第9話 商人の戦い方

俺は幽霊から逃げているような気分で階段を素早く下り、地下酒場へと続く階段の前で待ち伏せた。


暗殺者はどうやら耐性を持っていたようで、睡魔の魔石は効かなかった。


多分効かないとは思うが、俺は一応麻痺の魔石を握り締めた。


背筋に、嫌な汗が流れる。


これが効かなければ、最終手段を取らなければならないから。


すると階段から、黒フードの男が飛ぶように軽やかに下りてくる。


俺はそいつに向かって麻痺の魔石を投げると同時に『分析』を発動した。




名前:カプリコルヌス


種族:人間


年齢:32


ジョブ:暗殺者


Lv:15



「!?」


黒フードの名前を見て、俺の心臓が大きく跳ねた。


カプリコルヌス……………それは『山羊座を象った名前』。


つまりは俺と同じ…………転生者。


まさか平然と人を殺そうとする人間が転生しているとは。にわかには信じられなかった。


俺が転生者へのイメージを美化しているだけかもしれないが、そんな者と同じにされるのは許せなかった。


しかしそう深く考えている余裕はない。


「……………っ…!」


麻痺毒の煙が止み、場所を特定したかのように俺へ一直線に向かってくるカプリコルヌス。


俺は麻痺毒の煙が効かなかったのを見て、急いで地下酒場へと駆け下りた。







カプリコルヌスは地下酒場へ下りると、まず目に入ったのは奇妙に浮遊する小麦粉の袋だった。


まるで誰かが持っているかのように。


「そんなもの…………位置を教えているようなものですよっ!」


カプリコルヌスは小麦粉の袋に向かってナイフを三つ投擲した。


二つは小麦粉の袋に刺さり、一つは空中で浮いていた。


「ぐっ…………!」


小さな呻き声は聞き間違いではなく、見えない誰かのどこかに刺さったのだろう。


見えない誰かは小麦粉の袋をカプリコルヌスに向かって投げ捨てると、痛みを我慢して素早くナイフを抜いて捨てた。


ナイフが刺さったままでは、位置を教えているようなものだからだ。


しかしカプリコルヌスは、そんなことはどうでもいい。


自分の投げたナイフが当たり、肉を裂いて苦しめる。


その行為がどれだけ魅力的か。


カプリコルヌスはさらなる苦痛を与えるべく、ナイフを続けて投擲する。


今度は避けたのか、すべてが棚に刺さる。


カプリコルヌスは内心舌打ちをする。


彼の『索敵』は視認できる範囲の人物を表示しない、つまりは姿が見えなくとも近くにいる相手は位置を特定することができないのだ。


だから今この状況では、カプリコルヌスは後手に回らざるを得ない。


しかし、また見えない誰かが何かを持てば位置がわかる。


先程から酒樽だの魔石だのを使って攻撃しているのだ。体術に自信がないのは見え見え。


カプリコルヌスは相手の位置がわからないが、見えない誰かは位置が露見するため彼を迂闊に攻撃できない。


この世界の戦闘において、圧倒的優位はないのだ。


さすがは我が慈愛の女神メルトナ。ゾクゾクするようなスリルを体感させてくれるとは。


「くくくっ…………」


カプリコルヌスは生前クリスチャンであったが、これほどの激情を抱いたことはなかった。


必ず、必ずその期待に答えてみせる。


カプリコルヌスの狂信によって極限まで研ぎ澄まされた感覚が、何かが軽く棚にぶつかる音を拾う。


カプリコルヌスは、ニンマリと凶悪に嗤った。









「くくっ………やはりそこにいますねぇ!」


「っ………!」


素早く投げられたナイフに反応し、俺は間一髪頭を小麦粉の袋で庇う。


ナイフで裂けた袋を、中身を撒き散らすように乱暴に放り投げる。


俺はまだずきずきと痛む右足を引きずりながら、小麦粉の袋が積まれている場所に移動する。


「そろそろ、出てきたらどうなんです?……………やれやれ、そんなスキルが使えるなら、私はこんなあくどいことをせず背後に回って背中にナイフを突き立てますけどねぇ………」


