影の足音は密やかに
洋館の外から大きな音がして、外を確認しに行ってしまったシスターことハニービーと航星。その場に残された刹那は、クラウにせっつかれやや遅れて入り口へ向かった。
入り口はざわざわとしている。それは少年の知らない青年の声だった。
「兄貴ー!お願いしやす、ダチが変な黒いのを出すようになって…ぱぱっとやっちゃって下さいよ!」
「…うるせえな。オメーもそれくらい出来んだろ、カズ!」
「俺だと力加減間違えて骨折っちゃう時があるんすよーー!」
「しらねえよ、加減しろ!」
思わず「……なにあれ」と呟く刹那に、クラウはアーモンド型の目を丸くさせて『ピィ!』と羽をふるわせた。
金に染めており、サイドに剃りこみの入った短髪のヤンキーぽい見た目の青年とやり合う真面目そうな先輩の姿(但し、言葉遣いは荒れている)
正直少年はぽかんとするしかなかった。
「…マジだったのか相楽センパイ」
『おおう。衝撃的な事実…!』
「あーもう。……おや、もしかしてコウセイのこれ、見たことない?」
「はい、まったく」
ぶんぶんと首を横に振る。
「ごめんねえ、変なもの見せて」とシスター姿の女性が苦笑いを浮かべている。
すると、ヤンキーが刹那の方へ向いた。
その目線からは、鋭い殺気に似た圧力を感じた。
「なんすかその細いの。兄貴の新しい舎弟っすか?……俺が実力を見定めて…」
げ、と思わず身構える少年に、眼鏡の少年が強い口調で声を飛ばしてきた。
「カズ、コイツは部活の後輩だ!
いいか、俺らとちげえんだから丁重に扱え!」
航星の声に、刹那の方に向けられていた圧力はピタリと収まり、今度は一転してからっと明るい口調に変わった。
「へ、そうなんすか!……勘違いしてすんません、後輩さん!俺はカズっていいます。宜しくおなしゃす」
「よろしく…お願いします」
さっきのは何だったんだ?と思う程に明るくシェイクハンドを求められて、反射的に握手を返す。
カズはおもいっきり少年の手を握りブンブンと振ってくる。とても力が強い、寧ろ少し痛かった。思ってたよりも友好的…か?と刹那は冷や汗をかきながら思った。
「はい!…あのー兄貴、あんな洒落た学校で浮いてません?すげー心配で…」
「いいからとっとと失せろ」
ぴりぴりと厳しい航星の言葉に、「助けてくれないんすか!?」と悲鳴みたいに反論をするカズ。
そんな彼に、ハニービーは嘆息を吐き出してから声を出した。
「……だったらワタシが行ってあげるよ」
「姐御!ほんと毎回すんません!」
めそめそしていたカズが、ころっと顔を輝かせて喜んでいる。「この借りは必ず!」と力強く答える彼の様子を見て、ハニービーは少年達の方へ向き直った。
「と、いうことだから。調べものはこれにてお開きにしようか」
「そうだな。仕方ない」
また気になることがあったら、いつでも来てくれよ。とハニービーは頬笑み、刹那達は彼女達と別れた。
見送った後、二人は学園へ戻るために歩いていた。その道中、少し気まずい空気が二人を包んでいた。まあ無理もないだろう。
少しの間黙ったまま歩いていた二人だったが、そんな空気を破って口を開いたのは、航星の方だった。
「…変なものを見せて、すまなかった」
「いえ、大丈夫ですが…」
あのカズの『兄貴』呼びが、なんかガチ感が溢れていた、と刹那は思っていた。
「もしかして、引いてる?」
「…驚いてます。普段とのギャップがありすぎて」
普段の航星は、大人しく真面目な部類の性格をしている。たまにからかいぐせがあるが、厳つさは微塵もない。
「あまり言わないでくれ。…まあ、部長とハイネ先輩は知ってるんだが」
「そうなんですか」
「…カズが…あの野郎がうちの部室まで来てバレた」
一体彼に何があったんだろうか。
心なしか、航星の顔が鋭い目付きになっているのは刹那の気のせいなのか。
「カズも一応能力者の端くれだから、何処かで一緒になったら頼む。弾除けくらいにはなる」
「…そんな扱いをするわけには…」
流石の少年も、それは気が引けた。
少しの間、また無言になる。それを今度は刹那が破った。
「あの失礼ですが、昔に何が…?」
『ここまで見られたらさ、少年には少し話してもいいんでない?』
青い小鳥も少年に加勢をしていた。それに航星は頬を掻きながら「そんな大した話じゃないが…」と呟くと、彼は静かに話しだした。
「……言い訳になるかもしれないが、昔は魔眼のコントロールが全く出来なかった」
航星は眼鏡を…その奥の目を指さした。
彼の眼は人を惑わす力がある。一度視線が合えばその人を魅了し、意のままにする事が出来てしまう。
これは無闇に使ったらいけないものだと航星は頑なに使おうとしない。
昔、色々あったんだよと先輩達は言っていたが、刹那達は詳しい事を聞いたことがなかった。
「家族には魔眼に掛からないからそれで良かったが、僕は周りを見境なくこの眼で操るからいつもトラブルだらけだ。
両親は僕の事を気味悪がったよ。それで弟ばかりを可愛がるようになった」
「……それは」酷い、と言いかけた刹那に、航星は首を横に振った。
「それで家に居場所がなくなった僕は、同じような奴らとつるむようになった。それからは……酷く荒れてたな」
よくある反抗期だ。と曖昧に笑う航星。
あまり口を挟んではいけないような気がして、相槌を返した。
「……そんな荒れまくっていた僕に本気で叱ってくれたのがハニーさん。彼女のお陰で魔眼を多少抑えられるようになったんだ」
