マトリョーシカ

 午後十時にようやく仕事を終えて帰宅した私は我が目を疑った。リビングのテーブルの上になぜか赤ちゃんがいた。見覚えのない赤ちゃんだった。そもそも私は独身だ。

 私は警戒心を露わにし、赤ちゃんをじっくり観察した。頭から順に見ていき、お腹の辺りに線のようなものがあることに気が付いた。よく見ると、それは線ではなく、わずかな隙間だった。なぜお腹に隙間があるのかが分からなかった。

 怪訝に思いながらも、私は試しにお腹の隙間に指をかけて持ち上げた。すると赤ちゃんの上半身が取れ、中に一回りほど小さい赤ちゃんが入っていた。その赤ちゃんのお腹にも隙間があった。

 私は唾を飲み込むと、一回り小さい赤ちゃんのお腹にも指をかけて持ち上げてみた。同じように上半身が取れ、さらに小さい赤ちゃんが姿を現した。まるでマトリョーシカだった。

 この赤ちゃんが何者なのかがまったく分からない。不気味に感じるが、開けずにはいられなかった。誘惑に負けた私は赤ちゃんのお腹に指をかけて持ち上げる。中に紙が入っていた。

 赤ちゃんの上半身をテーブルの上に置くと、紙を手に取って開いた。紙には『次はあなたがマトリョーシカです』と書かれていた。意味が分からずに首を傾げた瞬間、お腹に違和感を覚え、私は気を失った。

 

 ☆☆


 ふと目が覚めて私は体を動かそうとした。ところがまったく体が動かなかった。視界に映る部屋には見覚えがなかった。

 自分の置かれた状況が理解できずに混乱していると、玄関と思しき扉が開いて男が入ってきた。男は私に気付くと、怪訝な表情を浮かべた。男はしばらく眉根をひそめていたが、何かに気付いたように私に手を伸ばしてきた。

 体を持ち上げられてテーブルに置かれ、私は愕然とした。目の前にがあった。すぐに男は私の上半身を持ち上げたのだと気付いた。

 男は唾を飲み込むと、一回りほど小さい私のお腹に指をかけて持ち上げた。中からさらに小さい私が現れた。

 今になって紙に書いてあった言葉の意味が分かった。誰が最初かは分からないが、あの赤ちゃんも私と同じことをしたのだろう。自分と同じくらいの大きさのマトリョーシカなら、あの赤ちゃんでも開けることはできたはずだ。マトリョーシカ化した後はどういう経緯かは分からないが、知らない部屋で目覚めるといったところか。

 可哀想なことに、男は開けたが最後、自身がマトリョーシカ化してしまうのを知らないのだ。

 いや、それよりも男があの紙を開けたら、私はどうなってしまうのだろうか?

 言い知れぬ恐怖を感じた時、男が紙に手を伸ばすのが見え、私は意識を失った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る