第10話:出会いと別れ

 固い地面の上で、目を覚ました。


 思いきり殴られた腹部をそっとさすりながら、うつろな意識で空をぼんやり眺める。殴られた痛みなど最早無く、ただ心の中で失われたものが思考を拒絶しているようだった。


「……目が覚めましたか?」


 そっと呼び掛けられた方へ目線を向けると、黒髪の少女が心配そうにこちらを覗き込んでいた。


「取り合えず、村の外に運ばせてもらいました。その……、彼女と一緒に……」


 そう言って、彼女がそっと視線を向けた先には、布が掛けられた少女が眠るように寝かされていた。


「……そうか、、夢じゃなかったのか……」


 漏れ出た独り言に、彼女はそっと目を伏せた。

 二人が沈黙の中にいると、少し離れたところから、今度は男の声がした。


「あぁ、あんちゃん、目が覚めたみたいだな」

「……デルト、少し乱暴過ぎ」

「しょうがねぇだろ。ああでもしなきゃ、こいつ止められなかっただろ?」


 黒髪の少女に非難された騎士は、悪びれる様子もなく答えた。


「村を一通り探索してきた」


 今度は一緒に現れた細身の少女が、黒髪の少女に報告を行うように話しだした。


「シャル。どうだった?」

「生き残りはいない」


 淡々と報告される内容を、悲しそうな表情で受け止める少女。


「助かったのは、そこの子と隻眼の冒険者だけ」


 細身の少女の報告を聞きながら、もう一人の生き残り、隻眼の冒険者を探すように辺りに目線を向けるが、彼の姿は見つけることが出来なかった。


「彼は、あなたを預けて去りました。自分が居ると辛いだろうと……」


 周囲を見回す自分に黒髪の少女が教えてくれた。自分は、本当に一人になってしまったのだった。


「それから、ここを襲った連中だけどよ」


 シャルの報告に続き、今度はデルトが報告し始めると、いきなり小さな箱のような物を目の前に放り投げた。

 それは小さな檻籠おりかごのようで、地面に落ちた瞬間から、ガシャンガシャンと音を立てていた。


「そいつは、村の中にあった荷車に積んであったんだが……、狂狼ワイルドウルフがこんなとこに現れた理由だ」


 目の前に放られた檻を、上半身を起こして見ると、小さい子犬のような生き物が暴れていた。


「村を襲った二頭は、恐らくこいつの親だろう。まったく胸くそ悪いことしやがる」


 デルトは、嫌気が差したように吐き捨てた。


「……どうする? 子供でも、これは一級危険種」


 シャルがデルトに問うと、彼は再度、大きなため息と共に答えた。


「殺すしかない。どのみち、親もいなくなっちまった。生きては行けないだろうが、野放しにするのは危険すぎる……」


 そう言って、デルトが剣を抜いて檻の方へ近づくと、子供の狂狼ワイルドウルフは、威嚇するように激しく暴れまわった。


「悪く思うなよ」

「……待ってくれ」


 おりに剣が突き立てられる直前、彼を呼び止める。


「……そいつ、俺に預けてくれないか?」


 その言葉に、デルトは眉をひそめる。


「……どうする気だ? 村の仇を討ちたいってのは分からんでもないが、こいつはとびきりの危険種だぞ?」

「……ああ、知ってる」


 そう言いながら、檻を持ち上げた。

 檻には鍵のようなものはなく、金属のかんぬきのようなもので扉が閉じられていた。


 その扉をそっと開けると、勢いよく子供の狂狼ワイルドウルフが外に飛び出して来た。


「バカ!!」


 デルトが剣を構え、シャルと数人の騎士が黒髪の少女の前に立つなか、子供の狂狼ワイルドウルフに歩み寄る。


 絶えず毛を逆立ててうなる狼は、子供ながら威圧感があった。そんな狼の目の前まで来ると、自分はかがんで狼と目線を合わせる。


 何も分からずに連れてこられ一人怯えるこの狼が、自分に重なってみえた。


 幸いなことに自分には、手を差し伸べてくれた人たちがいた。再び一人になってしまった自分だが、彼らのしてくれたことに少しでも報いたいと思った。


 しばらく睨みあっていたが、こちらの思いが伝わったように、徐々に狼が歩み寄ってくる。目の前まで来た子供の狂狼ワイルドウルフを抱き上げると、胸のなかで大人しく丸まっていた。

 その温かさが、ポッカリ空いた心の穴を、ほんの少しだけ埋めてくれているようだった。


※※※※※※※※※※


「信じられねぇ。手懐てなずけちまった……」

「……アリサ。これからどうする?」


 デルトが驚く横で、警戒を解いたシャルは黒髪の少女に問う。


「……取り合えず、本隊を待ちましょう」


 黒髪の少女は、託されたものをしっかりと見つめていた。


※※※※※※※※※※


 暫くして、騎士の一団がこちらに近づいて来るのが見えた。その中の一人、りんとした雰囲気の女性が黒髪の少女へと歩み寄る。


「……まったく。隊を置いていくなんて、自覚が足りないんじゃない?」

「エマ……。ごめんなさい」


 小言を言いながら馬から降りた女性騎士は、しゅんとした少女に近づくと、ギュッと彼女を抱き締めた。


「あまり心配させないで」

「……ごめん」


 少女は再び謝罪を口にするが、二人の姿は仲の良い姉妹のように見えた。


「エマ。ここまでで、何か見なかった?」

「関係あるか分からないけれど……、冒険者が一人、殺されていたわ。その近くにこれが」


 そう言って取り出したのは、血糊ちのりがベッタリついたダガーだった。


つかの紋章。恐らく、帝国のものだと思うけど……」

「……ロメルの?」


 それは、国を越えたはるか遠くの大国。少女は釈然しゃくぜんとしない不安に駆られながら、の国の名を口にした。


※※※※※※※※※※


 村の延焼が収まると、ステラやダンたちのお墓を作り埋葬した。


 ステラのお墓の前で手を合わせ、彼女に別れを告げる。周りの人々は、何をしているのか理解できなかった様だが、黙って見守ってくれた。


「……もう、大丈夫?」


 自分が立ち上がるのを見計らって、黒髪の少女がそっと尋ねてくる。


「……あぁ。悪い、付き合わせて」

「いいえ。じゃぁ、そろそろ行きましょう」


 そう言うと、彼女は自分の馬の方へ歩いて行った。


 それにしても、周りを見渡してみると少女に従う騎士は数十人になっている。

 その中の一人が、声をかけてきた。


「お前は俺が乗せてってやるよ。お前のにビビらないのは、俺の相棒くらいだからな」


 そう言って馬から降りてきたのは、自分の腹に強烈な拳をくれた騎士だ。


「デルトリクスだ! デルトでいい!」

「ヒサヤ、です。よろしく」


 そう言って笑顔で勢い良く差し出された彼の手を握ると、グイッと引き寄せられ背中をバンバンと叩かれた。豪快で親しみやすい人物のようだった。

 そんな彼に、黒髪の少女について尋ねてみた。


「デルトさん、彼女は?」

「ん? あぁ、言いたいことは分かるぜ。よなぁ? みんな、そう言うぜ」


 デルトは、何でもないことのように答えてくれる。


彼女あれが、この国の王女様だってんだから」

「……王女」


 とてもお姫様のように見えない少女の姿を、モヤモヤした気持ちで見つめる。


「さて、そろそろ出るぞ。

 頼むからお前の連れが俺を引っ掻かない様にしてくれよ!」


 狼を抱く自分に懇願する彼の姿を少し可笑しく思いながら、自分達は辺境の地を後にするのだった。


― 二章へ

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