第二章 Ⅳ ユースフル デイズ
04 another sight アンジェリカ・ノーマン
(そうか、龍体時の身体が成長ね......。ボクの予想は概ね的中かな。)
「リート君とシェリアちゃんの話を聞くかぎりだけどね。......でも、少しだけ驚いてしまったわ。龍体になった時のシェリアちゃんの声。......悔しいけれど本当に私達には理解が出来ないものなのね。仕草や目の動きでなんとなく感情を察してあげるのが精一杯で、リート君のように言葉を交わすことは私には出来なかった......」
晩酌用のグラスに入れられた氷のカラリとした音が自室に響く。......やっぱりこの屋敷は私一人には大きすぎるわね。
(珍しいね、アンジェリカのそんな声。......でも、気を落とすことは無いんじゃないかな。君の声は間違いなくシェリアに届いているし、シェリアの声はリートを通して君に伝えられる。四幻神の血族を相手にそれだけ出来れば十分だと思うけど。)
「......多分、明日からあの二人がこの屋敷からいなくなるってことが想像以上に堪えてるみたい。この二ヶ月......あの二人は私に色々なものを与えてくれた。初めは単なる親切心と出来心だったけれど今じゃ大切な私の家族だもの。調査期間は一週間って話だけれど、今の私には長過ぎるかもしれないわね。」
(......驚いた。アンジェリカの弱音なんか初めて聞いたよ。でも、その感傷は君にとっても悪いものじゃない。常に高みを目指していた君の視界が横にも拓けたということだからね。それは大切にしなきゃ。)
机の上で腕組みをしていたメイちゃんの紙片が短い手足をちょこちょこと動かして私の手をペチペチと叩く。顔も何も無いはずなのに、そこにはメイちゃんの感情の色が見え隠れしていて、自然と口元が緩んでしまう。
(あれ?何かおかしかったかな?どうして笑っているんだい?)
「いえ、ごめんなさい。あんまりにも可愛らしい動きだったから、つい。......でもありがとう、メイちゃん。少し元気が出てきたわ。」
(そうかい、それなら良かった。もし寂しいようだったら、明日からボクがそちらにお泊まりに行ってあげてもいいけれど。)
「あら、本当?たまにはメイちゃんともお酒を飲みたいって思っていたのよ。ご一緒して下さる?」
(お酒は別にいいけれど、そこから先の夜の相手は出来ないからね。ルネッサあたりも呼んでそちらに頼んでくれないかな?)
「それもいいわね。[金獅子]をもらってからあの娘も頑張り過ぎてる感じだし。ガス抜きさせてあげないといつか破裂しちゃうわ。」
(......ほどほどにしてあげなよ。君は一旦火がつくと容赦ってものをどこかに置き忘れちゃうんだから。)
「はーい。気をつけまーす。」
(アハハハハ!今の言い方、リートとシェリアをミックスしたような感じだったよ。変なところも影響しあってるみたいだね。)
「えぇ、家族だもの。」
(そうか。そんな君の家族に明日の出立時刻は伝えてくれたかい?)
「夕食の後に概要は一通り。リンネちゃんとネルカちゃんは直ぐにおねむになっちゃったから聞いてはいないけど。」
(あの二人に関してはリートとシェリアに任せよう。きっといい勉強になるはずだ。)
「それもそうね。......メイちゃんの陣も働いているし、出発するのは
(ああ。四人にはボクお手製の護符を持たせるつもりだし、出発前にはそちらに顔を出すよ。セレナやルネッサと一緒にね。)
「わかったわ。今日は相手をしてくれてありがとう。気分も軽くなったし、明日は笑顔で見送れそう。」
(そうか。なら良かったよ。お互い世話の掛かる弟子を持つと大変だね。)
「えぇ、本当に......」
開け放たれた窓から入る夜風がさわりと頬を撫でる。さて、明日の朝食は何にしてあげようかしら?......そんなことを考えながら溶けた氷で薄まったブランデーを一息に喉に流し込んだ。
04 ユースフル デイズ
......カーテンの隙間から射し込む朝日が瞼に刺さる。うむ、朝だな。朝なんだが、身体が動かぬ。意識が浮上していくにつれて感じる微かな寝息。
またシェリアがこちらの布団に潜り混んで来たのかと、唯一自由になっている首を
「ふかふか......」
「......ごつごつ」
「「うにゅ。。」」
バイノーラルな感じで左右から耳元をくすぐるあどけない寝言。身体に意識を向けてみると、布団の中でがっしりと俺の身体を固定している計八本の細い手足。丁度、俺という抱き枕をリンネとネルカで抱き合っているような構図だ。
しばらくされるがままに抱き枕としての職務に没頭していると、扉の向こうからこちらに向かってくるシェリアの足音が聞こえる。
「リートリートリート!大変だよぅ!リンネちゃんとネルカちゃんがお部屋にいないの!」
扉を開けるなり、息を切らした様子でこちらにモーニングコールをしてくれるシェリア。
「あー、シェリア。それなら心配ないぞ。二人ならぐっすりお休み中だ。悪いが身動きがとれないんで、布団をめくってもらってもいいか?......それとおはよ、シェリア。」
「うん!おはよー、リート!」
ニカっと朝日も裸足で逃げ出しそうな眩しい笑顔をこちらに向けながら、ベッドの側まで近寄ってきたシェリアが俺の横にいる二人の顔を見て得心いった様子で布団に手を掛ける。
「ほーらー、二人とも起きなさーい。もう朝だよー!」
