第二章 Ⅷ サイレント バイブル
08 サイレント バイブル
飲み歩きは行儀があまりよろしくないので、オルリディア支部らしき大きな木造の建物の裏手にある路地で小休憩中の俺達四人。
......
俺の知ってるレイズ様。ふよふよプカプカしてて、妙にノリが軽くて、そんでもって死にかける寸前の俺をこの異世界に転移させてくれた火の玉○イミガール。
うーん。偶然なのか、それとも......
「ふわー、おいしー!なにコレなにコレ?!こんな牛乳初めてだー!リートも飲んでみなよ!」
頭の中でぐるぐるし出した出口のない思案を一端打ち切って、シュタウゼンからもらったミルクに口をつける。
「......んまっ!!なんじゃ、こりゃ!!絞りたての牛乳って俺も初めて飲んだけど、こんなに違うもんなのか。」
「ごくごく......」
「......ぷはー」
「「この一杯のために生きている。。」」
腰に手を当て、お約束を遵守しつつも親父臭いコメントを吐くリンネとネルカ。見ればこちらもお約束。綺麗に口の周りにお髭がこんにちわをしている。
「リンネ ネルカ。......髭生えてるぞ。拭いてやるからじっとしてろ。」
手にとったハンカチで二人の顔をふきふき。
「むー...」
「...うー」
「「ありがと。。」」
「どーいたしまして。」
「えへへー。今のリートお父さんみたいだよ?」
「とうさま......」
「......パパ」
「「どっちがいい??」」
「うーん、リートでお願いします。」
「「はーい。。」」
さて、到着時刻よりは大分早くなってしまったが先方さんにはメイから連絡がいっているだろうし、ぼちぼち顔を見せにいきますかね。
「ふー、美味しかったー。オルリディア支部でご挨拶終わったら、また買いにいこーね、リート。」
「そうだな。シュタウゼンにも改めてお礼もしたいしな。」
「うしさん......」
「......いいひと」
「「もーもー。。」」
頭の横で角に見立てた人差し指を立てるリンネとネルカの頭をポンと撫でて、路地裏から目の前のオルリディア支部を見上げる。
「それじゃあ、みんなでジュンナさんにご挨拶しに行くか。」
「えへへ、ジュンナちゃんってどんな人なんだろー。楽しみだね、リート。」
背後から俺の身体にがばりと抱き付いて俺と一緒に視線を上げるシェリア。密着した身体から伝わるシェリアの鼓動がそうさせるのか、俺の鼓動も早まっていく。
その心地いい胸の高鳴りに任せて、これから一週間お世話になることになるどこか既視感のある支部に向けて俺達は足を進めるのだった。
・
・
・
そうしてオルリディア支部の扉を叩いた俺達を出迎えたのは、グリグランのギルド本部とは全く趣の異なる異様な静けさが満ちた空間だった。
静謐であり清廉。幾つもの長椅子が並べられたスペースの奥にある祭壇のようなスペースには、女性の姿を象った彫像がステンドグラスから射し込む日の光を浴びながら微笑をたたえている。
まるで空気そのものが静止したような淀みが一切感じられない...否、不浄そのものを一切排除したような雰囲気。だがそれだけではなく、入って来た者を受け入れ包み込む暖かみもそこには同居していて、先程から感じていた既視感の正体が明確なイメージとなり形を成した。
おいおいおい、これじゃあまるで......
「教会そのものじゃねぇか。」
高い吹き抜けの天井に俺の呟きが反響する。
「ふわー、綺麗なところだねー。グリグランとは全然違うよー。でも、なんかあったかい。なんでだろ?」
後から続くシェリア達の足音が軽やかに耳に届く。
「おっきい......」
「......きらきら」
「「いいにおい。。」」
その場で只々、目の前の光景に圧倒されてていると、
「オルリディアギルド組合支部にようこそいらっしゃいました。本日はどのような御用向きでしょうか?」
入り口のすぐ横に設えられた受付カウンターから深みのある男性の声がこちらに掛けられる。
初めからそこにいたのか、はたまた全く気配を感じさせることもなく俺達の前に現れたのか。視線を向けた先にいたのは、ひどく痩せぎすで長身の壮年の男性。特に目を惹くのは長く伸びた顎髭を三つ編みに結った独特のシルエット。全身を黒一色に統一したこれまた既視感を感じさせる修道服の胸元に輝く銀の十字が鈍い光を放つ。
「あっ、突然すみません。俺はグリグランギルド組合本部所属、
「えーと、同じくシェリアだよ!」
「リンネ......」
「......ネルカ」
見事にバラエティーに富んだ自己紹介を受けたカウンターの男性は穏やかな表情を崩すことなく、
「おぉ、貴方がたが......ジュンナから話は伺っております。遠路はるばるようこそいらっしゃいました。私はオルリディア支部長補佐のグリム・グレンデルと申します。以後お見知りおきを。」
一切、粗雑さを感じさせない洗練された動きで俺達に一礼を返した。
痩せぎすな体格であるが、その淀みが無い足運びやしゃんと伸びた体幹から日頃から良く鍛えているのが見てとれる。何だろう。この動き......どこか見覚えが...
