国境線の攻防
第36話:敗戦の報
王都からの知らせは、ゴンド王国が帝国の侵略軍に破れたことを伝えていた。
世界屈指の武力を誇る隣国が、なぜ負けたのかということよりも、アリサには確認するべきことがあった。
机に手をつき、体を乗り出した彼女は報告に来た兵士を問いただしていた。
「お、王は?! 父や兄は無事なの?」
「い、今のところは、何も」
「……そう、ですか。ありがとうございます。伝令の兵を休ませてあげて……」
報告を終えた兵が部屋を後にするのを見送ると、アリサは強張った表情のまま目線を落とし、その場に立ち尽くしていた。
「大丈夫だ、落ち着けよ」
「……なぜ、そう言い切れるの!?」
「出陣から、知らせが届くまでが早すぎる。恐らく、この国の援軍は間に合っていないはずだ」
アリサの見せてくれた地図から、大部隊の進軍速度を考えれば、帝国との国境線まで十日以上は掛かるだろうと予測出来た。
我々が北方に向かって、約一週間。
エルド遠征軍は、ゴンド王国の
だが、アリサはこちらの言葉が届いていないように、目を伏せたままだ。
「……とにかく、早くここから引き上げないと」
「どうするつもりだ?」
「決まっているでしょ!? 西の国境へ向かうわ」
当然のことのように、アリサは真っ直ぐこちらへと目線を向けて来た。他に何があるのかと、問うように。
そんな彼女の視線を受けて、自分は彼女とは別の考えを口にした。
「……いや、王都に戻るべきだ」
その言葉を聞いて、全く納得できないといった表情を浮かべる彼女。
「どうして! 一刻も早く、王の救援に行くべきでしょ!?」
いつもより大きく激しい口調からも、彼女が冷静さを失っていることが伺える。当然だろう。
だから、冷静さを保ちつつ
「この敗戦は、誰も想定していなかったんだろ?」
「そ、それは!? そう、だけど……」
こちらからの問いかけに、やや勢いを削がれた彼女は、ようやくこちらの声に耳を傾けてくれるようだ。
「君と同じでこの国の人は、
「……」
正論を言われ、冷静さを取り戻したのか、アリサはゆっくりと椅子へ腰掛け、大きく息を吐いた。
「……あなたの言う通りよ。ごめんなさい、取り乱したりして」
自分の感情を理性と責任感で押し殺した彼女の手が、固く結ばれているのがちらっと目に入る。
「そうね。それが私の、王族の役目だもの……」
肩筋に飛び乗ってきた聖霊を撫でながら、アリサは決心を固めていた。これが彼女の強さなのだろう。
しかし、真剣な話し合いの場で無邪気にじゃれつく場違いの小動物がどうにも気になってしまった。
「……しかし、そいつ、本当に神様なのか?」
「ククリのこと?」
時折見かける綺麗な緑色の毛並みをした
「その、ククリってのは、君が名付けたのか?」
「いいえ、そういう訳では無いけど……。この子が、そう伝えて来た気がして……」
上手く言えないんだけど。と、苦笑する彼女を
「……こいつ、俺を馬鹿にしてないか?」
「そんなことないと思うけど……」
こちらの頭上でチョコンと座る聖霊を見て、先ほどまでの重苦しい表情から、晴れやかな笑顔を見せるアリサ。感情豊かな彼女だが、やはり笑っている顔が一番美しく見える。
アリサは吹っ切れたような、スッキリした顔で立ち上がると、
「さて! 王都に戻るにしても、先ずは皆に話さないと。急ぎましょう!」
そして、軍議を開くと言って、彼女は部屋を出ていった。
そう。急いだ方が良い。
王都には、もう一人、同じ立場の人間がいる。
彼がこの混乱に
※※※※※※※※※※
部屋に残された自分は、聖霊を抱きかかえて見つめていた。
聖霊は導くだけの存在だと、シャルは言っていた。
「……もしかして、お前が?」
―
一つに
もしかしたら、異世界へと自分を導いたのは、
締め括り。結末へと導く為に。
自分には何らかの才能があると、その力が怖いとアリサは言っていた。自分が物語を終わらせるために導かれたなら、その力は、彼女たちにとって果たして良いものなのだろうか……。
そう考えているうちに、聖霊は身を
それを見届けて、自分もアリサの部屋を後にした。
※※※※※※※※※※
外に出ると、宿営地どころか街全体が隣国の噂でいっぱいだった。まるで、不安が
冒険者ギルドへと足を向けると、歴戦の英雄然としたベテラン達までもが不安を口にしていた。
そんな中で、一角だけ場違いに落ち着いた集団がいた。
「よぉ! こっちだ!」
顔を見るなり手招きするヒルの周りには、北方で活躍してくれた冒険者達が集っている。そんな一同に向かって自分は頭を下げた。
「皆さん、今回は本当にありがとうございました」
「やめろよ、大将!」
「そうよ。今回の件じゃ、あなただって大活躍じゃない」
ヒルが彼らを連れて来てくれなかったら、北方での足止めどころか、命すら
「しかし、
「皆さんは、これからどうするんですか?」
そう聞くと、一行はヒルの方を向いた。
「実は俺たちの村で起きた件で、帝国が関わっていた節があってな……」
「……帝国が?」
今まさに隣国へと攻め入ってきているその国が、なぜあんな
奪われた者の事を思えば、自然と怒気が漏れ出し、拳を握りしめる力が強くなる。
「そこで、モノは相談なんだが、俺たちを専属で雇ってみるつもりはないか?」
「専属?」
「ああ。これから帝国とコトを構えようって時だ。お前やあの王女様に付いてった方が、こっちとしても都合が良い」
彼らのような
「先ずはアリサに許可を取らないと……」
「何言ってやがる。俺たちは、お前に付くって言ってんだ。お前が決めてくれれば良い」
「……報酬は期待出来ませんよ? 死ぬかもしれませんし」
「フンッ、俺たちが付いてて、お前が簡単にくたばる訳ねぇだろ」
ここまで言われて、断る選択肢などあるのだろうか?
自分は、ヒルの差し出して来た手を、ガッチリと掴んだ。
「こき使うので、逃げ出さないようにお願いします」
「フッン! 言ってくれるじゃねか!」
無骨な手に込められた力と温かさが、とても頼もしく感じた。
※※※※※※※※※※
軍議を終えてすぐに、アリサは側近達を集めた。
デルトとエマ、そしてシャルに自分を合わせた五人で執務室に集まると、アリサが軍議の内容を伝える。
「さっきの軍議の中で、王都への帰還が決定しました。ただし、
「アリサを無防備にして、王都に帰るの?」
シャルの言う通り。
「
「
デルトとエマが、軍議の場で言えなかったことを言い合っている。彼らに聖霊への耐性は無いが、同室にいるくらいなら
二人の会話の中で、気にかかる言葉があった。
「その貴族派って何ですか?」
「貴族中心の支配体制を目論む、この国の
「貴族派の連中は、昔から第二王子の後ろ盾だからな。動くなら、今が絶好の機会のはずだ」
王が不在なうえ、その他のライバルはそれぞれ戦地に
「みんな心配し過ぎよ。ノルド兄様も、そんな浅はかなことはされないはず」
「……だと、いいんだが」
内外双方に不安を抱えて、この国は混乱の入り口に立っている。
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