「そうなんですか……」
『なるほど』
青い小鳥がぱたぱたと飛び、航星の肩へ移動すると、話してくれてありがとうと言わんばかりに鳴いた。
航星にとってハニービーは恩人のような存在なのだろう。
二人の間の空気が何処か気安い雰囲気だった理由が刹那にも分かった気がした。
「それと僕の黒歴史は柏木には内緒にしてくれ……」
「いや言いませんよ。信じてくれなさそうですし」
というよりも、少年は元から誰かに言うつもりはなかった。
何となくだが、鈴歌に伝えてもぽかんとしながら茶化して信じなさそうな想像しか刹那には思い付かなかった。
ふと少年は小さな幼馴染を思い出して、……あいつ、大人しく兄さんの言うこと聞いてるかなと頭の中で考えてしまった。
「僕の事を話したついでと言ってはなんだが、聞いてもいいか?」
「はい?」
何の話を振られるのかと思えば、航星はその小さな幼馴染の名前を口にした。
「柏木とは付き合いは長いのか?」
「…一応は小学校からですが、鈴歌は長く入院してたんで、退院してからは1~2年くらいです」
あっさりと答えたが、人に説明をしていて改めてそんなものだったのかと、自分自身で思ったよりも少ないと刹那は感じていた。
それに、ここ最近は色々あったからか…少年はすぐには解らなかった。
「…そうか。いや、あの柏木の幼馴染がどんなのかと思ってたんだが…高原は予想外に普通だったもので」
航星は本当に普通で助かったよと呟いていたが、刹那は少し怪訝そうな表情を浮かべていた。
「すみません、あいつオレの事をなんつってたんですか」
「居候先の同い年の幼馴染って言ってたから、僕はてっきりロリコンな奴が入って来るのかと」
「それはないです」
見た目から年下にしか見えないし、と呟く刹那に、航星はすまん悪かったと返した。
『すーちゃんは年齢の割に幼い感じだもんね。昔も性格あんな感じなの?』
「……いえ。昔はもっと明るくて活発な奴でしたよ。よくあいつに振りまわされてましたし」
顔色を変えずに返答すると、航星はえ?ときょとんとしている。
「マジかよ」
「マジですよ」
『あれで落ち着いているんだ…』とクラウが囀りながら、苦笑をしている。
「そういや鈴歌は上の兄さんによく懐いてたな」
「今もじゃないか?ほら今日もお迎えの時走って行く勢いだったし」
「……それは多分、鈴歌は…」
そんな時だった。
ブー、ブー、と、航星のスマホが鳴っていた。誰だ?と呟いた後にディスプレイを見ると千草先輩の文字が浮かんでいる。少し驚きながらもスマホを操作する。
「……はい、もしもし」
航星はスピーカーにしてから電話に出た。
『やっと繋がった。相楽も高原も無事だな?』
「ああ、はい。いま部長のお使いの帰りで」
『急で悪いんだが、すぐに冬海病院の近くのある場所に行って欲しいんだ。地図は後で送っとく』
思わず「何かあったんですか?」と電話相手に訊ねると、彼は声のトーンを少し落として話し出した。
『それが…尾方先生が何者かに捕まって動けないらしいんだ』
「なにしてんすか先生…」
俺にも詳しくわからないが、と濁しながらも千草は言いにくそうに二人に告げる。
『早く行かないとまずいことになる』
「…視たんですね、未来」
『ちょっと
爽やかな感じで言っているが、未来は
「同じ未来視の人を力を借りただけ」と電話口でぼやいているのを聞いた刹那は少し考えてから「あー」と納得していた。
彼らの通う道場の主の事はだろうな、とすぐに思い立ったからだ。
『俺も護身用の竹刀持ってくけど、それと…』
未来の映像の中に茶色い狐がいたと千草が二人に告げた。
「まさか沈香…ですか?」
『もしもの時は…相楽に任せるしかない』
そうですね、と電話を介して響きあう刹那と千草に、航星は納得していない声を上げた。
「……ん?何故、僕だ?」
「そうっすね。相楽先輩の方が的確かと」
「何故納得してるんだ。戦うの好きなお前らしくない」
『あ、やっぱりそう思うか?動きは結構素早いし、割りとセンスあるよな』
実は剣道部に誘おうかと思ってたくらいなんだ、と楽しげに話している千草に対して刹那も「同感です」と頷いている横で、当の本人は片手で頭を押さえていた。
「……すまないが、剣道は遠慮させてもらう」
『ええっ!』
………………
………。
所変わって。
白く清潔な室内に漂うエタノールの臭い。
周りは外来に訪れた患者を白衣を着た看護士や医師、職員が甲斐甲斐しく対応していた。
その中で、とある男はしっかりとした足取りで入院病棟の方へと歩いていく。
「あらお見舞いですか?」
「はい、そうです」
彼を見て声を掛けた看護士は、それには特に反応をせずに見送っていた。
エレベーターに乗り込み、目的の階のボタンを押してドアを閉じる。
相変わらずの大きめな眼鏡に隠れて、いつもの表情は読み取れない。
ぽーん、と高らかに音が鳴り、ドアが開く。目的の階に着いたようだった。
「………」
男はゆっくりとエレベーターから降りる。
堪えきれずに口の端を釣り上げる。
そっと片手で口元を押さえると、男は目的の部屋に向けて歩き出す。
コツ、コツと足音が静かな病棟の中で鳴る。
足元の影が其処にいるはずのない異形の形を映して、霧のように揺らいでいた。
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