10

 展望台は下にもう一つあった。ベンツを止めている場所から階段で下りられるようになっていて、佐久間と美沙は展望台に残ったので、香織と賢治は、下の展望台に移動した。


「二人になっちゃったね」香織は賢治の顔色をうかがいながら言った。

「なんだか申し訳ないっスね」

「ひとつ、聞きたいことがあるんスけど」

「なに?」

「龍一さんとはどれくらい付き合ってたんスか」

「佐久間からなにか聞いた?」

「いや、なんとなくそうかなって。龍一さん、あんな社交的そうで交友関係せまいですからね。それに気まずさとかあんまり感じない人なんで、香織さんの様子からしてそうだろうなって感じっス」

「よく観察しているね。でも、残念。私から告白して振られちゃった」香織はそれっぽい顔を心がけたが、うまくいったようには思えなかった。

「そうなんスか?」

「高二の時にね。結構頑張ったのにな」

「どんな風にですか?」

「廊下ですれ違えば絶対目を合わせて『好きです』光線出してみたり。こう、目をキラキラって」

「目をキラキラ、こうですか?」

 賢治が上目遣いでこちらを見てきたので、おでこをはたいた。


「え、違いました?」

「バカにしてたでしょ?」

「ちょっとだけっス」賢治はおでこをさすりながら言った。


「もう。あとは、帰り道はスキがあれば一緒に帰ってみたり」

「毎回、機会をうかがってたんスか?真面目っスね。ただ、うるさいのは龍一さん嫌いだったでしょうけど」

「そういう観察は出来なかったよねー。もう少し研究して行くべきだったかな」

 

霧は一向に晴れることがなく、賢治のツーブロックの頭も力なくぺったりとしていた。

 香織は、賢治がこれ以上掘り下げても仕方ない話題に熱心になっていることが不思議だったが、なんとなくそれが意味するところも分かった。


「まあ、俺は単純スから。うるさいほど思ってもらえる人間になりたいっス」

「そういう人が相手なら私の努力もかわいさになるのにね」

「そうっスね。香織さん、俺が香織さんを好きだってことはもうばれていると思いますけど、香織さんと付き合いたいとかそういうつもりではないので。香織さんには幸せになってもらいたいっス」

「ありがとう。なんだか少女漫画みたいだね」


 賢治が姉の影響で少女漫画が好きなことを香織は覚えていた。


「主人公の彼氏の親友キャラっスよね。そいつのおかげで二人は絆を強くするんス」

「残念ながら付き合ってもいないんだけど」


「龍一さんは好きですか?」賢治は急に落ち着いた声で言った。

「うん」思わず素直になってしまう。

「思うんです。香織さんは他人に求められていることだけをして生きてきたんじゃないかなって。そうだったら僕も似ていて、それがなんとなく香織さんを後押ししたくなる理由かなって。好きなのに、好かれなくてもいいなって思ってしまう原因なんだなって」


賢治は佐久間がやったように遠い目をしながら言った。


「鋭いね。そうかも。期待に応えられると嬉しいというか…逆か。期待を裏切った時に向けられる目が苦手なのかも。だからかな、お父さんとお母さんに言われたとおりに県内の大学には進学したし、友達が望んでいるようなバカやって笑われる役を買っているし、今だって佐久間と美沙が望むとおりに賢治君から告白されているし」

「俺も望まれたとおりに一応告白はしたわけですし。三十分後にしたのもずるずるしないようにって配慮でしょう」

「でも、思っていたのと全然違ったけど」

「香織さんが好きっス。付き合ってください。俺、本気っスから。みたいなことを言うと思ってました?」

「正直ね」

「そんな無邪気に告白できればよかったですけど、龍一さんが」

「佐久間のことが好きなんじゃない?」

「その方が楽でしたね。香織さんは、こう思うだろうなというのがはっきり分かってしまって、すんなり告白できる相手じゃないです」

「そっか。残念、私たちはいい相談相手になれるよ」

「そうですね。まあ、今の方がもっと香織さんを好きですけど」

「ありがとう。やっぱり親友キャラだね」

「一生、幸せな恋愛ができないか、主人公の友達と急接近して画家とかで成功してのちにその子と結婚するんですよ」

「そういう幸せもあるよ」

「そうですね。でも、そういう幸せも分かるんですけど、分かってても、気持ちで飲み込めないんです…」

 

 時間が来るまで私たちは漫画のモブキャラクターのようにドラマなんてない、とりとめない話をしていた。


 香織は最後までずっと遠くを見ていた。賢治の横顔は何度か盗み見るだけで精一杯だった


 賢治がずっと泣いていたからだ。


 最初からしっかりやさしく落ち着いた声で、丁寧なその口調で話していれば賢治が泣くことはなかったかも知れないと香織は思った。


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