リトル・ファンタジスタ~元天才サッカー少年は再び表舞台に返り咲く~
水源+α
第1話 プロローグ 14才の蒼い10番
───10
この数字を見た時、皆はどのような気持ちを抱くのだろうか。
いきなりで申し訳ないが、考えてほしい。
俺はもう咄嗟にある気持ちを抱いてしまうのだが、皆にとってこの”10”という数字は、何か物を要求するときに、偶数で丁度良いためか、咄嗟に提示してしまう数字なんだろうか。
これは憶測に過ぎないが、”10”という数字は誰もが丁度良い数字だと思っているのではないだろうか。
何かと評価したいときに「10点満点中何点」という風に使うし、物を五個ずつ二人に分けたい場合、または二個ずつ五人に分けたい場合、または備蓄を考えて買う場合に”10”という数字は生きてくる。
まだまだ”10”という数字の使用用途は沢山あるが、言うなればこの数字は───万能なのだ。
偶数ということもあり、丁度良い数を気にする人間の本能で使ってしまう可能性が高く、それでいて汎用性も非常に高い。
要所によっては使用用途で非の打ち所はあるだろうが、”10”という数字はそれを補えるような重要な役割を果たしている。
大方の人は便利だという気持ちを抱くだろう。
だが、俺の抱いた気持ちは違う。
確かに便利な数字だ。
あまり奥深く考えずに、咄嗟に提示できる万能な数字であることは確かだ。
しかし、俺はこの数字に特別な気持ちを抱いてしまう。
一つは尊敬。
一つは憧れ。
そしてもう一つは───
───責任だ。
《───グループ予選最終戦、日本対サウジアラビア。両チームともここで勝てばアジアを代表として世界へ挑戦する本選への出場権を獲得することができる重要な試合ということもあり、とても白熱した戦いをスタジアムに居る全員に見せつけています。前半、後半共にお互いに決定機を作り出すもどれもディフェンス陣の気迫とレベルの高い守備でシュートが阻まれました。そしてそのままずるずると膠着状態が続いていました───》
揺れるスタジアム内。
両チームの観客席では、多くのそれぞれ蒼と緑の大段幕と旗が振られている。
そしてそれに連動するかのような大勢のサポーター達の歓声。
揺れているのは、その歓声達が原因だった。
《しかし、今をもってアディショナルタイム4分が終わろうとしていますが、なんと今、日本が絶好の位置でフリーキックを獲得し、このラストプレーが得点の最大チャンスとなっております。───アディショナルタイム2分に差し掛かった時、それまで持ち前の体力とフィジカルで破竹の勢いで攻め立てていたサウジアラビアが、仕掛けます。U―17サウジアラビア代表の俊足の左ウイング27番のイハル・ルサクが一人をスピードで振り切って、バイタルの危険な位置にクロスを上げましたが、それを頭で合わせようとした長身ストライカーの9番、シャルム・ハドメドにU―17日本代表のCB(センターバック)背番号3番の三堀(みほり) 隆(りゅう)が何とか競り勝ち、そのこぼれ球に素早く反応した右SB(サイドバック)背番号5番の相田(あいだ) 太一(たいち)が前線へ素早くロングフィード。それにボランチの背番号19番、飯田(いいだ) 勝義(かつよし)が受け取り、敵ディフェンスを振り切り抜け出していた背番号22番CF(センターフォワード)の涌井(わくい) 和人(かずと)にスルーパスを送りました。そこで二人のディフェンスから一歩抜け出す形になった涌井がボールをペナルティエリア寸前まで一気に運びます。ですが、これを予測していたのかサウジアラビア代表背番号2番のCB、アルディ・ハシクが立ちはだかり、ドリブルで抜け去るか、ロングシュートを打つかの選択だけかと私たちは思いました───》
汗がユニフォームに染み着き、足も限界を迎えている。
嗚呼、一分一秒がとても長く感じる。
《────しかしそこに後ろから上がってきたのが14歳という若さにして今大会にU―17日本代表として出場し、背番号10番を背負う未来のファンタジスタ、トップ下の綾崎(あやさき) 司(つかさ)に涌井は冷静にバックパスを選択。後15メートル程でバイタルに侵入できるところで涌井からのパスを受けた綾崎でしたが、ワンタッチで戻ってきていたディフェンスの一人を交わし、後ろからもう一人のディフェンスがファウル覚悟でスライディングをしましたが、華麗にボールと共に飛んでこれさえも抜き去りました。ですがその直後に、アルディ・ハシクがユニフォームを引っ張りながら足を絡ませた危険なタックルをして、笛が鳴り響き、イエローカードを出されました。そして現在、再び言いますが絶好な位置でのフリーキックを日本代表は獲得しています!》
..................
............
......
芝を踏み締めて、主審から渡されたボールをゆっくりと置いた。
「……はぁ……はぁ────」
(壁は五枚か)
切らした息を整え、目の前を見据えて、邪魔な汗を拭いながら、シュートコースを見つけ出す。
..................
............
......
《さぁ、フリーキックはどうやら綾崎が蹴るようです。さて、ここまでの綾崎のプレーはボールを持つと、滅多にボールロストをせずに、チームのパスの主軸になるという、正にトップ下の仕事を高いパフォーマンスで披露し続けていました。それだけではなく、時々華麗なドリブル突破を謀り、チャンスを何度も作っていました。そして今、今大会で得点王争いにも参加してるなかで、絶好な得点のチャンスが舞い込んできました。これまでの9得点の内、4点がなんとフリーキックでの得点です。その右足から繰り出される無回転シュートは軌道が想像つかない程に上空で揺れ、威力も強力です。キーパーがもし止めたとしてもキャッチ出来ずに前にボールを転がして、そのままチャンスになるという場面を多く見てきました。それにしても14歳でこれほどのプレーを出来る選手は世界中探しても居ないんじゃないでしょうか? 北林さん》
《そうですねぇ……幼少期の頃から注目されてきた選手ですしね。どの試合でも得点に絡み、ここぞというときにFWへの素晴らしいスルーパスやロングシュートでゴールをしてきてます。しかも年上の選手からのタックルをものともしない受け流しの上手さです。手の使い方も上手いですし……これでは並みの選手じゃボール奪取なんて夢のまた夢ですよ。いざとなればドリブル突破出来ますし、何より高精度なパスが魅力的ですね。しかしもっと凄いのは14歳ながらフィジカルに劣るはずの17歳以上の選手を相手に、巧みなボール操作で前線でキープし続けて、味方が前線へ上がる時間を稼いでいるということです。チームにあれほど預けても安心出来る選手は居ませんね……これが正に天才という肩書きを背負うべき選手だと思います。この頃日本サッカー界の救世主だと巷では騒がれてますが、これまでの試合と今日の試合を見ていれば、誰でも認めざるを得ませんでしょう》
..................
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......
鼓動が早くなる。
「……ふぅ」
(これを外せば延長戦とPK戦が待ってる……これ以上の試合は出来ない。見る限りだと仲間が限界を迎えてる……)
心を落ち着かせ、胸に手を当てた。
「────……母さん。見ててね」
狙うはゴールの左端。
今、そこだけ丸い白い円が見えている。
エンプティゾーンと呼ばれるその場所は、俺が経験してきた中で言えば───必ずボールがマウスを揺らす場所だ。
たまに見えるこの白い円(エンプティゾーン)は、要所要所でチームを救ってきた言わば秘密兵器。
───だから、俺は
「────っ!」
これが見えた瞬間は、信じて打ち込む。
ただそれだけで─────
..................
............
......
《───っ! ゴォォォォォォォォォォォォォルッ!》
────チームは救われる。
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