。

 しかし、不本意な仕事をこなすことで評価されるとは不思議なことだと感じた。


「親方は選り好みをしてただけあるね。器量よしで働き者だ。最高の嫁だよ」


 何が嬉しいのか、革屋のおかみさんがニコニコと話す。

 二人の関係は即座に否定したが、ファンから見てもシェイラは美人で働き者だ。


 前掛けエプロンをしながら楽しげに働くシェイラは見ていて楽しい。

 美しい見た目と可愛らしい仕草は、女性の美醜にあまり興味がないファンでもクラリとくるほど魅力的だ。


「不思議だよな。冒険者がなんで靴屋なんだよ」


 靴屋(販売店)の息子がやっかみ半分で疑問を口にした。

 聞くところによるとシェイラは7等の冒険者だ。

 7等とは職人でいえば一人前とは言えずとも、見習いを終えたいっぱしである。

 靴職人の下働きのような雑用をやる必要があるとは思えない。確かに不思議だ。


 靴以外の世事にうといファンでも思い当たる節はある。

 シェイラは珍しい森人で美しい……そして身分不相応に上等な身なりをしている。


 ここから思い当たるのは支援者パトロンの存在だ。


 靴職人とて、腕を見込まれて貴族や大金持ちの支援者を得るパターンはある。

 

 ……だが、芸術家や職人でもないシェイラにつく支援者とは――


 ファンは首を振って、淫らな想像を追い払った。

 これ以上は彼女への侮辱だ。許されないことである。


 しかし、その事情を考えればシェイラの意図が読み解ける気がした。

 彼女は手に職を着け、支援者の手から離れたいのだ。


 なぜ靴屋か――その理由は修復を重ねた彼女の靴を見ればわかる。

 シェイラは靴の買い替えに迷うような身分ではない。

 だが、何度も直して使うほどに靴に愛着がある。

 何らかの思い入れのある靴を通して手に仕事を着けたいのだ。


 シェイラはまだ少女ともいえる年齢だ。

 その過去と現状を考えただけでファンの口からため息がでる。


「どうした? お腹すいたのか?」

「いや……ああ、何か食べるものあるかい?」


 シェイラは「ちょっと待っててくれ、ちょうど煮売り(惣菜)屋さんがきたみたいだ」と言い残し、担ぎ売りの行商人を呼びに行った。

 彼女の作る森人料理は独特の臭みがあり、それに慣れないファンは内心で安堵の息をつく。


 辛い過去を抱えているであろう彼女が朗らかに働いているのに、自分が落ち込んでどうするんだ、とファンは自らを鼓舞した。


 ……そうだ、彼女に仕事を教えよう。少しでも早く自立できるように。


 幸いシェイラは刃物の扱いに慣れている。

 革の裁断くらいから始めてみようと考え、ファンは革の在庫を調べ始めた。


 仕事へのこだわりが強く、弟子さえもとれなかった靴職人は、いつのまにか変化を始めていたのだ。




――――――




 そして、シェイラが通うようになり半月を少し過ぎた頃、とある事件が起きた。


 いつもより早い時間に、シェイラが泣きながら工房に現れたのだ。

 物見高い下町の連中が「なんだ、どうした」と集まってくるが構っていられない。


 いつも朗らかなシェイラが力なくうなだれ、涙をポロポロとこぼしている。

 なにかあったのは明らかだ。


「シェイラさん、大丈夫か」


 ファンが声をかけると、シェイラは「大丈夫だ、なんでもない」と声を震わせて答えた。


「何か、その……知り合いと何かあったのかい?」


 ファンが支援者について遠回しに尋ねると、シェイラは数瞬ほど躊躇ちゅうちょし、軽くうなずいた。


 やはりそうだ、支援者と何かあったのだ。

 ひょっとしたら、この工房に来ることを咎められたのかもしれない。

 何かひどい目にあった可能性もある。


 悠長に仕事を覚えさせている場合ではないのかもしれない。

 いっそ、ファンが生活の面倒を見てやり、支援者から引き離すのも手ではないのか。


 それに必要なのは金だ。

 だが、残念なことにファンは仕事の選り好みが祟って金がない。


 ……だが、俺には実績がある。あとは利益を出せることを証明すれば職人ギルドから借金だってできる。


 金を作るには、今までのファンの仕事と逆のことをすればいい。


 靴は採寸して作るオーダーメイドと、間に合わせ量産品がある。


 ファンはこだわりが強く、今まではオーダーメイドの靴とメンテナンスしかやらなかった。

 だが、売れるのは安価な量産品だ。


「シェイラさん、俺は今から靴屋の主人と話をしてくる。今日は工房は閉めて道具の手入れを頼むとしようか」


 傷心のシェイラは何かをさせた方がいい。

 ファンにも覚えがあるが、一心に刃物を研ぐと時間を忘れるときがある。

 少しでもシェイラの慰めになればと考えた、ファンの不器用な優しさだ。


 ファンは「どけ、邪魔だ」と野次馬を蹴散らして靴屋に向かう。


 こうして、不器用な職人は慣れぬ仕事を大量に抱えることになった。

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