「あさ...」
「...まだ」
「「ねむい、ぐぅ。。」」
「早く起きないと私とリートだけでオルリディアに行っちゃうんだからね。二人はアンジェおねーちゃんとお留守番になっちゃうよー。」
「それは...」
「...やだ」
「「起きるのもやぶさかではない。。」」
どこで覚えた、そんな言葉。身体を締め付けていた四肢から伝わる力が弱まり、僅かな身動ぎを皮切りに二人の体がむくりと起き上がる。
「ふわ...」
「...わふ」
「「おはよう。。」」
「はい。おはよー。良く起きれたね、えらいえらい。」
俺もようやく自由になった体を起こして、両脇にいる二人の小さな頭をわしゃわしゃ撫でる。
「おはよ、リンネ ネルカ。」
「おはよう......」
「......よくねれた」
「「リート。。」」
目を擦りながらベッドから降りる双子ちゃんの背中を眺める俺とシェリア。
「ねぇ、二人とも。どーしてリートのお布団で寝てたの?」
「おトイレ......」
「......行ったあと」
「「迷子になって、、」」
「シェリアの......」
「......においがして」
「「入ったらリートの布団だった。。」」
「リートでも......」
「......別にいいかなって」
「「そのままじゅくすい??」」
リンネとネルカは扉の手前でくるりと反転して揃って首を傾げる。あぁ、まあ大体の状況はわかり申した。そんな中、エプロンを身に纏ったアンジェ姐さんが扉の先に姿を見せる。
「あらあら、みんな勢揃いね。おはよう。朝ごはんの用意出来たから、寝坊助さん達は顔を洗ってからリビングに来なさい。」
「はーい。」
「「はーい。。」」
三人揃って元気よくお返事。......さて、旅立ちの朝だ。しっかり朝メシを食って英気を養うべく、まだ三人分の温もりが残るベッドに別れを告げて俺達は階下の洗面所に足を向けるのだった。
・
・
・
「シェリアちゃん、バターをとってもらっていいかしら?」
「はーい。ねぇねぇ、アンジェおねーちゃん。あんずのジャムって残ってたっけ?」
「あー、それなら昨日俺が使いきっちまった。ゴメンな、シェリア。」
「んー、ならしょうがないかー。よし、今日は気分を変えてマーマレードに挑戦だー!」
「シェリア......」
「......マーマレード」
「「食べてみたい。。」」
「ちょっぴり苦い大人の味だよー。だいじょうぶ?」
「作戦...」
「...変更」
「「イチゴジャムで。。」」
「二人は卵料理もダメかもしれないから、変わりにベーコンのサラダも用意してあるわ。たくさん食べてね。」
「「おぉ。。」」
アンジェ姐さんの手で取り分けられたサラダに目を輝かせる双子ちゃん。カリカリに焼かれた細切れのベーコンが乗ったサラダにアンジェ姐さん秘伝のドレッシングが掛けられる。......旨いんだよなー、アレ。
「そーいえば、メイちゃんはいつ頃こっちに来るの?お見送りに来てくれるんでしょ?」
「そろそろ来るんじゃないかしら?セレナちゃんとルネッサも来てくれるみたいよ。」
「やたっ!二人にもお土産どんなのがいいか聞きたかったんだー。」
言いながらシェリアが何個目かのロールパンにかぶり付いたタイミングで玄関先の呼び鈴がお客さんの来訪を報せる。
「俺が行くよ。みんなはメシ食っててくれ。」
フォークをテーブルに置いて足早に玄関へと向かう。
「はーいはーい、今開けますよー。そんな、ガンガン鳴らさなくても...」
がちゃり。施錠を外して重めの扉を開く。
「おっすオラ、カルメン!朝メシご馳走になりに...」
がちゃり。扉を閉めて施錠を掛け直す。
「オラー、開けろリートぉ!いんのはわかってんだぞ!!」
「どーしてアンタまで来てるんです?とっくに就業時間でしょ?!!」
「いやー、寝坊しちまってよ。食パンくわえて町中走ってたらちょーど入れ違いでメイ達と鉢合わせてな!」
「そのまま受付入っとけよ!最近のカルメンさん、好き放題し過ぎだろ?!」
「こまけーこたぁいいんだよ!色々出番が少ねーんだから、こういう機会に顔を出しとかねーとな!」
わかったよ。他の三人の姿も確認してるし、開けない訳にもいかないか。再度、がちゃり。
「はい、いらっしゃいませ。ようこそ、ノーマン邸に。私、執事兼番犬を任されておりますリート・ウラシマと申します。」
「くだらねーこと言ってねーで、とっとと開けろっての。うはー、いい匂いだ!」
「おはよう、リート。よく眠れたみたいだね。何よりだ。」
「おはようございます、リートさん。シェリアちゃんはリビングですよね?!私にはわかりますよ!えぇ、匂いで!」
「お早うございますわ。リートさん。相も変わらず寝惚けた顔をしていますわね。もう一度顔を洗い直してきては如何かしら?」
なんともまぁ、各々好き勝手に口を開いてズカズカとリビングに向かっていく。こりゃあ、出発前にエラく体力を使いそうだな。
......ちょっとの間この日常とも離れるわけだし、旅立ちの日もこんな感じのグダグダの方がらしいと言えばらしいか。
そう思い直して、グリグランの朝日を背にして扉を閉める。にわかに活気づいたリビングから響く笑い声を聞きながら鼻歌混じりに食卓へと戻っていった。
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