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 戦争というものの着地点を考えたとき、あの竜と英雄の争いよりも理想的ではありえない。古の秩序は権威として社会にその場所を残し、新しい権力は安定した権威によって支えられている。原初契約の成立は神の意志と説明されるが、その実双方の利害が一致した結果であろう。

 しかし、それは竜の存在理由が大陸の秩序維持であった場合のみ成立する。つまり、大陸の秩序を維持するということに意味があってはならない。ならば無償の奉仕者としての彼は一体どこからやって来たのか。彼の無垢なる精神は何によって担保されているのか。

 「はじめ竜があり、人があった」この古き言葉に答えはある。周知の通りこれは、竜と人の併存関係を示していると解されている。つまり竜も人も共に神の子として生まれ、共に神に仕えるものだ。しかし、人が竜の子であるならばどうか。神龍とはそのまま神であると。レクス教の信仰(原始レクス教)はそもそも神に対する信仰であったという方が素直ではないか。

 ここには教会の力学が働いている。神龍が神であるならば、ユリウス帝は神に弓引いた反逆者でしかありえない。あくまでも竜と人の戦争は、この大陸を支配する神の代理人たる資格を争うものでなければならないのだ。教会が「言葉」の専門家集団であることに鑑みると、解釈の可能性は無限に開かれている。

 ただし疑問が二つ残ることも確かである。一つ、神が人に敗れることなどありうるのか。二つ、神はなぜ己が生み出した子を贄として欲するのか。前者はユリウス帝が、後者は先代のAが知っている可能性がある。私の役目はそれを書き記すことであるが、悲しいかな、死人に握るペンはない。私の墓場に咲く花が真実を伝えてくれることを祈ろう。尤も、亡骸がどこへ向かうのか、それさえも不明ではあるが。

                                     A

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