2 シェイラの弓
「いや、凄いね。大猟だ。最近はゴブリンやなんやらで冒険者が来てくれなかったから助かったよ」
農場主は愛想よく俺たち『松ぼっくり』を労った。
ここ数日、害獣駆除の依頼を受けた俺たちはフラーガ郊外の農場を回り、色々なモンスターを駆除している。
今日も早朝から昼過ぎまで狩りをし、今は依頼人である農場主に成果を報告しているところだ。
「しかし、凄いねえ。あんたら、腕が良いんだね」
この農場主はあまりの猟果に目を丸くして驚いているようだ。
確かに俺たちの猟果は凄い。
害獣駆除は歩合制なのだが、目の前では農場主が「現金が足りるかな」と青くなるほどのモンスターが並べられている。
ちなみに農場主の土地で狩ったモンスターは農場主の物になる契約だ。
ヨロイキツネ――その名の通り、鱗のような甲殻で背中を固めたキツネである。
危険度は低いが肉食であり、家畜を襲うモンスターだ。その甲殻は加工され、様々な工芸品になるため価値が高い。
パッと見はアルマジロのようにも見える。
オオガラス――ただの大きいカラスだが、色々と荒らすのでモンスター扱い。食用になる。
アナイタチ――カマイタチでは無くアナイタチ。農地に穴を掘る害獣なのでモンスター扱い。
ミーアキャットに似ている。
オルーガ――デカイ毛虫。40センチくらいある。
何かの幼虫では無く、この姿で成体らしい。
刺されるとアナフィラキシーショックを起こすことがあり大変危険。意外と足が速くてビックリさせられる。
ウデナシトカゲ――1話2参照。
並べるとこんな感じだ。
モンスターは人間を見たら逃げるモノも多いのだが、シェイラがかなりの距離で獲物を見つけ、正確無比の狙撃で仕留めるので猟果が凄い。
意外と言っては失礼だが、彼女は弓の名手であった。
何しろ、ヨロイキツネやアナイタチなどの警戒距離の外――彼らが『このくらいなら大丈夫』と油断している距離から狙撃するのだ。
シェイラの腕や
ただ、かなりしっかりした射形を作らなければ狙撃はできないらしい。
当然、連射も出来ないし、物陰に潜みながらと言うのも難しいだろう。
実戦では使いづらいかもしれない。
彼女が
「ふふん、私は
「いや、大したもんだね。ちゃんと冒険者ギルドに報酬は届けるよ。数を確認しよう」
農場主に大袈裟な褒め方をされ、シェイラが大威張りでペタンコの胸を張る。
かなり得意気だが、実際に今日の仕事は大半がシェイラの猟果なのだ。
俺はまじまじとシェイラの胸を観察する。
女性は弓の弦で胸を払ってしまうこともあるらしいが彼女ならばその心配も無いだろう。
弓使いとしての資質も十分だ。
今日の俺の猟果はオルーガ2匹を短槍で突いただけである。
だが、ムキムキになった体に慣れるためには丁度良い運動になったと思う。
この体の出力は凄い、だけど慎重に『出来ること』『出来ないこと』を見極めていきたい。後悔するときは死ぬときだ。
最後は農場主に「松ぼっくり、ありがとう。また頼むよ」と礼を言われ、シェイラは大照れであった。
俺たちは農場主に別れを告げ、フラーガに戻る。
「冒険者って楽しいな。私の得意な狩りであんなに喜んでもらえるなんて、凄く嬉しかった」
彼女は実に嬉しそうだ。
思えばシェイラはペドロが俺の猟果を『たった』と言ったことに激怒したことがあるが、森人にとって猟果を認められるのは特別なことなのかも知れない。
「そうだな、こんな依頼は気持ちの良いものだ。報酬を受け取ったら旨い飯でも食おう」
食事と聞いただけでシェイラは「やったー!」と大喜びである。
そう言えば食事を奢ったら触らせてくれるシステム(2話2参照)があったはずだ。奢って貰えば触って貰えるのだろうか?
是非ともご馳走になりたいところだ。
ちなみにフラーガでは依頼人と冒険者は金銭のやり取りはせず、報酬は後でギルドから受けとる形だ。過去に何かしらのトラブルがあったらしい。
冒険者ギルドは色々と地方ルールがあり、一概には言えない部分も多い。
農場から出てしばらく「塩味ごはん♪ 塩味ごはん♪」と謎のオリジナルソングを歌っていたシェイラだが、何かに気づき足をピタリと止めた。
「エステバン、誰か来るよ。変な感じだ。怪我してるのかな?」
シェイラが長い耳をウサギのようにヒクヒクと動かした。音を探っているのだろうか?
