世界が織り成す真実
「はぁはぁはぁ」
一人の少年――
汗をだらだらと流し、何度も転びそうになりながらもその都度体勢を立て直した。
階段まであと少しだ。その時、カツカツと何かが階段を駆け上がってくる音が聞こえた。
「……くっ!」
慌てて急ブレーキをかけ、身体を反転させ踵を返した。
「はぁはぁはぁ」
光歌の目には恐怖が宿っており、息も荒い。目尻には涙が滲み、鼻水も垂れていた。
「何なんだ? 何で俺がこんな目に。一体俺が何したって言うんだ?」
混乱と恐怖を綯い交ぜにした声色で呟く。それでも必死で足を動かし続ける。
その背後には音を立てて光歌を追っかける何か――ピアノがいる。そのピアノは漆黒で脚が四本、蓋の内側の中心には眼球がついている。鍵盤すべてにも眼球がついており、蓋の縁には鋭い牙が数十本と並んでいる。
光歌は僅かに後ろを振り向き、ピアノが追っかけてきているのを確認した。廊下の隅にある消火器を手に取ると、白い霧状のものを噴きつける。その手は震えていた。
ピアノは動きを止め、黒から白へと染まる。光歌が消火器を投げつけようとした瞬間、
白い霧状のものが光歌の顔にかかる。
「ごほごほごほ」
ピアノが歩みを再開しだした。
光歌は消火剤が吹き付けてくるのも構わず、消火器を思いっきり投げつけた。消火器は見事に命中し眼球が潰れる嫌な音がした。
その隙に階段を一気に駆け降りていく。
「こんなことになるとは」
事の発端は一時間前のことだ。
☆☆
光歌は授業が終わった放課後、帰宅するために校門へと向かっていた。
「光歌、今から遊びに行かないか? どうせ暇だろ?」
その道すがら男子生徒に話しかけられた。勝手に決め付けないで欲しい。
「明日は中間テストがあるだろ。そんなことをしている暇はない」
光歌は言いつつ、歩みを再開する。
「おいおい何? 優等生気取っちゃってんですか?」
「気取ってない。ついてくるな。それとその顔やめろ。何かむかつく」
「はいはい、分かったよ。まあ、勉強頑張んなよ。優等生さん」
男子生徒は光歌の肩をおもむろに叩き、踵を返して別の男子生徒に話しかけに行く。
光歌は人生で初めて人を本気でぶん殴りたいと思った。やらないけど。殴り返されたら痛いから。
校門を通り抜けて帰路へとついた。
自宅へ着き、家の中に足を踏み入れた途端、忘れ物に気づいた。
「教科書の存在をすっかり忘れていた」
光歌は家を出ると、急いで学校に戻って来た。校舎に入って教室へと向かう。
光歌は教室の自分の席へと行く。机の中から教科書を取り出そうとした瞬間、
「え?」
裂け目が開き、
「ひぃ!」
光歌は悲鳴を上げ、ふと気が付いた。すべての机が同じく鋭い牙を覗かせている事に。
光歌は慌てて、教室を飛び出した。
☆☆
そして現在の状況に至る。
二階へとたどり着こうとしたところで、人体模型が姿を現した。
光歌は慌ててユーターンし、三階へと戻る。
そして別の階段から二階、そして一階へと一気に駆け降りる。
「学校って化け物の住処なのか?」
誰に向けるでもなく呟き、光歌は校舎から出た。その数秒後、パリーンとガラスが割れる音が響き渡る。
光歌は振り向いた。
「な……!」
無数の机が、ピアノが、人体模型が、消火器が窓を突き破り落下してくる。
光歌は全速力で駆け抜け校門を通り抜けた。
☆☆
光歌は舗装された道路を一心不乱に駆け抜ける。
「きゃ~」
突如、女性の悲鳴が響き渡った。
「ん?」
光歌は足を止め、悲鳴が聞こえた辺りを見た。
女性がファスナーの部分が鋭い牙と化している鞄に襲われていた。光歌は慌てて近くの電信柱に身を潜める。
「……化け物がいるのは学校だけじゃないのか?」
愕然とした表情で光歌は呟き、電信柱から様子を伺う。
不意に女性が着ているコートが蠢き、一人でに空中へと舞った。
「へ?」
女性は素っ頓狂な声を上げる。
コートは女性の首へと巻きついた。
「うぐ!」
女性は苦しそうな声を上げるが、コートは容赦せずに首を徐々に締め付けていく。
「…………」
女性は事切れたかのようにゆっくりと倒れていった。
鞄は肥大化し大口を開けて女性を食べ始めた。ボキボキと骨が砕ける音が聞こえる。血液が道路に滴り落ちて血の海を構築した。鞄の鋭い牙には肉の塊がべっちゃりと付着していた。
光歌は恐ろしくて、その場から動くことができなかった。女性を見殺しにしてしまった。赤の他人なんだから助けなきゃいけない義理はないと必死に自分に言い聞かせた。
ふと、光歌は不安に駆られて自分の服を見つめた。自分が着ている服も女性が着ていたコートのように殺しにかかってくるのではないかと。
突如、ジュルルルと何かを吸い上げるような音が聞こえた。光歌は顔を上げて、音の発信源を見た。
コートが血の海に浸っていた。コートは徐々に赤く染まっていき、血の海は小さくなっていった。やがて、コートはサンタが着る服のように真っ赤になり、血の海は跡形もなく消えていた。
「……うぐ?」
光歌は突然、背中に激痛を感じた。振り向いて、電信柱を見た。ちょうど背中を押し付けていたところに
背中を見た。肉が抉られており、骨が露出していた。
光歌は駆け出した。鞄とコートが追ってくる。
☆☆
「うっ」
傷口がズキズキと痛み、光歌は顔を歪めた。
鞄とコートはもう光歌を追ってきてはいない。途中で老夫婦に遭遇した光歌は、鞄とコートの方向へ、その老夫婦を押しやった。老夫婦が襲われている間に全速力で逃げてきた。自分が助かるためには仕方のない犠牲なのだ。どうせもうじき死ぬだろうし。寿命で。知らないけど。
道路を駆け抜けていると、
『ぎゃ~』
突然、悲鳴が響き渡り、曲がり角から数人の男女が姿を現した。
光歌は驚いた。その者たちを襲っていたのが消火器だったからだ。別ルートを通って先回りしたのだろうか。そんな知能があるのかどうか知らないが。
消火器は次々と噴射口から人間を吸い込んでいく。吸い込む瞬間だけ肥大化し、すぐに元のサイズに戻る。どんな内部構造をしているんだろうか。
「がっ!」
左腕に激痛が走り、何かが侵入してくる。光歌は振り向いた。そこには人体模型がいた。人体模型の指が左腕に深く入り込んでいた。
「ひぃ! だ、誰か助けて!」
光歌は助けを求めるが、人々はそんなどころではなく悲鳴を上げて逃げ惑うだけだった。消火器と同様に先回りしていたのか机とピアノが鋭い牙で人々を貪り食っていた。
「だ、誰かた……」
唐突に光歌の声が途切れた。光歌の胸を人体模型の腕が貫いていた。その手には鼓動している心臓が握られていた。何のためらいもなく人体模型は心臓を握り潰した。
「…………」
生命活動を停止させ、光歌はその場に倒れた。
☆☆
そもそもの発端は今から一万年以上も昔、地球に宇宙人が飛来してきたことから始まる。
そのまま地球に移り住んだ宇宙人たちは地球の文明に合わせ、その姿形を変化させてきた。
そして
こうして、宇宙人は一万年以上もの間、地球という環境で生き長らえてきたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます