第39話 桶狭間イベント

          桶狭間イベント



「それでサモンさん、この歴史イベントもまだコンプされていないんだ。かなり有名なイベントのようだけど?」


 俺達は、『尾張の街』から、一路、『清州城』に向かっている途中だ。

 イベント名は『桶狭間の合戦』。これは俺でも憶えていたので、かなり有名な話だと見当がつく。


「せやねん。結構挑戦してる奴は多いはずやねんけど、まだなんやわ。わいもあの手この手と考えて、全部で4回も挑戦してんけど、クリアだけやわ。」

「そうっす。あたいもクリスさんも一緒だったっすけど、さっぱりっす。流石に飽きてしまって、そのままのイベントっす。」


 なるほど、後味が悪いのでリベンジと。


「では、サモン君、どういう手順で挑戦したか教えて下さい。僕も何かヒントを出せるかもしれない。」

「そうね。あたしも信長は好きだから、結構自信あるわよ。」


 お、これは期待が持てそうだ。

 タカピさんは医者だから、そういう一般教養は完璧だろう。

 そして、カオリンは現在俺達の歴史の先生である。


 そして俺達は『清州城』と『東海道』と書かれた、二つの扉の前で打ち合わせをする。

 『清州城』の扉を開ければ信長役。『東海道』なら、今川軍だ。



 サモンの話によると、この歴史イベントは、推奨レベル80。報酬アイテムは、使い方によっては最強かもと言う武器が手に入るので、かなりの人気イベントだそうだ。


 しかし、推奨レベルの高さもあり、実はそれ程研究され尽くしてはいないのではないかとの、クリスさんの意見もある。

 そして、サモン達は、史実通りの信長役と、それとは逆の今川役とを2回ずつやってみて、両方クリアだけはできたと。


 ふむ、前回の弁慶の奴よりは良心的みたいだ。


 また、普通は史実を覆す方が難しいのだが、このイベントは、圧倒的に史実通りにやる方が難しいらしい。なので、信長側でやると、経験値稼ぎに最適だそうだ。

 そらそうだ。カオリンの話によると、史実では、織田軍は数千。対する今川軍は数万だ。


 ちなみに、サモン達のやり方は、織田軍の時は、全ての今川軍を全滅させる方法と、史実通り桶狭間の本軍のみを狙った、二通り試したらしい。

 そして、今川軍の場合は、全ての城や砦に籠る織田軍を撃破し、最後に『中島砦』から出撃してきた織田軍を返り討ちにするやり方が一つ。もう一つは速攻パターンで、『清州城』から出陣したばかりの信長を打ち取ったそうだ。


「ふむ、今までの話からすると、やはり今川軍を全滅させるのが一番きつそうだな~。」

「せやろ。わいもそう思うてんけど、あかんかってん。撃ち洩らしがあったんかな?」

「サモン、全滅させた時は、『岡崎城』に逃げる、松平元康(徳川家康)もちゃんと打ち取った?」

「勿論や。真っ先に『丸根砦』まで行って、先鋒の松平軍をやっつけて、後は本体を一網打尽や。ちゃんと調べてから行ったしな。」


 う~ん、これじゃあ分らんな。まあ、ダメ元だ。


「じゃあ今回は、取り敢えず、織田軍で、敵の全滅狙いをやってみよう。レベル上げに最適なら、失敗しても経験値稼ぎと割り切って、また別のやり方をすればいい。そして、今回は有能な軍師、カオリン先生が居るから、アドバイスも頂けそうだ。」

「せやな、前回もカオリンちゃんは正解出しとったしな。」

「カオリン先生、宜しくっす!」

「シン、持ち上げても何もでないわよ! あたしだってそこまで詳しくはないから、タカピさんも手伝ってね。それに、実際の戦闘ではまだまだ足手纏いだわ。」

「うん、僕も何か気付いた事があれば言いますね。皆、頑張りましょう。」

「カオリンちゃん、大丈夫ですわ。今のVRファントムは完璧ですわ。ここに来てからは、コンプのオンパレードですわよ。どっかの、力押しだけの脳筋ギルドとは違いますわ。」


 ぶっ!

 クリスさんの最後の言葉に、サモンが俯いてしまった。

 俺も思わず俯いてしまう。


 しかし、流石に今回はそう都合良くは行かないだろう。

 サモンだって、エロではあるが馬鹿では無い。前回の弁慶イベントも、元はサモンの発案だ。そのサモンと廃神達をもってしても、まだ無理なのだ。


「まあ、取り敢えず入ってみよう。カオリンとタカピさんなら、何か分かるかもしれない。」


 俺達は『清州城』への扉に手をかけた。



 転移先は板の間で、正面にNPCが3人居た。

 ふむ、こいつがサモンの言っていた間諜か。

 そしてここは軍議の間と。

 俺達は全員、一段高くなった場所に並んでいた。

 背後には、何やらみみずのはったような文字が描かれた掛け軸がかけられている。


「殿! 今川軍が東海道に出陣してきております! 先鋒は松平元康が率いていると思われ、既に丸根砦に向けて進軍中でございます! 打って出るか籠城か、早急にご決断下さいませ!」


