便器の山田さん
「ねえ、
昼食の時間。今朝早起きして作ったお弁当を食べていると、隣の席の女子生徒――
「知らない。けど、何だか汚らしいということは分かる」
食事時に便器の話はしないでほしいな。そう思いつつも私は玉子焼きを頬張る。自分で作っておいて言うのもあれだけど、おいしい。
「便器の山田さんはこの学校に伝わる七不思議の一つなんだよ」
美雪は我が物顔で言ってきた。
「へえ~、七不思議の一つか。この学校に七不思議があったこと自体知らなかった」
美雪はその情報をどこで入手したのだろう。
「あと便器の山田さんは、トイレの花子さんと対を成す七不思議なんだ」
本当にどこで入手してくるんだろう。トイレの花子さんはさすがに知っている。
「便器の山田さんはトイレの花子さんの妹だとかそうでないとか」
「その辺りは曖昧なんだね」
正直妹だろうがそうでなかろうがどうでもいい。
「まあね。便器の山田さんはその名の通り便器で亡くなったんだって」
「何で便器で死んだの?」
私は一旦手を止めて、美雪を見る。
「苛められていたらしくてね」
「へぇ~」
「きっと先生の目が届かないトイレでもいろいろ苛められていたんじゃないかな。その苛めが原因で亡くなったんだって」
美雪はその情報をどこで入手したのか気になる。これも七不思議の一つとして数えてもいいのではないだろうか。
「それでね。今日の放課後に便器の山田さんが出るというトイレに寄っていかない?」
帰りにコンビニに寄っていかない? みたいなノリで言わないでほしい。
「何で私も行かないといけないの? 美雪だけで行けば?」
「一人で行ったってつまらないし。何か予定でもあるの日和?」
「いや、ないけど」
「だったら寄っていこうよ」
パンパンと美雪は肩を叩いてくる。
「……分かったよ」
私は仕方なく頷いた。
「便器の山田さん資料によると、この校舎の今は使われていない一階女子トイレの奥にある個室に出るらしいよ」
「便器の山田さん資料って何?」
私の問いに対し、美雪は鞄から何かを取り出す。
「図書室で借りてきた本のことだよ」
美雪が取り出した本の表紙には『便器の山田さん資料』と書かれていた。
情報源の元はこれだったのか。
「
隣の席から話しかけられたので、反対側に視線を向ける。
話しかけてきたのは顔立ちは地味だけど、星の形をした派手なフレームの眼鏡を掛けていることから顔地味派手眼鏡さんの愛称で親しまれている女子生徒だった。本名は
「ごめん、すっかり忘れていたよ」
私は借りていたノートを顔地味派手眼鏡さんに返した。顔地味派手眼鏡さんはノートを鞄にしまった。
私は視線を美雪に戻す。
「便器の山田さんに逢えるといいな」
美雪は『便器の山田さん資料』を胸に抱き、呟いた。
☆☆
授業が終わった放課後。
私と美雪は一階女子トイレの奥にある個室の前にいた。ついでに顔地味派手眼鏡さんもいる。私と美雪の会話を盗み聞きしていたようで、誘ってもいないのに勝手についてきたのだ。
好奇心旺盛なのかもしれない。
「開けるね。日和、顔地味派手眼鏡さん」
美雪の言葉に私と顔地味派手眼鏡さんは頷く。
ゆっくりと美雪は個室の扉を開ける。
女の子が便器の平らな部分に鎮座していた。
元々は美しかったであろう黒髪が汚れ、制服もところどころが黄ばんでいる。恐らく便器の汚い水を何度もぶっかけられたのだろう。その結果汚れたんだと思う。
顔立ちはその汚らしい外見にそぐわない美しさを誇っている。この容姿に嫉妬され、苛められたのかもしれない。
「何やお前ら、あたしになんか用でもあるんか? じろじろと見おってからに。あたしは見世物とちゃうで? そこんとこ、分かっとるんやろうな?」
会話が成立しそうということにも驚いたけれど、関西弁ということの方が驚いた。
「えっと便器の山田さんでいいんだよね?」
美雪が確認する。
「せやけど? それとな、死んだ時の年齢はお前らと変わらへんけど、あたしの方が年上やぞ。幽霊としてこの便器に留まってから、かれこれ数十年は経っとるからな」
便器の山田さんは腕を組んで笑う。便器の上で腕を組まれてもな。滑稽にしかうつらない。
「便器さんは私たちに敬語を使えと言いたいのね?」
顔地味派手眼鏡さんは便器の山田さんに確認する。
「誰が便器さんかーっ! そこは山田さんと言ってほしいんやけど、その通りやな」
便器さんと呼ばれるのは嫌らしい。
「山田さんの死因はなんですか?」
私は便器の山田さんに尋ねる。
「溺死やな」
遠い過去を思い出すかのように呟く。
「溺死?」
「頭をこの汚い水につっこまれてな。三人がかりで押さえつけてくるもんやから、振りほどけんで、便器の水で死んでもうてな」
便器の山田さんは便器の水を指差す。
三人に苛められていたのか。男だろうか、それとも女だろうか。
「その三人は男か女のどちらなんですか?」
美雪は便器の山田さんに尋ねた。美雪も私と同じ疑問を抱いたようだ。
「女に決まってるやろう。ここ女子トイレやぞ?」
呆れた風に便器の山田さんは答える。
「とびっきりの変態な男なら、女の子を女子トイレに連れ込み、苛めるかもしれないじゃないですか」
美雪は反論した。
「とびっきりがどの程度の変態なんかは分からへんけど、そうかもしれへんな」
便器の山田さんは肯定する。
「苛められたきっかけってあるんですか?」
顔地味派手眼鏡さんが尋ねた。
「なんやろな。あたしはその三人に何もしてへんのに、しつこいくらい『いてまうぞ!』って言われたしな」
便器の山田さんは腕を組んで考え込む。
「山田さんってきれいだし、その三人に嫉妬されたんじゃないですか?」
私は最初に思ったことを言った。
「苛めの原因が容姿やと? そんなことってあるんやろか?」
「多分ですけど」
あってもおかしくはないのではないだろうか。
ふと、トイレの窓から夕日が差し込んできた。
「夕方やな。もう遅いし、お前ら帰ったほうがええんとちゃう?」
便器の山田さんの言葉に私たちは顔を見合わせる。
「そうだね。そろそろ帰ろうか。ありがと、便器の山田さん」
美雪は頭を下げた。私と顔地味派手眼鏡さんも美雪に倣って頭を下げる。
「こっちこそ、ありがとうな。楽しかったわ」
便器の山田さんは手を振ってくる。
私たちも手を振り返し、帰途についた。
☆☆
翌日、便器の山田さんのことをクラスメイトに話したところ、便器の山田さんはたちまち人気者になった。美人と話題を呼び、あっという間に学校全体に知れ渡ったのだ。
使われていなかった一階女子トイレには連日行列が出来ている。汚らしいトイレが華やかになった。
今や便器の山田さんは学校一のアイドルだ。
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