カプリコルヌスがいやらしく嗤う。俺から見ても気分がいいものではない。


それが出来たら冒険者やってるわ!と俺は素でツッコミたくなる。


俺の覚悟云々の前にそもそも『潜伏』は武器を持ちながらの使用はできない。


まあ持てないことはないのだが、武器だけが浮遊しているような状態に見えてしまうのだ。


この世界にはチートなんてない。


ちゃんと平等に、どんなにチートなスキルでも大きな弱点があり、誰でも生き残れるように作られている。


チートになれるかは、使い方次第だ。


だからこんなまわりくどいやり方をしなくてはいけないわけだし。


商人は商人なりの戦い方がある。


武器を使うのは冒険者の専売特許だ。


俺は小麦運びで鍛えた筋力値に感謝しつつ、小麦粉の袋を次から次へとカプリコルヌスに投げつける。


「なんなのです?さっきから……………。こんな柔らかいもので攻撃して、私に効くと思ってるんですかっ!」


お返しと言わんばかりに、カプリコルヌスはすべての小麦粉の袋にナイフを命中させる。


中身が零れて、小麦粉が宙に漂い始める。


それはまるで、カプリコルヌスを覆う霧のようだった。


…………………そろそろかな。


そう思った俺は、右足を引きずりながら地下酒場から出て、『潜伏』を解除した。


そして、小麦粉の掃射が止んだため辺りを警戒しているカプリコルヌスを見据えた。


ここはカプリコルヌスにとっては死角。


上を見ようと思わなければ、絶対に見えない角度。


俺は魔法鞄から取り出した火の魔石を握しめる。


今更ながら、しようとしていることの重さに押しつぶされそうになる。


そうだ、俺は今から許されないことをする。


しかし、だからといってこんな男をそのままにはしておけない。


放っておけば、みんな殺されてしまう。


それは嫌だ。絶対に!


転生者として、俺が責任持ってこいつを止める。


俺は自分の幸せのために、他人の幸せを踏みにじる!


決意した瞬間、背中を押すように左手の紋が金色に輝いた。


「これが…………商人の戦い方だ!」


そう叫び、地下へ火の魔石を投げ込む。


火の魔石は衝撃を与えると、ちょっとしたアルコールランプほどの火に相当する。


カプリコルヌスが俺の声と火の魔石に気づいたが、もう遅い。


火の魔石がものすごい衝撃で床に叩きつけられた瞬間。


ドカァァァァン!


地下酒場が、あり得ない衝撃で爆発した。


1878年、ミネソタ州・ミネアポリスのワッシュバーン製粉所で、小麦粉による粉塵爆発が起こった。


それによって、18名が死亡した事故。


小麦粉は、空気中に漂うと爆発するのだ。


「うわっ!?」


俺はそのものすごい爆風に巻き込まれ、ギルドの隅まで転がる。


壁で頭を打ったのか、少し視界が暗い。


スキルウィンドウを開いてHPを確認すると、すでにイエローゾーン、それもレッドゾーンギリギリにまで到達していた。


「はは…………でも生きてる……よな………ごほっ…………」


口の端から血が零れる。衝撃で内臓に不可がかかっているようだ。


右足の痛みも全く引く様子がない。


それに一つでも間違えていたら、殺されていたのは自分だった。


『潜伏』のスキルが無ければ、まず戦うことすらできなかった。


もしかしたらみんなが殺されるのを、ただ見ているしかできなかったかもしれない。


そう思うととても怖かった。


でも、みんなが死ぬと思ったらもっと怖かった。


「レオッ!!」


爆発音で、何事かと思ったのか戻ってきたイリアナさん。


こちらを見て、酷く慌てた様子で走り寄ってきた姿を俺の目が捉えて、そのまま静かに閉じた。








「………………ん………」


俺は目を覚まし、しばらくはぼんやりと自室の天井を眺めていた。が、しかし。


「………………っ!!」


すぐに状況を思い出し、飛び起きる。


そういえば俺、あの後倒れたんだった…………。


「いっ…………!」


しかし体の所々が痛み、そのまままたベッドに仰向けになった。


「あ、レオさん!目が覚めましたか?」


そこでメグさんがちょうど部屋に入ってきて、俺が目覚めたことに驚いたのか、ベッドに駆け寄った。


「あ…………はい、一応。あの………後はどうなりましたか?」


するとメグさんは、少し暗い顔になった。


「……………イリアナさんが騎士団を手配してくださって。下で今色々な状況調査をしているみたいです」


「そっか……………」


それからメグさんが黙り込む。元気が取り柄の彼女らしくない。


そりゃそうだ。俺はああなることがわかっていて、火の魔石を投げ込んだのだから。


俺がカプリコルヌスを、殺したのだ。


人殺しになんて、もう関わりたくないだろう。


しかしメグさんの反応は、俺が予想していたものとは全然違った。


「……………ありがとうございます、レオさん」


「………………え?」


メグさんにお礼を言われて、訳が分からず間抜けな声が喉から押し出される。


「でも俺は………」


殺す、という単語を言い躊躇っていると、メグさんは俺の言いたいことをわかっているのか、苦笑いした。


「レオさんがいなければ、私たちは何もできませんでした。殺したことを気にしているなら、気にしなくてもいいんです。暗殺者を返り討ちにしたんですから、むしろ誇っていいんですよ」


