些細な仕返し

「すまなかった。魔が差したんだ。あの子とはもう会わないから、これからもよろしく頼む」

 健司けんじは頭を下げて謝ってきたが、まったく反省の色は見られなかった。

 私を裏切って会社の同僚と浮気したくせに、何がこれからもよろしく頼むだ。ふざけるな。健司を愛していたのに浮気するなんて絶対に許せない。

「腹が減ったな。何かないか?」

「……すぐに用意するから、ちょっと待ってて」

「分かった」

 健司はバラエティ番組を観て笑っている。私を裏切ったとは思っていないようだ。もし思っているのなら、あんなに笑えないだろう。

 私は卵を何個か割ってかき混ぜた。健司は玉子焼きが大好きなのだ。

 健司に仕返しをしたいが、何も思いつかない。何か良い方法はないものかと考えていたら、健司が大嫌いなアレ・・が視界に入った。これは使えると思い、私はアレ・・を掴み、卵と一緒に潰しながらかき混ぜた。

 熱したフライパンに卵を一気に入れた。細くて黒いものがピクピクと蠢いていたが、すぐに動きが止まる。本来なら料理に使わないだろうアレ・・を入れた特別製の玉子焼きが出来上がった。

「はい、どうぞ」

「もぐもぐ……とっても美味しいよ」

 健司の味覚を疑わずにはいられない。これが美味しいなんて思えない。なにせゴキブリ・・・・が入っているんだから。健司が大好きなものと大嫌いなものを合わせたのだ。

 ゴキブリが入っているなんて露とも知らない健司は満足そうな笑みを浮かべている。私は笑いが込みあげそうになるのを必死で抑えた。


 ――良い気味だ。

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