早弁

けんくん! なんで早弁するの!」

 私は前列で堂々と早弁する健くんに怒鳴った。後列で早弁するのならまだしも、前列で早弁するなんて私を舐めているとしか思えない。美味しそうに食べているのが余計に腹が立つ。

「俺は早弁なんてしていない。授業中にお腹が減ったから食べているだけだ」

「それを早弁だと言っているんでしょうが!」

 私は教卓を叩いて怒鳴りつける。健くんは呆れたように私を見つめて食事を再開する。食べないでと私は思ったが、言ったところでどうせ聞き入れはしないだろう。何よりまるで私が悪いみたいな表情をしていることに苛立った。

「先生の言うとおり、早弁なんてしちゃダメだよ!」

「……美智香みちかさんも早弁してるでしょ?」

 美智香さんの口元にはご飯粒がついているし、手には弁当を持っている。よくもまあそれで早弁なんてしちゃダメと言えるものだ。優等生ぶるならせめて弁当は持たないでほしい。

「ひどい! 生徒を……もぐもぐ……疑うなんて! 生徒を……もぐもぐ……美味しい……信じるのが先生じゃないんですか!」

「食べながら言われても説得力ないんだけど。途中で美味しいって言ってるし」

「おかっつぁん! それは言わない約束なんてしてないじゃない!」

「誰がおかっつぁんよ。それに約束してないんだから、別に言ったっていいでしょ!」

 私は呆れ果てつつも、美智香さんの目をジッと見つめた。美智香さんはわざとらしく目尻に涙を浮かべ、食べる手を止めようとはしなかった。

 もちろん私だって生徒を信じたい気持ちはある。だが、目の前で早弁されたら信じるも何もない。早弁しているのは事実なのだから。それに授業中に早弁する事の方がひどい。そんなに私の授業はつまらないのだろうか。

「女子を泣かすとはな。あんたは教師の風上にも置けないな」

 健くんは肩をすくめると、カバンからカニを取り出し、殻を剥き始めた。

 私はあまりの出来事に驚き、ズルリと鼻水が出てしまった。生徒は示し合わせたかのように、死んだ魚のような目で私の鼻水をジッと見てくる。途轍もなく恥ずかしい。下着を見られるよりも恥ずかしいかもしれない。こんなに鼻水を見られた経験なんてないから。

「……まさかカバンからカニが出てくるなんて思いもしなかったわ。殻を剥くのは面倒くさくないの?」

 私は何事もなかったかのように続けた。ここで鼻水を拭いたら負けな気がする。誰と勝負してんるだって話だけど、拭くつもりはまったくない。

 健くんと美智香さんに感化されたのか、次々に早弁をする者が現れ始めた。ウチのクラスは問題児だらけだ。こうなった以上、もう早弁を止めることはできない。

 私は盛大にため息を吐き、教卓の中に置いていたおにぎりを頬張った。

「……うまっ!」

 

『先生も早弁してんじゃん!』


 流れに乗っかったら生徒にキレられた。

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