「メグさん……………」


確かに地球でも、正当防衛は犯罪にならない。


だが、それ自体が『罪』ではないとは限らない。


これは俺の罪だ。一生消えることの無いもの。


「一応応急処置はしたけど、今教会の神官を申請してますよ」


「エルシラさん……………」


エルシラさんがいつもの微笑みを浮かべながら部屋に入る。


「こんな無茶して……………イリアナに怒られちゃうわよ?」


「…………すみません」


俺は素直に謝ると、イリアナさんは困ったように笑ってから俺を抱きしめた。


俺は女性免疫が圧倒的に足りないせいかどきまぎしてしまったが、やがてその温もりを感じるうちに目頭が熱くなってきた。


「………………本当に無事でよかったわ」


「………………はい」


久しぶりに母親の影を感じて、俺はそのまま身を任せていた。







「それじゃ、私たちはまだ下で作業があるから、レオ君はしばらく寝ててね」


「神官が来るまでは無理に動いちゃだめですよ!」


「は、はい」


二人が出ていくと、俺はまた寝転んで天井を眺めた。


生きている。でもまだ実感は薄い。白昼夢でも見ているような気分だ。


平和ボケの日本人からすれば、刃物を持った通り魔と遭遇して生き残ったようなもの。


信じられないのも無理はないというもの。


俺は気晴らしに何気なくスキルウィンドウを開いた。





名前:レオ


種族:人間


年齢:17


ジョブ:商人


Lv:1


HP:50000


MP:500


STR:35 INT:1 VIT:50 AGI:40 DEX:25 LUK:40


SP:0


〘スキル〙


『潜伏』 Lv:MAX 『鑑定』Lv:2 『分析』 Lv:1


『疲労耐性』 Lv:2 『睡魔耐性』 Lv:2


『精神防御』Lv:1 『索敵』Lv:MAX


『俊足』Lv:1『投擲』Lv:2 『軽業』Lv:1


『毒耐性』Lv:1 『短剣』Lv:1


〘称号〙


《転生者の烙印Ⅱ》


・魂の消費


・記憶の継承


・SP:100贈呈


・スキルの強奪


《女神メルトナの祝福》


・HP、MPの自然回復速度の増加


・スキルを無条件に三つ選択し、その中の一つをLvMAXにする


・言語の翻訳




「え…………?」


見覚えのないスキルが増えていて、少し狼狽える。


そして最悪の事態を想定する。


「もしかして…………カプリコルヌスのスキルか?」


しかしそう考えると納得するものが多い。


睡魔毒と麻痺毒が効かなかったのは『毒耐性』のため。ナイフを正確に投擲できたのは『投擲』のため。あれだけ身軽だったのは『軽業』のため。


それによく見ると称号の《転生者の烙印》が《転生者の烙印Ⅱ》へレベルアップしており、『スキルの強奪』が追加されていた。


そこで一つ謎が残る。


殺した人間のスキルを奪えるのか、それとも殺した転生者のスキルを奪えるのか、だ。


それによっても状況はかなり変わってくるが、どちらにしてもろくなことにはならない。


しかし俺はこのルールの追加で、女神メルトナに疑問を抱いた。


これではまるで、メルトナ自身が転生者同士の殺し合いを望んでいるようだから。


俺はいたたまれなくなって、無言でスキルウィンドウを閉じた。


「…………………はぁ」


俺は平和に生きたいんだけどなぁ……………。


それから教会から派遣された神官に傷をすべて治してもらい、日常動作に支障がないくらいには回復した。


しかしちょっと気疲れが溜まっていたのか、イリアナさんに執務室に呼ばれた時、完全に油断していた。


「馬鹿者!!」


「……………っ……!」


窓がビリビリと揺れるほどの剣幕を前にして、俺は思わずたじろいだ。


「私が怒っている理由、わかるよな?」


無茶をして、死にかけたことだろう。


「は、はい……………すみません、ご心配をおかけしました」


イリアナさんの声には隠しきれない怒気が含まれていて、俺は蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまった。


強い眼光で俺をしばらく睨んでいたイリアナさんだったが、ふっと怒りが鎮火した。


思わず俺が顔を上げると、そこにはいつものクールな微笑を浮かべるイリアナさんがいた。


「よく頑張った。確かに勝算も考えずに突っ込んで行くのはいただけなかったが、お前の功績は商人ギルドの職員を守った。それは大きいぞ」


イリアナさんがデスクから立ち上がり、俺の頭を撫でた。


「礼を言うぞ、レオ」


「あ、ありがとうございます」


俺は照れくさくなって俯く。そんな俺をイリアナさんはけらけらと笑った。


「元気が出たようだな」


「げ、元気とは少し違いますよ」


主に俺の女性免疫に起因してます。


「まあどっちでもいいさ。それで、ここからが本題だ。私がこの件を王宮に報告したら、なんとこんな書状が返ってきてな」


イリアナさんが書状を持ち上げて、悪そうにニヤニヤと笑う。俺はなんだか嫌な予感がしつつ、丸めてあった書状を広げたイリアナさんの次の言葉を待った。


イリアナさんが重々しく、でもどこかふざけた感じで書状を読み上げる。


「えー、ギルドマスター殿、報告ご苦労であった。我らがベルネア公国大公殿下が、暗殺者を撃退した功労者に褒美を与えるとのお達しである。翌日、その者を連れ立って王宮へ参られよ……………だとさ、功労者殿?」


「…………………………は?」


王宮って…………あの、ベルベットの中央にそびえるシ⚫デレラ城みたいな……………?


そこへ行く?………………俺が?


「えぇぇぇぇ!?」


この世界は………俺を休ませる気はないようだった。




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