目を覚ますのに必要なのは
「……げっ!」
「…なんか焦げ臭くないですか?」
一際広い部屋に入った夏実達は、部屋の荒れ具合にぎょっとしていた。
カーテンや、調度品等…所々に焼け焦げたような跡がついており、窓は何かの衝撃で割れていた。
部屋の壁や床にも何かの跡や傷がついており、全体的に荒れまくっていた。
夏実と航星がそれぞれ警戒しながらチェックしている中で、ハイネは目をすぼめて杖を取り出した。
「これは、治癒能力の出番ですかね」
白い狼が、一目散に主人の元に駆けていく。白髪を靡かせて、ハイネは足早にその後を追って、倒れている後輩達のそばへ駆け寄った。
『魔女殿、…お二人の具合は!』
「気絶するまで戦ってくれちゃって……刹那くんは青白いし、すーちゃんは気持ち悪そうだし…」
二人は隣り合うようにして倒れていた。鈴歌の横には、てるてるうさぎのエリカも転がっている。
少年も少女もぐったりとしており、血の気が引いているようだった。
ふと、若干の異質な空気が残っている事に気付く。おや、これは……
『魔女殿!早めに応急手当をしてくだされ』
「ごめんごめん、……わぷ、ちょっと落ち着こうか壱狼くん」
早く二人を回復させろと周りをうろうろする、もふもふの狼を落ち着かせて。
ハイネはため息を一つ吐き出すと、二人に手を翳した。自分の中の魔力を練り上げ、淡い光を手のひらに集める。
「……彼らに癒しを」
ぽう、と二人の身体が癒やしの光に覆われていく。光に覆われると、彼らの体についていた擦り傷や切り傷が塞がっていく。
彼女の治癒能力は、体についた外傷…切り傷や擦り傷等を治す力だ。とても便利ではあるが、この力を前提で無理をされるのはもっと困りもの。
「先輩、こっちの彼女にも回復を…」
「了解。ちょっと待ってて」
後輩の声のした方をちらりと見ると、少し離れた所で茉莉も気を失っていた。
流石に…二人が限度かなと思い、ハイネは淡々と「ユニ」と呟く
彼女の側に、ふわふわとした灰色の毛並みの猫が現れた。
『はい。要件は?』
「悪いけど茉莉嬢の回復を任せてもいい?こっちは手一杯でね」
了解です。と灰色の猫は、気を失っている黒髪の少女の元へと飛んでいった。
さて、そっちは良いとして。
と魔女は治癒の魔法を終えて二人の様子を見る。
そこで、異常なものに気付く。
少女の頭には、ツノのようなものが生えたまま。それに、まだ辛そうにしていた。
でも、これは暴走とも少し違うような…
「!すーちゃんのこれは…」
『……!まさか封印を解いたのでは…!』
「成る程。…となるとこれは」
苦しそうな顔をしてるのは影を食べ過ぎたのかね。そう思い、ハイネは杖に光の魔力を込めて、トントンと少女の背中を軽くつついた。
そうすると少女の体から、ぶわりと霧状の影が煙のように涌き出てきた。
ハイネはそれを見ても顔色を変えずに、
ポケットから丸い白の石を取り出すと、軽く指でつついた。
「悪いけど、過剰分は浄化するよ」
白い石が、少女から這い出た影の霧をみるみる吸い取り浄化をして消していく。
『人の身には毒だと言うのに、彼奴…』
呆れ半分、と言った様子で壱狼は何ともいえない声を出していた。
取りあえず、これで応急手当完了かな、と一息ついていると夏実が声を掛けて来た。
「一年生達は無事?」
「んー、取りあえず。……それより白檀は見つかった?」
「居ないです。…逃げたんですかね」
後輩の航星も、困った表情を浮かべていた。もう少し探してみるか、と夏実。
「うん。これくらいなら、まだ大丈夫」
影の毒気を吸い取ると、鈴歌は普段の姿に戻った。それを見てほっと胸を撫で下ろした。
刹那のかけ直した術式が甘いのではなく、許容範囲を超えてただけだったようだ。
「……しかし、君達はホントに難儀だよ」
