第19話 コロシアム
金曜日。
カズキは高鳴る心臓を抑えつつ、コロシアムへの参加意思を表明していた。
今日コロシアムに参加するメンバーは8人。
マスターであるショウとシューラ、グッドスリープ、サダメ以外の3人はあまり知らないメンバーだった。
そのうちの一人、
「あなたがカズキ?」
「え、あ、はい。カズキですけど」
女性は近付いてきた。
アマリよりはやや背丈は低いものの、切れ長の赤い双眸はクールそうな印象を与えてくるし、声色も静かで凛としている。
服装は髪の色のトーンを落としたような落ち着いたパープルグレーを基調としており、胸元には十字のラインが入っていた。
スカートは膝上丈で、後衛にしては軽装で動きやすそうな服装に見える。
まさか、と。
カズキは恐る恐る口を開いた。
「……ネオンさん?」
そう。
アマリが話していたベテランヒーラー、
女性は頷き、自分がネオンであることを肯定すると、アイテムインベントリから取り出した杖を右手に握る。
黒くうねった棒状のパーツの先に、鈍く輝く空色の球体が嵌まっており、
「私のこと、聞いてるのね。ショウからも軽くあなたのことを聞いたわ。あんまり強くないみたいだから、あまり私から離れないで、無駄死にしないで」
「は、はい……」
単調なトーンで淡々と指示されて、その通りではあるのだが『あんまり強くない』と言われるのはやや凹む。
ネオンから離れるなということは、ネオンを守れということだろうか。
そのあたり具体的なことを聞きたかったが、ネオン本人のなんとなく取っ付きづらい態度のせいか上手く口が開かず、尋ねることが出来なかった。
「さて、ギルドでの企画としてのコロシアム参加は今日が初めてだから、あんまり気負わずに。死んじゃっても気に病まずに。ネオンさん、蘇生とか色々よろしくね」
集まったメンバーをコロシアムの準備フィールドの片隅に転送すると、ショウが朗らかな声で皆を取り纏める。
ショウはマスターとしてコロシアムを知悉する必要があると思っていたらしく、シューラなどと共に何度か挑んでいるらしい。
彼は支援のみならず妨害も得意とするので、今日集まったメンバーで殴りこむとしたらサダメとあと二人の前衛らしきメンバーだろう。
蘇生を頼まれたネオンは声では応えず無言で頷くが、ショウはその態度に慣れているらしく特に気にした様子はなかった。
ショウが一度準備フィールドの中央に向かい、ワープストーンの色違いアイテムのようなものを持ってくる。
どうやらこれでコロシアムの戦闘フィールドに転移させるようだ。
「今日は初めてだから、特に作戦や戦略はありません。拙いと思ったら適宜僕が指示を飛ばします。様子見だと思って気楽に行こうね」
にこりと微笑むと、ワープストーンを起動する。
地面に液体を零したように魔法陣が展開すると、涼やかな声でカウントダウンが始まった。
5。
4。
3。
2。
1。
――転送。
コロシアムの戦闘フィールドは、遮蔽物も何もない平坦なところだった。
カズキはフェザーブレードを左手に構え、最近購入した盾、アイアンガードを右手に装着して軽く腰を落とし、周囲を警戒する。
「さて、じゃあ暴れるとしましょうか」
楽しげな声でそう言ったかと思うと、サダメは柄の長いハンマーを握りしめて地を蹴った。
一番近くに陣取っていた他ギルドの、魔術師らしき青年に向かって殴りかかりに行く。
すぐにそのサダメの動きに気付き、戦士のような少女が迎え撃ちに来た。
サダメは
そこに、ショウのバフとシューラのデバフが同時に発動した。
「頂くわよ?」
サダメが不敵に笑んだのを見た者が居たとしたら、狙われた青年と戦士の少女だけだろう。
ショウの演奏により漲った力の全てをかけて、サダメはハンマーを振り回す。
それは少女と青年二人の横っ腹に豪快に突き刺さると、そのまま凪いで吹っ飛ばした。
「サダメさん、相変わらず豪快ですねぇ……さて、わたしも仕事をしなくてはいけません」
楽しげにからからと笑ったグッドスリープが、二人を回復しようと詠唱を始めた
人数が二人削れ、しかも物理的に距離を離されたことで、護衛は手薄になっていた。
グッドスリープは短い詠唱の後、右手を女性へと向ける。
すると、女性の足元から無数の蔦が発生し、たちまちその手足を絡め取った。
そうなるまでの間に、『トロヴァトーレ』でのもう一人の前衛である青年が肉薄している。
エイルというネームの青年は大振りな斧を振り上げると、行動不能となった女性の脳天へと振り下ろす。
蔦ごと切り裂いて、女性のHPは全て削り切られたのかその場に倒れこんだ。
「カズキ、後ろ見てて」
静かな声で、シューラからグループチャットが飛んでくる。
後ろとは、と思ったが、どうやらこちらと同じ戦法を取ろうとしているギルドが居たらしい。
目の前のギルドを殲滅しようとして意識がそちらに向いている間に、背後に別のギルドが迫って来ていたのだ。
よし、とカズキはフェザーブレードを握るとネオンとそのギルドの導線の間に割って立つ。
駆け寄って来たのは重装備の壮年の男性だった。
重装備ゆえか走るのは遅かったが見るからに強そうで、自分で相手になるのかと弱気な考えが脳裏を掠める。
しかし、シューラにここを任されたのだから、自分がなんとかするしかない。
もちろん、PvPでは攻撃を受ける危険性は高い。
まともに攻撃など受けたことなどないのに、あの大剣で袈裟斬りにされたらどうなるのだろうか――という、恐怖に近しい感情すらあった。
だが、後ろにはネオンが付いている。
ネオンは『トロヴァトーレ』の生命線だ。
弱音など吐いていられないと自らを奮い立たせたその時、周囲を淡く白い光が一瞬覆う。
「結界貼っといた。2、3発なら防ぐから気にしないで殺しなさい」
「ありがとう! ……よし」
ネオンは淡々と言うが、ダメージを数回防ぐ結界とはかなり凄いのではないだろうか?
