探偵と秘書

 私は探偵事務所を経営している。

 ソファーに座ってくつろいでいると、

斌空ひんくう所長」

 私を呼ぶ声がした。

「ん? 何だ」

 私は身体の向きを変えて秘書である辛夷守傷奇こぶしがみきずきを見据える。

「きてます」

「えっと、何が? もしかしてハンドパワー?」

「違います。一度もマジックやったことないですし」

「そうか。私はマジックショップで買ったマジックをいつの間にか家にいた虫に披露したことがあるぞ」

 私は盛大に両手を広げて言った。

「……大丈夫です。安心してください。私が付いてますから。寂しくなったら呼んでください。すぐに駆けつけますんで。料理も作りますよ。なんなら風呂も一緒に……きゃ」

 顔を赤らめ、傷奇はモジモジする。

「なぜ顔を赤らめる。それと君、私を寂しい人間と思ってるだろう。違うからな」

「君ってそこはハニーでしょ。ダー・リ・ン」

「私と君は付き合ってるわけでもないし、結婚しているわけでもないから、ハニーとダーリンはおかしい」

 すると、なぜか傷奇は驚いた表情をした。

「そんな! 私とのことはお遊びだったってこと? くぅ~」

「うん、私が言ったこと聞いてないな。いや、ある意味聞いてるのか」

 私は立ち上がると、傷奇のところに行って両肩に手を置いた。

「とりあえず落ち着け。ゆっくり話し合おう」

「……分かりました」

 分かってくれたか。

「脱げばいいんですね」

 え? 脱ぐ?

 服のボタンを一つずつ外し始めた。ちらっと谷間が見えた。私は慌てて両手を掴む。

「あ、なるほど。脱がせたいんですね。どうぞ」

 心持ち身体を前に突き出す。

 なるほど、じゃない!

「違う。脱がなくていい。ボタンを留めて」

 むっとした表情になった。何で?

「ふん!」

 服に手をかけ、左右に引っ張る。ボタンがはじけ飛んだ。視界にふっくらとした胸が映って。

「ノーブラだと!」

「あと、ノーパンです……うふ」

 うふ? うふって何?