ぽつり、と思ってる事を零す。
だんだんと鬼になりつつある少女と
それを留めようとしている少年。
そして、極めつけは
「わたしには、その封印とやらは…儚くて綺麗で、とても醜悪に感じるのだがね」
彼女は知っている。
どのようなものであれ、想いを込めた力は、時に祈りにもなり、呪いにもなるという事。
『……魔女殿には解りますか、これがどのようなものか』
「触れれば解るとも。……元の術者はどうしてこれを使ったんだか」
ハイネはほんとに訳が分からないよ。と、心底うんざりしたように吐き捨てる。
ま、それはさておき。と前置きをして。
魔女は眠る二人にそっとつぶやいた。
「よく頑張ったね、今はおやすみ」
******
黒い獣の暴走を食い止めてから、数時間がたった頃。
ぼんやりと見える、白い天井。
エタノールの独特の臭いのする空間。
目を覚ましたオレ……刹那は、ぼーっとする頭で、…ここはどこだ?と思いながら起き上がろうとする。
「あ、起きた!」
「いてっ!……あれ、鈴歌?」
ベッドの近くで座ってたらしい鈴歌は、目を丸くして「うん、そうだよ?」と頷いた。あまりにけろっとしていたので、咄嗟に少女の両肩を掴んでまじまじと見る。
……見た感じ、いつもと変わらない見た目、どこも悪く無さそうだ。
けれど、当の相手は驚いたように声を上げた。
「わあっ!なに!」
「身体の具合は大丈夫なのか、変な違和感とか……」
「…ええ?どうしたの、なんか怖いよ」
鈴歌から、何でわたしの方が心配されてるの?と、とても不審そうな顔をされた。
……一時的に解いた時の記憶、ないんだっけ?
「少し自分の心配したらいいよ、おばさん呼んでくる!」
何時もの小さな幼馴染は、ぱたぱたと入り口を開けて出ていってしまった。なんか、片腕が圧迫されてたみたいで痛いんだが…
呆気に取られていると、後ろの方から優しい声音で笑う声がしたので振り向くと、千草先輩が爽やかな笑みをオレに向けていた。
「先輩。笑わないで下さい」
「はは、ごめん。……無事で良かったなと思って」
いや、何か別のニュアンスを含めてませんか先輩。
「体は痛む?」
「いえ、…そういえば、傷が…」
「それな、お前達を助けにいったハイネが治癒能力で簡単なものは塞いでおいたって言ってたぞ」
3人ともぼろぼろだったから、頑張って直したってさ。と言った千草先輩は、良かったなと笑って頭をくしゃくしゃとしてきた。少し荒っぽいので止めてほしい。
でもそれなら、鈴歌が元気になっているのに納得した。
実質、あの獣と化した白檀はスズカが殆んど伸した様なものなのに。あの術式を一時的に解くだけでこっちが倒れているようじゃ…
と、ここまで考えてから、そういえばと思う。
「あの、白檀は?三角と先輩達は、街は戻って…それにここは何処ですか!」
「お、おお落ち着け。順に説明するから」
慌てすぎて、ついやってしまった。
すぐに冷静になって「取り乱してすみません」と謝ると、千草先輩は苦笑いを浮かべながら…簡単に説明してくれた。
ここは、冬海病院。
今は深夜前、だという頃。
あれから、崩壊しかけていた洋館に璃湖姉の(強引な)力で入った部長達三人は、気を失って倒れていたオレ達を救出してくれたそうだ。
白檀の力が弱まり、洋館が完全に消えると同時に異界との重なりあっていた現象と、極彩色と化した空も雨も止んで、眠ってしまった人々も目を覚ましたのだと。
先輩も、目覚めたらオレ達が居なくて驚いたそうだ。
「白檀は…今プロの退魔師が探しているよ。じきに見つかるんじゃないか、って長谷部達は話していたよ」
「…早く見つかるといいですね」
どのみち、アイツがもし現れるとしても、今までの様に強引な手段はしなさそうな気はした。
何となく、ではあるが。
