7話 男の純情

1 別れ

 サキュバス騒動の解決より数日後。



 俺は完全に復調したのだが……世間の目が何だか冷たい。

 どうやら、俺は複雑な注目のされかたをしているらしいのだ。


 先ず、サキュバスに襲われ下半身まる出しで町をふらついていた――これは仕方ない。俺のせいだ。

 そして、俺が不覚をとった後にサキュバスを退治したのは顔見知りの冒険者チーム赤目蛇とシェイラだ。

 特にシェイラはサキュバス退治でわりと目立つ動きをして注目を集めたらしく、ちょっとした有名人になっていた。


 ただでさえ珍しい森人エルフがサキュバス退治というだけでも面白いが、サキュバスに騙された夫の仇討ちという事情が噂に拍車をかけたようだ。


 これのお陰で俺は森人の幼妻をもらいながらサキュバスに引っ掛かった露出狂のダメ夫として有名になり、シェイラはダメ夫を見捨てずに危険なモンスターと対決した貞婦として持て はやされた。

 庶民はこんな他愛もない話が大好きなのだ。


 それはともかく、俺がダメ夫扱いされるのは……まあ仕方ないとして、シェイラが変に注目を集めるのはよろしくない。

 彼女はまだ駆け出し冒険者、9等でしかないのだ。

 若い頃に注目を集めることで自らのを過信し、悪いやつらに利用されて身を持ち崩したり、実力以上の依頼を引き受けて命を落とすケースは幾らでも見てきた。

 シェイラにはそんな風になって欲しくない。


 ……そろそろ、次の町に向かうのが良いだろうな。


 幸い資金は貯まった。

 赤目蛇がサキュバス退治の報酬を頭割りにしてくれたお陰で、俺たちも5分の1の報酬を得たのだ(さすがに俺の分は断った)。


 それに加えて、宝石商の仕事を斡旋した冒険者ギルドから迷惑料が出た。

 これは今回のようなギルドの手落ちで不適切な依頼を出したときに『ごく稀に出る』ことがある慰謝料だ。今回の件は妙に注目を集めたので口止め料も兼ねて出してくれたのだろう。


