3 怪魚ホワイトヘッド
宿屋を追い出された俺たちは古着屋で衣服を整え、ついでに中古品で適当な剣帯も用意した。
剣帯も月光剣を採寸していないのでピッタリとはいかないが、無いと剣を手で持って運ぶことになる。さすがにそれは不便だから間に合わせで良しとした。
この世界で衣服を新調するとオーダーメイドになり、非常に高価だ。
庶民はこうして古着屋で衣類を整えることが多い。
剣帯や革鎧は専門職に採寸して貰うと日にちが掛かる。
次の町で用意するのが良いだろう。
防具はサイズの合わなくなった服と革鎧を下取りに出し、古着屋で革のジャケットを買って間に合わせにした。
心許ないが、無いよりはかなりマシである。
俺は現金主義と言うか、あまり物々交換は好まないが、シェイラにこうした取引を教えるためには都合が良かったと思う。
ちなみにこうした取引に定価などはなく、全て交渉で値段は決まる。
「あそこに亜人もいるな、
「そうだな、市場は朝が賑わう。良い品から売れるから遅くに来ると売れ残りばかりになるし、店も閉まってしまうんだ。まあ、売れ残りを安値で狙う人もいるけどな」
シェイラは「ふんふん」と頷きながら迷子にならないようについてくる。
「そのうち、お前さんが稼ぐようになったら色々揃えよう。冒険者としての身支度ってものがあるからな」
俺の言葉にシェイラは「本当か」と目をキラキラさせている。身支度って部分に反応したようだ。
今は必要なものは貸してやるが、そのうち一人前になれば別行動もありえるだろう。
その時までに冒険者として最低限の物は用意しなければならない。
「冒険者の
彼女は俺が担いだ荷物を眺めて不思議そうな顔をしている。
沢山と言われても担いで市場に来れるくらいなんだから大したことは無いが、弓しか持っていない彼女と比べれば大荷物には違いない。
「うん? まあ、鍋とか食器もあるしな。防寒のマントも必要だし、薬もある。短槍や盾もあるからな」
「剣と弓じゃだめなのか?」
俺は「うーん」と考える。
駄目かと言われたら駄目では無いが、やり合う相手や状況次第では武器は持ち替えたほうが良いに決まっている。
毒があるような相手と戦うなら槍のような長柄物を使いたいが、森や建物の中ならば槍や長剣は振り回せない。
さらに狭い洞窟の中ならば盾と松明を構えて進むこともあるだろう。
こうしたことを口で説明しても中々伝わらない。
俺も1つ1つ、失敗をし、恥をかきながら覚えたのだ。
『聞いたことは、忘れる。見たことは、覚える。やったことは、わかる』
学生時代、部活の顧問の先生が教えてくれた言葉だが、正にこの通りだと思う。
そりゃ、質問されたら教えるが、旅の荷造りなんかは自分で身につけるものなのだ。
必要なものは人それぞれ、自分に合った支度がある。
「例えばな、旅先で病気になった時に――」
「敵が狭いところに隠れていたら――」
「鍋で煮炊きをするときは――」
まあ、忘れるだろうとは思いつつも、俺は一通りの説明をしていく。
それをシェイラは楽しそうに聞いていた。
今はこれでいいか。
そうこうしてるうちに冒険者ギルドに着いた。
すでに仕事を求める冒険者でギルドは一杯だ。
早朝に簡単な仕事を見つけ、夕方に幾ばくかの報酬を手に酒場に向かう……そうしたその日暮らしの冒険者は多い。
若いうちはそれで別に良いと思う。ある意味では1日で取っ払いの報酬があるのは助かる面も多い。
だが、年を重ね体の動かなくなってきた低等級の冒険者は悲惨だ。
長年やっても大した技術は身に付かないし、多少腕に覚えがあるものだから犯罪に手を染める者も多い。
冒険者とは「きつい」「汚い」「危険」、見事に3拍子揃った3K労働だ。
たしかに、華々しい成り上がりも一部ではある。しかし、それ以上に冒険者は『他に何も出来ない者の吹きだまり、最底辺の仕事』と言う側面もある。
土地を持てない農家の三男四男やら、厳しい修行からドロップアウトした職人の徒弟なども多い。
冒険者は6等級くらいから社会的に認められるが、それ以下の者は『浮浪者や盗賊よりはまし』くらいの目で見られることも多いのだ。
俺の両親も『なぜ冒険者などになるんだ』と言っていた。彼らは幼い頃から文武に励んだ息子は町役人か衛兵になるものと決めつけていたものだ。
……まあ、それも悪くなかったかもな。そうしてれば今ごろは……
俺は下らない感傷にとらわれ苦笑した。
今さら考えた所でどうにもならない。
俺とシェイラは少し離れた所でギルドの喧騒が治まるのを眺めていた。
冒険者たちは少しでも割りの良い仕事を求めて大騒ぎだ。
シェイラも少し引いているが、冒険者としてやっていくと言うことはあの中に飛び込んで行くことに他ならない。
「何か……思ってたのと違うかも。エステバンしか知らなかったから、もっと、こう……シュッとしてキラキラってしてる感じかなと思ってた」
「キラキラね。まあ分からんでもない」
俺もギルドに来る前は『冒険者は剣と魔法で世界中を探検している勇者たち』とか勝手に妄想していたものだ。
たぶん日本のゲームの影響だな。
「俺は一応3等級だからな。あまりガッつかなくても仕事はそれなりにある」
「そうか。やっぱりエステバンは凄いな」
シェイラはあどけなく笑っているが、その表情には幼さが残っている。
ひょっとしたらこの56才は人間で言えば未成年だったりするのだろうか?
