第一章 ⅩⅧ レイズ ユア フラッグ
18 レイズ ユア フラッグ
「......つまり、私とリート君は好きに暴れてしまって良いってことよね、メイちゃん。」
「そうだけど、クレスティナの希望は生け捕りだからね。二人とも、しっかり手加減するように。」
「うーん、それは...なんだったかしら、えーと...そうそう!まだん君次第ね。」
メイの話を聞いているうちに、アンジェ姐さんの顔にはいつもの微笑が戻ってきていた。うん、やっぱりこっちのアンジェ姐さんの方が落ち着く。
「いいかい。今回のクエストはあくまでも護衛任務だからね。部隊編成は少数精鋭の二部隊に分けるよ。これは、一応まだん君の異能を警戒してのことだ。リートがよく言っている、"油断も容赦もしない"ってヤツだね。」
確かにメイの言う様にうちのギルドメンバー総出でお迎えして、根こそぎまだん君の制御下に...みたいな展開もあり得るしな。
「先ずは防衛部隊。ぶっちゃけてしまうと、これは保険の様なものだ。まだん君がもしもこちらの意図を事前に察知して、王城ではなくこちらにやってきた場合の防衛、迎撃を担当してもらう。メンツはリートとルネッサ以外の全員。」
まぁ、そうなる様な予感はしてたけど。一応質問しておこう。
「その人選の根拠は何なんだ?メイ。」
「......シェリアも寝ちゃってるし、セレナはシェリアの膝枕をしている間はテコでも動かないとか言ってるし、護衛対象のクレスティナもぐっすりスヤスヤだし、ボクは肉体労働はあんまりしたくないんだよね。......だからかな!」
「アンジェ姐さんが防衛側なのは?」
メイはスプーンでカップの中身をカチャカチャかき混ぜながらこちらに視線を送る。
「もし万が一リートがヘマして、まだん君に操られでもしちゃった時の為のカウンター。」
「あら、それはそれで面白いかもしれないわね。リート君、安心して操られてね。お姉ちゃんが優しく受け止めてあげるから。」
心底、嬉しそうに表情を輝かせるアンジェ姐さん。最早、自分の欲望をひた隠しにするのが面倒くさくなってしまったのか、いつものお姉ちゃんスマイルのままとても物騒な台詞をさらりと言ってのける。
「そん時は俺が悪堕ちして、アヘアヘ言いながらダブルピースかます前に助けてください......」
「そうだね、そんなリートの姿は誰の得にもならないだろうし、需要も無いからね。」
「でも、ルネッサはそういうの似合いそうなのよねぇ......"こんなもので
「「あぁー確かに確かに。」」
綺麗にハモる俺達、
「アンジェリカ様っ!!お戯れもそれまでになさって下さい。......それに私の身体は全て貴女様の所有物。何人足りとも私の身体に触れることは出来ませんわっ!!」
......そういう言動が世の好事家達のツボを刺激し続けているということを少しは自覚して欲しいところではあるのだが。
「さて冗談はそこまでにして、アンジェリカを除外した上で対魔術や状況へのオールラウンドな対応能力に秀でたルネッサが二人目のアタッカーというワケなんだけど、お願いできるかな?[
「ええ。お任せくださいませ、メイ本部長。必ず、逆賊めの首を持ちかえって参りますわ!」
「......いや、だから殺しちゃ駄目だからね。」
ふと上を見上げれば、そろそろ日も落ちて空がオレンジからグラデーションを描いて藍色へと変わっていく。もう数時間もすれば、二つの満月と共にまだん君が行動を起こすだろう。
「あぁ、そうだリート。わかっているとは思うけど、限界まで自分の力を引き出そうなんて思わないこと。そんなものに頼らなくても闘えるだけの下積みを君はこの二週間でしっかり積んできた。その時間は決して君を裏切らない。そうだろ、アンジェリカ。」