 NPCは、俺に向かってそれだけ言うと、部屋を出て行った。

 なるほど良く出来ている。俺達は信長軍で、そこに今川軍が攻めてきたので、伝えたぞと。そして、後は勝手にしろと。


「で、全滅させるパターンだと、ここで3組に分かれ、それぞれ『丸根砦』、『大高城』、『鳴海城』に来る敵を撃退した後、『沓掛城』で合流してから、敵の本体をぶっ潰すと。」

「せや。分け方はシンさんに任せるわ。最後の沓掛城以外は敵もそれ程多ないから、わいらやったら、二人で何とかなるはずや。」

「うん、それはもう決めてあるよ。俺とローズ、カオリンとサモンさん、タカピさんとクリスさん。で、どうだろう?」


 これは、俺がサモンから聞いた時に既に考えておいた組み分けだ。

 しかし、予想はしていたが、この案に対して食いつく奴が出る。


「やっぱりシンさんは私とがいいんですね! 安心しました!」

「え~? あたし、サモンと~? サモンが途中で消えないか心配だわ。」

「アホローズ! 単純に高レベル者と発展途上を組ませただけだ。そんな意味は無い! そしてカオリン、サモンさんも流石にクエスト中はせんと思うぞ。」


 そう、万能なサモンと組ませるのは、カオリンかタカピさん。だが、カオリンの手綱を握れるのは、恐らくサモンで無いと無理だろう。結果、前衛のタカピさんには、後衛のクリスさん。そして、残った俺とローズがペアになる訳だ。


「う~ん、シンさんらしいな~。わいにカオリンちゃんを押し付けたか。せやけど、これが一番妥当やろな。」

「そうですわね。タカピさん、宜しくお願いしますわ。」

「はい、クリス君、頑張りましょう!」

「う~、まあ仕方ないわね。サモン! 宜しくね!」


 うん、皆も俺の意図を察してくれたようだ。

 そして、俺とローズは『大高城』。カオリン、サモン組は、『丸根砦』。タカピさん、クリスさんは、『鳴海城』となった。


「よし、これで軍議はいいだろう。じゃあ・・・」

「シン! いえ、殿! ちょっとお待ちください!」


 ん? カオリン、まだなんかあったっけ?

 しかも、完全にこの世界に入ってやがる。


「敵を全滅させるのはいいけど、ある程度は史実通りでやらない?」

「ふむ、具体的には?」

「そこの掛け軸で思い出したわ! 信長は出陣前に、敦盛をここで舞うのよ!」


 ぶは!


「カオリン、それは俺には無茶振りだぞ。舞った事もないし、敦盛ってのもわからん。」

「なるほど! カオリン、それはいいかもしれませんね! 確かにあの掛け軸は敦盛の歌詞のようです。シン君、舞いは無理でも、適当でいいですから、あの歌詞を読んで下さい。」

「え? あの、タカピさん、すみません。俺、あんな字読めません。」


 草書体なんて、今までの俺の生活には無縁だったから、当然覚えている訳も無く。


「仕方無いわね。あたしが読むから後から復唱してね。やるなら、これは信長役、つまり、パーティーリーダーであるシンじゃなきゃ意味がないわ。」


 え? そうなんだ?

 俺は未だに理解半分と言ったところだが、周りの全員が頷くので、これはやらなければならないようだ。


「後これですわね。そこに落ちていましたわ。」


 クリスさんは俺に扇を渡す。

 ふむ、やった事はないが、何となく分る。

 俺が扇を広げて、横に翳すと、カオリンが読みだした。


「思えばこの世は・・・・」


 俺もカオリンに続く。


「・・・・・、人間五十年化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり

一度生を享け、滅せぬもののあるべきか

これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ。」


 ふ~、これで終わりのようだ。

 なんか、戦闘前に凄い気疲れだ。


「こ、これでいいのか?」

「う~ん、多分大丈夫だと思うけど。それよりシン! ここを出たら、最初は全員で熱田神社よ! この戦勝祈願も外せないわね。」

「あ! そう言えば、なんか出てすぐに神社の標示が出てたっす! あたいらは無視してたっすけど。」

「ふむ、じゃあそこも行こう。やれることはやっておいて損は無いだろう。」


 清州城を出ると、確かに『熱田神社→』って看板があったので、皆でそこに行く。

 全員で、境内で手を合わせる。


「後、サモン、ここの敵って撤退する? あたしはこのクエストで、後の同盟関係になる、松平元康だけは絶対に殺しちゃいけないと思うのだけど?」

「どうやったかな? まあ、わいらは丁度そいつが出る『丸根砦』や。それも試してみよか。」

「なるほど。それは一理ありそうだな。サモンさん、カオリン、できたらその方向で。じゃあ、行くか!」

「「「「「おう!」」」」」


 俺達はマップ表示を見ながら、三方に分かれる。

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