この世界では、人間ならば大体14~16才くらいで成人とされる。
俺は彼女を視姦したが「十分イケるな」と判断した。
胸周りや腰つきは寂しいが何とでもなる。
彼女は大人だ。
「何か変なこと考えたろ?」
「変じゃない。とても良いことを想像していた」
今朝のことを思い出したのか、シェイラは体を隠すようにもじもじとし始めた。
こちらを誘っているようにも見えるが、俺も正気に返っているし、道端ではどうしようもない。今は我慢してもらおう。
ほどなくするとギルドのカウンターの喧騒も治まってきたようだ。
俺たちは
「ペドロ、ちょっと良いか?」
「おっ、今日は早いじゃねえか。カミサンもらうと違うな」
ペドロは早速、シェイラをネタに俺たちをからかおうとして来たが「んん?」と何かに気づき、俺の顔をまじまじと眺め始めた。視姦じゃないと信じたい。
「何か印象が違うな……若くなったような」
ペドロは不思議そうに首を捻るが無理もない。
一晩で俺の体つきは大きく変わったのだ。
服を着れば目立たないかもしれないが、印象が違っていても不思議じゃない。
俺が「そう言うなよ」と誤魔化すと何やら納得し、しきりに頷いている。
「俺にも覚えがあるが、若い女と一緒にいると気を使うからな。服を変えたろ?」
「まあな、そんなとこだ」
ペドロの見当外れの結論に苦笑いしつつも俺は彼の用意してくれた依頼書を手に取った。
「シェイラも来いよ、一緒に考えよう」
遠慮がちに離れていたシェイラに声をかけると、彼女は「いいのか!」と無邪気に喜んだ。
俺たちはパーティーを組んだのだから相談するのは当たり前ではあるが、彼女は目を輝かせて依頼書を覗き込む。
「町を移るなら丁度良いのは2件だな、1つはアルボンへの配達、期限は特に無いが『急ぎ』とあるな。
「増援依頼とは珍しいな?」
俺は1枚の紙を手に取り読み進めるが『委細相談』と書いてあるのみだ。
支配人のペドロに聞けと言うことだろう。
「それな、まあ大したことねえとは思うがフラーガでゴブリンが増えてるらしい。衛兵も出ているらしいが、もともと小さい町だし手が足りねえんだろ。向こうで少なくとも3つ4つは依頼をこなして欲しいとあるな」
どうやら純粋に人手が足りないから応援が欲しいらしい。
駆け付けて何らかの依頼をこなせば良いのだから簡単な話ではある。
各都市の冒険者ギルド間でこうしたやり取りをすることは珍しくはない。
問題のゴブリンは小型の亜人だ。廃坑や洞穴、遺跡などに住み着き数を増やす。
独特の社会性があるようだが、山賊のように人を襲うのでモンスター扱いされる亜人だ。
数が増えれば驚異だが、少数ならば大したことはない。
俺は2枚の依頼書を眺めてフラーガに決めた。
「シェイラ、フラーガにしようと思うが良いか?」
「うん、良いけど、何でこっちなんだ?」
俺はなるべく丁寧にシェイラに理由を説明することにした。
先ず、単純にアルボンとフラーガでは、距離が違う。
両方ともにチャパーロから見て南に位置しているが、フラーガならば舟を借りて川を下れば1日で到着する。
また、アルボンはアイマール王国と魔族の支配領域との境界線に近く、大規模な戦闘も起こり得る。さすがにシェイラを連れて行くのは不安だ。
アルボンは成り上がりを望む命知らずが飛び込むには良い場所だが、俺たちとはマッチしない。
「分かった。フラーガが良い」
「そうだな。ペドロ、こちらを頼む。後は確認だが、ゴブリン退治の依頼じゃなくて冒険者の増援だな?」
ペドロは少し眉を動かしながら「そうだ」と答えた。
ギルドマスターの彼からすれば、ゴブリンが増えての増援依頼なのだからゴブリンを退治して欲しいに決まっている。
だが、増援依頼で向かった冒険者がどんな仕事をするかは冒険者次第だ。
「まあ、お前なら問題ないだろ。気が向いたらまたチャパーロに戻ってこいよ」
「ああ、また来るよ」