「それでは皆さん。僭越ながら私がご案内させて頂きます。どうぞ、こちらに。」
グリムさんはそう言って踵を返すと、カウンターの奥にある扉を開いてその先に俺達を先導する。
「お会い出来て光栄です、リート・ウラシマさん。グリグランでの貴方のご活躍は我々の耳にも届いておりましたので。何でもアビィーノ本部長やアンジェリカ殿のお弟子さんとか。オルリディアだけでなく他の支部でも貴方の勇名は誰もが知るところでしょう。」
「あまり持ち上げないで下さい。俺自身はあまり大義とかそういうのは持ち合わせていなくて、目の前のことを一つ一つこなしてきただけですから......それと、俺のことはリートと呼んで下さい、グリムさん。」
「そうですか......それではリート君と。それにお連れのご婦人がたもそれに準じた呼び方でよろしいでしょうか?」
「うん!よろしくね、グリムさん!」
「よろ...」
「...しく」
「「グリム。。」」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。シェリアさん リンネさん ネルカさん。」
後ろを歩く俺達に顔を向けてにこりと目を細めるグリムさんは何の飾り気もない無骨な扉の前で足を止めた。......どうやら、ジュンナ支部長の執務室はこの扉の先みたいだ。
「ジュンナ。グリグランからのお客様をお連れしました。お通ししても?」
コツコツと数回ノックをして、部屋の主に声を掛けるグリムさん。さっきは気づかなかったが、袖口から覗く手には大小無数の傷が刻まれている。
「アビィーノから話は聞いている。いいぞ、入れ。」
扉越しに聞こえる抜き身の刀の様な緊張感を纏った女性の声が俺の鼓膜を震わせる。
「それではどうぞ。」
がちゃりと扉を開くグリムさん。その先で執務机で両手を組み合わせた女性の姿が俺達を出迎える。
短く切り揃えられたやや赤みがかった金髪。細いフレームの眼鏡の奥にある怜俐な切れ長の瞳が俺達の姿を捉えて、薄く引かれたルージュの唇が動き始める。
「よく来たな。リート・ウラシマにシェリア・サラマンデル・ユーツフォリア。それにそちらの幼子達が......」
「リンネ......」
「......ネルカ」
「「シェルフィード・クラウソラス。。」」
......コイツらのフルネーム、初めて聞いたわ。
「......ほう。アビィーノのヤツ、とんでもない連中を寄越したものだな。面白い、歓迎しよう。私の名はジュンナ・ディー・アルク。このオルリディアギルド組合支部の長だ。」
濃紺の法衣に包まれた細身の体をすっと立ち上がらせたジュンナ支部長はこちらに歩みを進めて、
「すまんな。私の執務室は些か狭い。落ち着いて話す分には礼拝堂の方が都合がいい。手間を取らせるがそちらで話そうか。」
白い手袋に包まれた手を眼鏡に添えながら、俺達の返事を待たずに執務室を後にした。
・
・
・
「さて、アビィーノからどの程度の話を聞かされたのかはわからんが、先ずはそちらの疑問を一つ一つ解消していこうか。その上で、子細な情報をそちらに説明した方が幾分かはスムーズだろう。何でも構わん、好きに喋れ。」
先程の
「はいはいはーい!!」
元気よく手を上げたシェリアの声が礼拝堂に響く。
「レイズ様って誰なの?なんか街の人がいっぱいレイズ様って言ってて気になっちゃった。教えて、ジュンナちゃん。」
うおっ、いきなりちゃん付けですか。流石ですね、シェリアさん。見れば少しだけジュンナ支部長の肩が小刻みに震え出す。ヤバい、もしかしておこなの?!
「くっくっくっくっ、そうかジュンナ"ちゃん"か。そう呼ばれるのは何年振りか。いやはやアビィーノから聞いてはいたが、本当に物怖じしない娘だな。」
「えへへー。誉められちゃったよ、リート!」
隣に座った俺の肩を両手で掴んで照れ臭そうに顔をほにゃっと崩すシェリア。うん、少し冷や冷やしたが何とかなりそうだ。
「......さてレイズ神についてだったか。いい質問だ。レイズ神はこのオルリディアを造り上げた中心人物の一人が民達に教えを説いた"聖炎教"の唯一神の御名だ。何でも開祖曰く、そのお姿は
.....................ちょっと待ってくれ。マジでそうなのか?そういうことなのか?
―――――― 頭の中でバラバラになっていたパズルのピースの一片が音を立ててはまり始める。
「開祖はそのレイズ神の導きの下、この地に降り立ち自らも子を成した。開祖もその役目を終え天に帰ったが、その後も遺された子孫達はこのオルリディアに寄り添い、祈り、謳い、穏やかに連綿とその教えを民達に説いていった。」
――――――
「私はその開祖から数えて九代目の子孫にあたる。」
「それじゃあ......」
「......その女の人は」
「「誰??」」
すっと祭壇に祀られた女性の像に向けて指を掲げるリンネとネルカ。
「あぁ、彼女こそ聖炎教の開祖にして私の先祖に当たる聖母...」
―――――― ジュンナ・
――――
「ジャンヌ.........
午後の光をその身に浴びた聖母像に視線を向けて、俺はかの悲劇の聖女の名を口にした。
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