「後は、茉莉が起きてくれれば……」
「三角の病状は?」
外傷は先輩の力で治してあるという。
精神が疲れているだけのようなので、落ち着いたら目覚めるだろうと、医者の見立てだそうだ。
「早く起きるといいですね」
「そうだな。…高原、自分も大変だったのに」
「オレは、ただ巻き込まれに行ったようなものですし……白檀に手も足も出なかったし」
「……でも、あの狐を倒したんだろ?」
それは……何て説明したらいいのか。素直に鈴歌の秘密の力を使いました、あまり言いたくない。出来れば隠しておきたい事だから。
オレが少し言い淀んでいると、鈴歌が戻ってきた。
「おばさんたち、あとで来るって」
「ありがとう。……じゃなくて、鈴歌も大人しくしてろよ」
そう伝えると、鈴歌は曖昧に苦笑いを浮かべていた。そういえば、いつもより元気が減っているような。
「うん。内海先生にもさっき、すごーく怒られた…」
「可哀想なくらいに凹んでたもんな」
「うわ、マジか……」
内海先生は鈴歌の主治医だが、普段は優しいが時に厳しい先生だ。一緒に居ることが多いせいか、たまにオレもお小言を貰う事がある。
……何て言うか…御愁傷様だな。
しょぼんとして浮かない顔の鈴歌に、千草先輩は優しく笑うと
「よしよし、元気だして」
オレの時と同じように鈴歌の頭をわしゃわしゃと撫でていた。
この人、本当に嫌みがない。
下手にやるとセクハラに成りかねないのに、その感じも全くしない先輩はスゴい。
ただし、イケメンに限るってやつか。
鈴歌はびっくりしつつもちょっと嬉しそうだ。何となく、先輩のは元気が出る気がする。
「…ちょっとは元気出たかい?」
うん、と頷いた鈴歌は、おでこを擦りながらこう言った。
「頭いたいの治ってきた」
「…それはちゃんと言って、薬貰ってこい」
「薬は飲んだよ」
「あっそ…」
何だかいつもの会話過ぎて、脱力感に襲われていると、鈴歌は近くのベッドに寝かされている三角に近付いていった。
すると鈴歌は、目を閉じている三角の頭にそっと手を当てた。
「…柏木さん、何を?」
「茉莉ちゃんも、頭よしよししたら元気出て目が覚めるかなって」
「ふはっ!…それで起きてくれたらいいよな」
あ、先輩が吹き出してる。
鈴歌は、黒い髪に触るみたいに撫でている。寝ている人に強く出来ないよな。
「じゃあ、俺もそれに乗っかろうかな」
「わかった。交代だね」
そう言ってから、千草先輩は鈴歌に代わって、寝ている三角の頭に手を置いて、ふわふわと頭を撫でた。
「早く元気になってな」
雰囲気がとても優しい感覚がした。オレ達の時とはちょっと違う気持ちが入っているからだろうか?
「……わ、いつもよりきらきらしてる」
まあ…千草先輩は、三角の事を心配してたし、きっと気になる存在っぽいし。
……と、ここまで考えてから気付いた。
これは二人っきりにした方がよくないか?
折角、久しぶりの再会なんだしさ。
なので、二人っきりにするためにオレは幼馴染の事を呼んだ。
「……おーい。鈴歌、ちょっと」
「どったの、刹那くん」
ゆっくりとベッドから降りて、靴を履いてから、鈴歌に外に出る口実を静かに伝える。
「あー。病院の自販機の場所、分からないし教えてほしいんだけど」
「何で?……な、なに?」
あ、これはあの雰囲気を分かってないな。よし、後で説明するか。
仕方がないので、ぱっと鈴歌の手を取ると、少し強引に病室から出る事にした。
「いいから、行くぞ」
「待って、ひっぱらないで…!」
最後まで分かってなかった鈴歌は、後ろでクエスチョンマークを浮かべていた。
…昔は、こういう事に鋭かったんだけどな。
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