音声付小説

 現在の時刻は午後十一時。

 私は部屋で小説を読んでいる。というか聞いている。今、世界中で『音声付小説』というものが話題を呼んでいる。表紙に付いているスイッチを押すと、小説を読んでくれるのだ。どこかのお偉い方々は活字離れの原因になるから即刻に廃棄するべきだ、とほざいている。これが販売される前から活字離れは言われていたのに。廃棄したところで現状は変わらない。

 寝る時とか食事している時とかに便利なので私は『音声付小説』を重宝している。母親は食事時にそんなものを使わないで、といつも口やかましく言ってくる。私が『音声付小説』に集中していてコミュニケーションができない、というのが理由らしい。私はそんなものはどうでもいいと思っているからケンカになる。

 小説を聞き終わる。面白かった。明日は何の小説を聞こうかな。今、聞いたのはサスペンス小説だから推理小説にしようかな。クシュンッ、おっと、ここんとこ少し風邪気味なんだ、そろそろ寝よう。

 私は微睡みに落ちた。


 ☆☆


 ――翌日。

 私は目を覚まし、リビングに行った。少し身体がだるい、やっぱり風邪かな。あとで病院へ行ってこよう。

 テレビをつけると、ニュースをやっていた。

『昨日午後四時ごろ、道を歩いていた女性が突然発狂し、たまたま近くにいた男性をナイフで刺し殺すという事件が起きました。なお今月に入ってこのような事件がもう五件も起こっております。犯人の共通点は女性で、自宅に「音声付小説」を大量に所持していたとの情報です。警察は発狂した原因は未だ不明で今後も捜査していく方針のようです』

 発狂ね。何だか怖いな。"『音声付小説』を大量に所持していた"というのが気になる。私も『音声付小説』を大量に所持しているし、これが原因じゃなければいいんだけど。

 それから一週間が経過した。この間も発狂者は出ていた。その人たちも女性で『音声付小説』を大量に所持していた。

 私はもう『音声付小説』を聞いていない。これが原因ではないかと疑い始めているからだ。母親は私が食事時に『音声付小説』を聞かなくなったのが嬉しいようだ。コミュニケーションができるからであろう。

 表向きは笑顔で会話をしているが、心の中ではいつも不安が渦巻いている。私もいつか発狂してしまうのではないかと。もちろん今は聞いていないが、万が一ということがある。

 さらに数日が経過した。

 私は母親を殺してしまった。

「あ、あ、あ、あ」

 その後、ナイフで自分の首を切った。


 ☆☆


『――「音声付小説」の音声は人を狂わせる音波が使われていることが判明しました。なお女性だけが発狂する原因は未だ分かっていません。「音声付小説」は販売中止となり、回収していくとのことです』

 僕はテレビの電源を消した。

 発表されていた二つ以外にも共通点はあるというのに警察は気づかなかったのかな。それとも気づいていたが、関係ないと判断したのか。

 僕の経営している病院に通院していたという共通点が。

 彼女らが発狂した原因は『音声付小説』ではなく、僕の開発した薬だ。その薬を処方薬と偽って、渡したのだ。

 とはいえ『音声付小説』が人を狂わせるというのは本当のことだろう。僕はそれをずっと聞き、この薬を開発したのだから。

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