「えぇっ?このタイミングで私に振るの?やっぱりメイちゃんは厳しいのね。......えぇ、リート君も薄々勘づいてはいると思うのだけれど、アナタを教え子として指導していく過程でどんどん私自身の欲も高まってしまっていたの。この子がこの調子でどんどん成長していけばもしかしたら......って。でもね、そんな私の欲望とは関係なしに、リート君はボロ雑巾みたいになっても、歯を食いしばって私の指導に着いてきてくれた。メイちゃんも言っていたようにその決意と時間は絶対にアナタを裏切ることはないわ。」
いつも指導が終わった後に見せてくれた、アンジェ姐さんの柔らかな微笑み。
「......だから、これはそんなアナタへのお姉ちゃんからのご褒美。シェリアちゃんに怒られちゃうから、こっちで我慢してね。」
ふわりと俺を包んだアンジェ姐さんの香水の香り。耳元に感じるアンジェ姐さんの息づかい。しゃなりと肩に添えられた細くて長い指。そして頬に触れる、やや湿り気を帯びた唇の感触。
「...ちゅ。ありがとう...リート君。私は一人じゃないと気付かせてくれて。こんな歪んだお姉ちゃんだけれど、ずっと私の教え子でいてくれるかしら?」
「そんなわかりきったこと聞かないで下さいよ。......それにまだ俺の手でアンジェ姐さんを満足させてないし。いつか、ヒーヒー言わせて上げますから、その時まで楽しみにしといて下さい。」
「えぇ、とっても楽しみ!その時はメイちゃんに頑張って貰おうかしら。今回、水を差された件はその時まで貸しにしておきます。」
「あー、来年の感謝祭は忙しくなりそうだなー。...まぁ、盛り上がりそうだしいいか。」
そう言って椅子から立ち上がったメイは、俺とルネッサさんの目の前に二枚の紙切れ...ではなく式を操るための依り代を突きだしてきた。
「いいかい。二人ともこの依り代を体のどこかに身につけておいてくれ。それだけでどんなに距離が離れていてもボク達は念話を通して互いの状況を知ることが出来る。ちょっとやそっとじゃ、破れないようになってるから、気にせずどんどん切って殴って燃やして投げてくれ。」
携帯かトランシーバーみたいなもんか。......っていうか、携帯とかスマホとか久々に思い出したな。あったあった、そんなの!なつかしー!!僅か二週間でちょいで脱電気文明を果たしてしまった自分の順応性はいったいなんなのか。ネットもスマホも無くても、案外世界っていうのは楽しめる様に出来ているらしい。......まぁ、あったらあったで便利なのは否定しないけど。
「街灯もちらほら点いてきたみたいだね。そろそろ王城組は出発の準備を初めておいてくれ。既に王城の警備部隊や執政官とかには話は通してあるから、ほぼ顔パスで中に入れるはずだ。ちなみに、王城にいるクレスティナが偽物であることは一部を除いて知らないから、そこら辺も注意しておくように。」
メイお手製の通信紙を懐にいれながら、軽く準備運動。と言ってもさっきのアンジェ姐さんとの立ち会いで身体の暖気は済んでいる。
「りょーかい、りょーかい。俺はいつでも行けるけど、ルネッサさんは大丈夫っすか?」
「ええ。私も問題ありませんわ。それではアンジェリカ様、行って参ります。貴女様に勝利の栄光を!」
そう言ってアンジェ姐さんの両手を握るルネッサさん。いつもクエストに出掛ける前にルネッサはああして、自身の戦意を高めているらしい。
「ルネッサも気を付けて行ってらっしゃいね。私も貴女の勝利を願っているわ。リート君のことをお願いね。」
ルネッサさんの頭を撫でながらそのおでこにキスをするアンジェ姐さん。あらー。尊いですね。
「あわ、あわわ。アンジェリカ...さま...今のは。」
「無事に帰ってこれるように、っておまじない。リート君だけにするのも不公平でしょ?貴女は私の右腕なんだから。ねっ。」
アンジェ姐さんは、真っ赤になって呆然自失のルネッサさんへいたずらっぽい表情でウィンクをする。......それを見た俺の脳裏にいつかのトルネソのおっさんのウィンクをする姿がよぎったが、すぐに頭の奥底へと丁寧にしまいこんだ。
さぁて、お仕事の時間だ。そう自分に言い聞かせ、庭先で穏やかに寝息を立てているシェリアの元に足を向ける。
「気持ち良さそうに眠っていますよね、シェリアちゃん。リートさんと繋がれたから......なんですかね。やっぱり私、ちょっと悔しいですけど、こんなシェリアちゃんの顔見ていたら、お二人の邪魔なんて出来ないです。」
シェリアの髪を丁寧に梳ずけながら、優しい声でセレナちゃんは俺に声を掛けてきた。そんなセレナちゃんの声にちくりとした罪悪感が芽生えたけれど、これは俺自身が選んだ結果だ。しっかりと向かい合って背負わなければならない問題なんだ。
「俺と繋がっているからだけじゃないんじゃないか?シェリアはグリグランに来てから変わったんだ。このグリグランでのたくさんの人との繋がりが今のシェリアを形づくった。その中にはもちろんセレナちゃんだって入ってる。多分、シェリアの最初の女友達はセレナちゃんだ。どんな形であれ、それは俺にはどう頑張ったって入っていけない君とシェリアだけの繋がりだ。」
セレナちゃんはぴくりと体を震わせてから、こちらに目を向けて、
「......リートさん。気を付けて行ってきてくださいね。...もし、シェリアちゃんを泣かすようなことになったら、その時は地獄の果てまで追いかけて、首根っこふん捕まえてまたここに呼び戻しますからね。覚悟しておいて下さい。」
うっすらと涙の膜が張った瞳で真っ直ぐ俺に笑いかけた。
「フン、キザったらしい歯の浮くようなコトをペラペラと。なんだ、貴様は。シェリアだけでは飽きたらず、そこなセレナまでも毒牙に掛けようとでも言うのか?のう、リートよ。」
この傲慢極まりない感じでありながらも、どこか間の抜けたお姫様言葉は......
「なんだ、起きてたのかよ。クレス。言い夢見れたか?」
「そうさな、ぼんやりと思い出すのは全体的にピンク色な何かであった。なんだったのであろうな?ちゅくちゅくぴちゃぴちゃとした水音だけが耳に残っておるが......」
そこから先はいけない。下手に記憶を呼び起こすのは非常によろしくない。
「まぁ何であれ、サクッとケリつけてきてやるから心配すんな。しっかりディールさんの分もブン殴ってきてやる。勿論、お前の分もな!」
クレスのさらさらとした銀髪をヘッドドレスの上からやや乱暴に撫で上げる。
「なっ!止めんか!無礼者っ!!何故、そう貴様はホイホイと気軽に婦女子の身体に触れたがるのだ!!こんなことくらいで妾は屈さぬからな!ホントのホントなのだからな!」
わちゃわちゃと俺の腕を払いのけながら、続けて口を開くクレス。
「フ、フン!...まぁ、良い。妾は寛大ゆえな。貴様の狼藉も度が過ぎなければ......その...なんだ。今後も......このように、妾の頭に触れるのを......認めてやらんこともない...やもしれぬ。...ぞ。ももも、勿論、友として...だからな!勘違いするでないぞ?!」
うわっ!
「あぁ、寛大な配慮痛み入る。まぁ、メイの見立てではこっちにまだん君が来る可能性は低いらしいから、アンジェ姐さんのメシでも食ってゆっくり待っててくれ。」
「まぁ、その...なんだ。無事に...妾の元に帰って参れ。これは命令だからの。よいな!リート・ウラシマ!」
「おう!」
よし、やる気が出てきた!さて、出発前の最後の仕上げだ。
未だセレナちゃんの膝元ですぴすぴ寝息を立てる未来のお嫁さんの頬をそっと左手で撫でる。
「んぅ...えへへ。リートぉ......ふわ。」
触れた指先から伝わるシェリアの熱が、俺の身体にある二つの心臓の鼓動をどくんどくんと逸らせる。それだけで十分だ。コイツとはもっと深いところで繋がっているから。
決意と想いを拳に込めて立ち上がる。今の俺には何も怖いものは無い。師匠がいて、仲間がいて、未来のお嫁さんまですぐ側にいる。これで負けるはずが無いだろう!
「よし!行こう、ルネッサ副団長!世間知らずの馬鹿たれに一発キツイお仕置きをブチこんでやりましょうか!!」
未だ上がり切らない二つの月を瞳に写して、俺はここに開戦の狼煙を上げるのだった。
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