「ブラとパンツはつけたほうがいいと思う」

「他の人に会う時はちゃんとつけています。斌空所長に会う時だけノーブラ、ノーパンなんです。ですから、安心してください」

 安心できない。私に会うときもつけてほしい。

 その時、扉が開く音がした。

「あの~」

 高校生と思われる少女がそこにいた。

「依頼人が来てるなら、先に言ってくれ」

「言いました」

「言ってない。きてますとしか」

「それで分かるでしょ」

「分からんよ」

 私は依頼人の方を向いて、ソファーに座るように促した。

 依頼人はソファーに座り、傷奇の方を見る。

「あの、そちらの方の胸が見えてるんですけど」

「あ、気にしないで下さい。傷奇、胸を隠せ」

「えっと、ボタンがはじけ飛んでるんですけど」

「両手で服を左右から押さえつければ胸は隠せる」

 傷奇のほうを向いて言った。

「あ、はい」

 傷奇は両手で服を左右から押さえつけた。

「私は所長の斌空 群人むらとです。こちらは秘書の辛夷守傷奇です」

「わたしは西院姫由良さいきゆらです」

 頭を下げてきたので私も頭を下げる。

「で、依頼の方ですが」

 私は相手の目を見つめて言った。

「その、恋人が最近わたしに全然かまってくれなくて他に好きな人ができたんじゃないかと不安でたまらないんです」

 泣きそうな表情で依頼人は言った。

「恋人のことを調べてほしいんです。もし、他に好きな人がいたら、それを私に教えてください」

「恋人の写真とかありますか」

「はい。携帯の待ち受け画面にしてるんで」

 そう言って依頼人は携帯を取り出す。

「どうぞ」

 受け取り画面を見る。そこには依頼人と同い年と思われる少女が写っていた。同性愛だろうか。

「恋人の名前は?」

微睡羽咋まどろみはくいです。はくちゃんと呼んでます」

 名前を知りたかったのであって、呼び方はどうでもいいんだが、と思ったが言わなかった。

「微睡羽咋さんの住所を教えてもらいますか」

「はい。××です」

「何か分かったら連絡しますんで番号を教えてくれませんか」

「携帯の番号でいいですか」

「ええ、かまいません」

 番号を教えてもらい、依頼人は帰った。

「では早速調査を開始しようじゃないか」

「はい、斌空所長」

 傷奇が出て行こうとする。

「待て。その格好で出て行くつもりか」

「え? 着替えた方がいいですか?」

「当たり前だ。胸が見えてるんだからな」 

 傷奇は事務所に備えてあるクローゼットに向かった。クローゼットの中から服とズボンを取り出す。

 ん? 着替えるのは上だけでいいだろう。下は着替える必要はないと思うが。

「斌空所長。私の身体を見てください」

 そう言って傷奇は服とズボンを脱ぎ去り全裸になった。しばらくそのままの体勢で立っていた。いや、早く着替えろよ。

 傷奇は着替えを持ってこちらに向かってきて私を押し倒した。上に乗ってきて服を着る。私にお尻を向けながらズボンを穿く。普通に着替えられないのか。

「行きましょ。斌空所長」

 私は起き上がり、傷奇と事務所を出た。


 ☆☆


「大きい家ですね」

「そうだな」

 私たちは依頼人の恋人の家が見える場所に居座っていた。

 家から一人の少女――微睡羽咋が出てきた。

 手に写真を持っていた。服の内側にいつも入れている双眼鏡を取り出す。双眼鏡を覗き、写真を見ると、そこには依頼人の西院姫由良が写っていた。

「依頼人の写真だ」

 双眼鏡を傷奇に渡す。傷奇も双眼鏡を覗き、それを確認した。

 後をつけていたら、驚いたことに微睡羽咋は写真にキスをした。

「ああ、わたしのわたしの大好きな大好きな由良」

 と、言う呟きが聞こえてきた。他に好きな人がいないような気がしてきた。

「ごめんね。全然かまってやれなくて。もうすぐ由良の誕生日だから、サプライズを用意してるの。それの準備が忙しくて」

 ああ、そういうことか。

「誕生日がきたら、かまってあげるから。たくさんたくさんえっちなことしようね。はやく由良の裸が見たくて触りたくて仕方がないよ」

 えっと、この子は変態か?

 すると、微睡羽咋は自分の胸を揉み始めた。

「あ、あ、あ。気持ちいい。でも、自分で揉むより由良に揉まれた方が数百倍気持ちがいいよ」

 ……変態だ。傷奇よりも。

 これ以上、後をつける必要はないと判断し、事務所へ戻ることにした。


 ☆☆


「由良さん。安心してください。他に好きな人はいないようです」

 事務所に戻って依頼人に電話をかけた。

『そうですか』

 ほっとしたような声だった。

「あなた一筋ですよ」

『……わたし一筋。ありがとうございます』

「いえいえ、ではこれで」

『はい』

 電話を切った。


 ☆☆


 それから数日が経過した。

「斌空所長。私の胸を揉んでください」

 傷奇は上半身裸になって言った。

「なんで」

「それは、あの子が自分で揉むより由良さんに揉んでもらったほうが数百倍気持ちがいいって言ってたから、私も斌空所長に揉んでもらおうと思って」

 私はため息をつく。

 その時、ドアが開いた。

 そこに立っていたのは、西院姫由良と微睡羽咋だった。

「あのなぜ、あなたは上半身裸なのですか?」

 西院姫由良が傷奇に聞いた。

「斌空所長に揉んででもらおうと思って」

 私に胸を押し付けながら傷奇は言った。

「あなた方に依頼をしたと由良に聞いて」

 チラリと傷奇に視線を向けながら、微睡羽咋が言った。

「その後どうなったか聞いていただきたくて」

 微睡羽咋の後を引き取るように西院姫由良が言った。

「喜んでお聞きしましょう」

 私は頷くと、ソファーに座るように二人を促した。

「かまってくれなかったのは私の誕生日にサプライズを用意しててその準備に忙しかったとはくちゃんに聞いて感激して涙が止まりませんでした」

 嬉しそうに西院姫由良は言う。

「で、サプライズは家でした」

 家? どういうことだ?

「私と一緒に暮らすための家を建ててくれていたのです。誕生日プレゼントは、はくちゃんの裸の写真ですごく嬉しかったです」

 う、嬉しかったんだ。

「今はその家で一緒に暮らしていて、たくさんたくさんえっちなことをしています」

 西院姫由良と微睡羽咋は見つめあってキスをした。何度も何度も。


 ☆☆


「二人とも幸せそうでした」

「ああ」

 二人が帰って数分が経った。

「あの斌空所長。大好きです。私と結婚してください」

 傷奇は真剣な表情で私を見つめる。

「私も大好きだよ、傷奇。結婚しよう」

 どちらからともなくキスをした。

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