俺は依頼の受注を済ませ、ペドロからフラーガへの紹介状を受け取ると簡単な別れの挨拶を済ませた。
冒険者の別れとはこんなものだ。縁があればまた会うこともあるだろう。
「フラーガまでは舟で行こう。金は掛かるが早いからな」
「舟か、初めて乗る。これは大冒険だな」
シェイラは実に嬉しそうだ。
チャパーロからフラーガは川の道で繋がっている。
今も喫水の浅い小型の舟が行き来していた。
船着き場では水に強い
彼らは人と共存している亜人だ。
「フラーガ! フラーガ! フラーガまで行くぞ!!」
丁度、フラーガまで荷を運ぶ舟が出るようだ。
舟のスペースが空いてはもったいないので、こうして船頭は飛び入りの荷や乗客を呼び込む。
それを見つけた俺たちは急いで舟に駆け寄った。
「フラーガまで頼む、2人だ」
「うーん、2人か……荷物もあるんだろ?」
麦わら帽子の若い船頭は少し難しい顔をした。
別に勿体ぶっている訳ではなく、単純にスペースの問題らしい。
小さい舟なのだ。
「かなり窮屈な感じになるが……」
「そうか、問題ない。ちゃんと2人分払うよ」
俺が心付けも含め、かなり多めに船賃を渡すと船頭はニヤリと含み笑いをした。
男と男――互いの意図が通じあった瞬間である。
若い船頭は荷物をずらし、丁度2人がスッポリと収まるようなスペースを確保してくれた。
実に良い感じのカップルシートだ。
「さあ来い、出発しよう」
船頭が俺たちを促し、シェイラは恐る恐る舟に乗り込んだ。
――――――
晴れた春の船旅は、心地の良いものだ。
屋根の無い小舟の旅だ、真夏では容赦なく太陽が肌を焼き、真冬には寒さで凍える。
だが、今は暑くも寒くもなく、何処からか花の香りが漂うような春の舟だ。詩心の無い俺ですら一句詠みたくなるような風情がある。
風もなく、流れも穏やかで実に良い気もちだ。
ぐらり
また、舟が大きく揺れた。
「イヤーっ! 怖いよっ!!」
シェイラは舟が揺れる度に悲鳴を上げ、俺にしがみつく。
川の流れは穏やかで、水棲のモンスターもいるがよほど川の中に手を浸し続けるとか油断しなければ問題ない。
いきなり舟を沈められたりパクンとやられることは稀だ。
だが、何故かこの舟だけが揺れる。
そして船頭に川のモンスターの恐ろしさを語られ続けたシェイラは顔を青くして俺にしがみつくのだ。
俺はシェイラに見えぬよう船頭に小さく頷くと、またも舟が大きく揺れた。
船頭は「川が荒れてるぜ、こんな日はヤツが出るんだ、ホワイトヘッドがな」とか言いながら笑っている。
ホワイトヘッドとは謎の人食い魚らしい。
川で死した人々の怨念が集まり生まれた怪物で、今も獲物を狙い川を漂っているとかなんとか……明らかに船頭の作り話だ。
「ホワイトヘッド怖いっ! 下りたい、下りたいよっ!!」
また、シェイラが悲鳴を上げてしがみついてくる。
……暗い森に住んでたくせに、怪談が怖いかね?
俺は首を捻りながら無防備なシェイラの尻を撫でる。
アンデッドがいる世界で怪談とはこれいかに。
「尻をさわるなっ! 変なの擦り付けるなっ! ホワイトヘッドに警戒してくれっ!」
なんとも注文の多い娘である。
「ちいっ! 来やがった!? しっかり捕まれ!!」
船頭がサービス精神を発揮し、舟を大きく揺らす。
「ぎいにゃああー!! 食べられたくないっ!」
また、シェイラが悲鳴を上げてしがみついてきた。
この若い船頭、いい仕事をする。
賑やかな舟の旅も終わりが近づき、フラーガの町が見えてきた。
次の冒険が始まるのだ。
■■■■■■
メディオ川
アイマール王国を流れ海へと注ぐ河川。
支流も含め、その水量は豊富で、物流・交通の要として利用されている。
古来よりアイマール地方の中心として流域は栄え、人々は親しみを込めて
一部には危険な水棲モンスターも生息しており、油断は禁物。
チャパーロとフラーガを結ぶ支流は
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