左右の耳で違う動きをするところを見ると『人間じゃないんだな』と感じる。
……たしかに、誰かが来る。急いでいるな。
魔法で聴力を上げた俺の耳でも聞こえた。
カチャカチャと金属音が聞こえる。武装しているようだ。
俺はシェイラに「油断するなよ」と声をかけ、短槍を低く構えた。彼女も頷き、弓に矢をつがえる。
ほどなくすると、武装した男が道を走ってきた。
「おおーい、敵じゃない! 冒険者なら助けてくれ!」
手を振る人間の男……どうやら衛兵のようだ。ハードレザーで作った肩無しのラメラーアーマーに、頬まで守るヘルメットは見覚えがある。
男は「敵じゃない」と手を振ってアピールするが、まだ油断はできない。
街道には行き倒れを装った追い剥ぎも出るのだ。衛兵のふりをした強盗がいても不思議ではない。
「エステバン、どうする? 助けて欲しいって……」
シェイラが不安気な表情を見せるが、俺は「まだだ」とシェイラに注意を促す。
「そこで止まれ!!」
俺が助けを求める男に警告すると、男は足をもつれさせ、その場で息も絶え絶えにへたり込んだ。よほど走り続けてきたらしい。
ほどよく日に焼けた小麦色の肌をした若い男だ。
「……はあ、はあ、げほっ、助け、はあ」
「落ち着け、深呼吸をしろ」
俺は男が武器を納めたままなのを確認し「ゆっくり飲めよ」と水筒を手渡した。
男は喉をならして水を旨そうに飲み干す――ちなみに、水はある程度は魔法で補充できるので全部飲まれても大丈夫だ。
「ぶは、助かった! 実は――」
男が大慌てで語るところによると、ゴブリンである。
彼は伝令としてフラーガまで走る途中、俺たちに気づき声を掛けたそうだ。
「頼むよ、助けに行ってくれ。ゴブリンは大群だ」
「エステバン、助けてあげようよ!」
シェイラは勇ましく「助けたい」と口にするが、問題は正に彼女だ。
正直なところ、彼女が冒険者に慣れるまで――せめて7~8等くらいになるまで本格的な討伐依頼は控えようと思ってたのだが。
「私の弓は何回も見ただろ? 見通しの良い場所ならゴブリンなんてイチコロだ!」
シェイラはあくまで勇ましい。
俺は少し迷いながらも自らの箙(えびら)から矢を全て外し、シェイラに手渡した。
ゴブリンに襲われているのならモタモタしている時間はない。
俺は伝令の男から場所を聞き、助けに行くことを決めた。
即断即決、現場を見て駄目なら逃げる。それが冒険者流だ。
「シェイラ、矢は使いきるなよ。少なくなったら逃げろ。基本的には俺が前でゴブリンを引き付ける、お前は弓でシャーマンやホブを狙え。ゴブリンには近づくな。絶対だ」
「わかった。弓でシャーマンとホブを狙う。絶対に近づかない」
シェイラは指示を復唱し「任せてくれ」と嬉しそうに笑った。
狩人としての腕の見せ所だと張り切っているらしい。
ちなみにゴブリンは豚人と同じく、同じ種族の中で呼び名の変わるモンスターだ。
だが、単純にサイズで決まる豚人とは違い、ゴブリンの場合は彼らの社会的な地位で呼び名が変わる。
棒切れや簡単な石などで人を襲うゴブリン。
次に戦士階級と思わしきホブゴブリン。彼らは体が大きく、冒険者から奪った剣や石槍、石斧を使いこなす。
魔法を使うために杖や独特のローブをまとうゴブリンシャーマン。強力な魔法使いだ。
群れの長である豪華(?)な格好をしたゴブリンチーフ。ゴブリンキングってのもいるらしいが、そいつは見たことがない。
彼らが実際にゴブリンの社会で戦士や魔法使いなのかは知らないが「そういうやつら」がいるのは確かで、見れば誰でも区別がつく。
だが、殺してしまえば見分けがつきづらいので報酬は素のゴブリンもゴブリンチーフも変わらない。上位のゴブリンは冒険者的には手強いくせに儲けにならない「はずれ」なのだ。
ともかくも、ゴブリンは単体では大したことがないが、複雑な社会を形成するほどに知恵があり、油断できる相手ではない。
「良し、行くぞ! 松ぼっくりの初陣だ!!」
俺は威勢良く短槍を高く掲げた。
少し恥ずかしいが、この手の行動は士気を高める。
シェイラも「おーっ!」と威勢良く弓を天に突き上げ、俺の短槍と自らの弓を交差させ応えた。
何とも頼もしい相棒である。
たった2人の援軍だが、数十程度のぶつかり合いで横槍を入れることが出来れば何とでもなる。
俺たちは戦場に急いだ。
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ゴブリン
亜人の一種だが、人を好んで襲うためにモンスターとされる。
独自の複雑な社会を築いており、群の長であるゴブリンチーフ、優れた装備を持つホブゴブリン、魔法を使いこなすゴブリンシャーマンなど上位種が確認されているが、全て同一種の個体差だとされている。
身長は140~160センチ程度、上位種の方が大きい傾向がある。
洞穴を掘り進めて巣穴を拡張するため上半身は発達しており、背は曲がっている。体毛はほとんど無い。
肉は非常に臭く食用に向かないが、脳と骨髄は美味。調理法は切断した頭部ごと加熱し、頭蓋骨を割って食べることが一般的。
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