 これらを合わせれば十分に旅の支度は整うはずだ。


 俺は今まさにシェイラを連れて市場を回り、旅支度を揃えている最中である。

 適当にシェイラの背嚢リュックサックを用意し、適当に中身を用意した。

 始めは適当でいい。そのうちに自分で必要なモノ、不必要なモノが見えてくるだろう。

 それは自分で見つけていくしかない。



 あと、これは余談だが、サキュバスに協力していた宝石商は絞首刑になるらしい。

 本人はサキュバスに魅了され操られていたと主張していたが、魔力結晶を販売していたことが決め手となり有罪とされたようだ。


 真相は分からない。


 この世界の裁判はスピーディーで、審理はシンプル。

 むしろ裁判があった宝石商はラッキーである。

 彼は『サキュバスの協力者』として、サキュバスの死体と共に晒されることになるだろう。


 ちなみに彼は独身で、サキュバスのことは近所の者も気づいていなかったそうだ。


 ……それにしても、あのサキュバスは美人だった。


 俺がうっとりと甘美な思い出に浸っていると、脇に激痛を感じ「痛てっ」と声が出た。

 隣にいたシェイラがつねったのだ。


「変なこと考えてたろ?」

「いや、とても良いことを思い出していた」


 俺の言葉を聞くや、再度シェイラは俺をつねる。

 なんだか目が覚めてからシェイラが妙に女房面をしてきて困る。

 いや、困りはしないのだが、何か重い。


 俺は定職も無いのに家庭を持つ気はない。しかも、50才くらいで老人扱いされるアイマール王国の人間で30才は決して若くはない。

 冒険者ならば引退の文字がチラつく年齢だ……冗談抜きで俺は引退後の生活を考えないと不味い年齢に差し掛かってきたのだ。まじで焦る。


 対してシェイラは200年300年と生きる森人だ。

 これだけ寿命が違うと性の対象にはなり得るが、恋愛対象にはなり難い。

 むしろ老後の世話をお願いしたいくらいだ。


「何か失礼なこと考えただろ?」


 シェイラが長い耳を後ろに倒し、ヒクヒクと動かした。不機嫌の証だ。

 こんなに世話をしたのだから俺のオシメくらい替えて欲しいものだ。プレイ的な意味じゃないぞ。念のため。


「考えてない、髪を上げたのが似合ってると思ってな」


 いつの間にか、彼女は髪型をアップに変えたらしい。俺がそれを適当に褒めると嬉しそうに「でへへ」と笑った。先程の不機嫌はどこかに吹き飛んだようだ。


 ……なんだかねえ、素直と言うより馬鹿なのかもな。


 俺が彼女の頭をぐしゃぐしゃと撫でるとヘアスタイルは崩れた。



 半泣きで怒られた。




――――――




 その後



 俺たちは冒険者ギルドの酒場で赤目蛇と会っていた。

 彼らはこのまま南下し、アルボンに戻るらしい。

 アイマール王国より南、ベントゥラ王国と魔族が大規模な戦争をするという噂もある。国境線は忙しくなるだろう。


 俺たちはレーレの故郷を目指して北上するので、彼らとはここでさようならである。

 今日はちょっとしたお別れ会だ。


「短い間だったけど世話になったね」


 アガタがサッパリとした風で別れを口にする。

 旅暮らしの冒険者にとって別れとは日常だ。

 縁があればまた会える。会えなくても、それが人生だ。


 だが、彼女とは1度関係した仲だ……たぶん。

 俺は珍しく未練を感じていた。

 こうしたとき、男よりも女の方がサッパリしている気がするが、どうだろう?


「キミの左胸の下にある黒子ほくろはチャーミングだった」

「ふふ、奥さんが凄い顔してるよ」


 名残を惜しむ俺のセリフも軽く流されてしまった。

 彼女は大人だ。


 俺の隣に座る森人が般若のような顔をしているが、スルーで。

 恋愛は自由である。

 俺の下半身はリベラル志向。俺は性のリベラリストなのだ。


 ヤーゴとベレンはニヤニヤと笑っている。

 娯楽の少ない世界では他人の痴情のもつれなどは愉快な見世物なのだ。


 アガタは世慣れており、ちょっとした仕草で俺の気を引き、シェイラをからかっている。俺もだんだん『その気』になってきたんだが、出発前に1度お相手を願えないだろうか。


「うおっほん」


 唐突に地人ドワーフのドランがわざとらしく咳払いをし「少し良いか」と話題を変えた。

 彼は地人らしく冗談や浮わついた話が嫌いなのだ。


「少しいいか? オヌシらを見込んで頼みがあるのだ」


 ドランは少し言いづらそうに俺とシェイラを順に見やった。どうやら松ぼっくりへの頼みらしい。


 俺が「できる頼みなら聞くぞ」と安請け合いをする。

 松ぼっくりと赤目蛇は何度か貸しを作ったり借りを作ったりした仲だ。余程の無茶で無ければ断らないのが筋である。


「そうか。この町にエゴイという地人の技師がいる。腕の良い建築技師でな、この町の下水道の敷設にも携わり今はメンテナンスを行っている。コヤツが『下水道の掃除』をしてくれる冒険者を探しているのだが集まらんらしい」


 ドランの言葉を受け、俺は下水道関係の依頼があったことを思い出した。

 確か『下水道の掃除』だったと思う。あまり報酬の良くなかった依頼だ。


 ここダマスの町では下水道が通っている。これはアイマール王国では珍しいことだ。

 ダマスの町は地理的に地人の住む丘陵地帯に近く、技術力の高い地人技師が雇えることから、インフラ整備が非常に進んでいる。

 地人は職人肌の者が多く、人間よりも寿命が長い。自然と熟練工には地人が多くなるのだ。


 ダマスの町ご自慢の下水道のトラブルにしては報酬が安すぎるのが気になるが……まあ、不審と言うほどでもない。


「まあ、構わないけど、ドランが助けてやらないのは何でだ?」

「うむ、恐らくはエゴイの設計ミスか何かでトラブルが起きているのだろう。町ではなく個人的に依頼を出しているのが証拠だ。知られたくない事情があるのだろうし――地人技師は誇り高く、顔見知りのワシが助けを申し出るとこじれるかもしれん」


 俺は「なるほどね」と頷いた。

 まあ、今は懐も温かいし、報酬が安くても構わないだろう。


「わかったよ。ドランの名前は伏せて話を聞いてくる。引き受けるかどうかは保証できないけど」

「そうか、そうしてくれるか」


 ドランは満足げに頷いた。

 すると「終わりか?」と、ヤーゴがずいっと割り込んできた。


「酒場で固い話はそこまでにしてくれよ」

「全く、明日の仕事の話を今日するもんじゃないよ」


 ヤーゴとアガタが笑い、乾杯をする。

 本当にこのチームは仲が良い。ドランは顔をしかめているが、嫌がっていないのが良く分かる。


 俺たちは大いに飲み、別れの宴を楽しんだ。


 赤目蛇は旅立つが、旅に出会いと別れは付き物である。

 たまたま道連れとなった幸運を喜べど、別れは惜しむモノでは無いのだ。



「また会えるかな?」


 赤目蛇と別れた後、シェイラがポツリと呟いた。


 通信機器の無いこの世界では『旅立ち』とは『生き別れ』とほぼ同義だ。

 しかも、互いに旅暮らしの冒険者では手紙も送ることはできないだろう。


 俺は「かもな」と言いながら彼女の頭をぐしゃぐしゃと撫でると、シェイラはベソをかいた。


 彼女にとっても、赤目蛇は忘れられない思い出になったようだ。

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