とりあえず、あの男性への恐怖心に打ち克つと、振り下ろされた大剣をフェザーブレードで受け止めた。
すると、ネオンの言った通り、重みも衝撃も全く感じることなく、男性の大剣が弾かれる。
これは……凄い。
それどころか、次の瞬間には男性の周囲に白く光る稲妻が暴れた。
男性は前後不覚に陥ったかのようによろめくと、そのまま後ろにどすんと倒れてしまう。
――アマリが言っていた。
ネオンは、治癒魔法が前提スキルになっている高位の聖魔法の使い手であると。
ネオンが強いのは、
聖魔法と呼ばれる、アンデッドに特に効果を発揮する魔法を高いレベルで習熟しており、自分の身くらいなら自分で守れてしまうのだ。
なので、例えばギルドハンティングの時などは、ネオンに関しては護衛という概念を用いないらしい。
ネオンは自分で自分を守るどころか普通に火力として通用するレベルのプレイヤーなので、エネミーを殲滅することに全神経を注げるというのだ。
「まだ生きてる」
静かな声でそう言ったかと思うと、ネオンはカズキの右側をすり抜けるように前に出てしまう。
待て、と制止の声をかけるより前に、ネオンはその禍々しい杖を振り上げて、思い切り男性の頭部へと叩き付けた。
……やっぱり
その代わり色が失われ、抜け出た魂の表現か、淡い蒼色に光るオーブのようなものが死体の少し上で揺らめく。
ネオンの一撃を受けた男性から急速に色が失われると、その背中のやや上に蒼い光が浮かんだ。
「あなた、あんまり役に立たないわね」
「……面目無い」
振り返ったネオンが真顔のまま非難してきたが、悪意があるのか無いのかいまいち判別に困る。
しかし、確かに役に立っていないのだ。
かと言って、サダメやエイルのように敵の塊に突っ込むには明らかにスキルが足りない。
となるとやはりネオンの護衛に専念すべきなのだが……そう、『トロヴァトーレ』は古参ギルド。
サダメも、エイルも、もう一人の女性の鉾使いも、グッドスリープも、強い。
後衛であるショウ、シューラ、ネオンに殆ど近付かせることなく、向かって来た敵を打ち倒している。
「カズキ」
再び、シューラからグループチャットが飛んできた。
その後に飛ばされた指示。
それは、カズキも前線に向かえというものだった。
どうやら、ネオンの護衛に専念するメンバーは不要と断じたようだ。
となると、エイル達と足並みを合わせつつ周囲のギルドの戦力を削っていくのが最良だろう。
比較的動きを読みやすく感じたサダメの援護に回ることにした。
彼女の場合、話したことがあるので性格をなんとなく知っていて、それで思考回路がなんとなく読めるのかもしれない。
「了解、サダメさんの支援に回るけどいいかな」
「あら、助けてくれるの? ふふ、嬉しいわ。じゃあ一緒に頑張りましょう」
「足引っ張らないように善処はするよ」
余裕のある笑みをくすくすと零すサダメはどこまでも強く、その小柄な身体からは想像つかないほどの膂力で近寄る他プレイヤーをなぎ倒していた。
カズキはその呼吸に合わせ、サダメの背後を取り、死角を守るように意識する。
装備品から初心者と思われたか、明らかにカズキ狙いのプレイヤーが『高速走法』を発動して瞬間的に近付いてきた。
いや、相手もわりと初心者だ。
装備品が嘘を吐いていないのなら、あれはリャンの店で見たことがある胸当てで、防御力は高くないはず。
なら――。
「そっちは任せたわよ!」
サダメが珍しく鋭い声を上げる。
彼女は彼女で、もう一人に狙いを定めてそれを仕留めると決めたらしい。
向かってきた男性はレイピア使いで、線ではなく点での攻撃を放ってくる。
それにすぐさま盾を向けて弾こうと試みるが、初撃はネオンの結界によって自動的に弾かれた。
そういえば忘れていた、と思いカズキ自身一瞬何が起きたか分からなくなりフリーズしてしまったが、それは相手も同じようで、レイピアが不自然な弾かれ方をしたことに動揺している。
好機、と思いフェザーブレードを首筋目掛けて振り下ろした。
しかし、男性は肉を切らせて骨を断つ作戦に出たか、フェザーブレードの一撃を恐れることなくレイピアをカズキの左脇に向ける。
剣を振り上げていてガラ空きだし、盾で守るには間に合わない。
刹那。
左脇に、痺れるような痛みが一瞬走った。
ネオンの結界はもう効力が切れているらしく、ダメージを受けたのだと解る。
だが、振り下ろしたフェザーブレードは確かに男性の首筋に深く傷を負わせた。
互いに一撃ずつ与えても、まだどちらも倒れない。
ならば、殺すのは無理でも可能な範囲で男性のHPを削ろう。
そう前向きに考え、話に聞いていた通り左脇の痛みも一瞬であり蓄積はせず、もう無くなっていたので剣を振るのに支障はない。
ならば、戦うのみだ。
ついでだから試してみようと思い、覚えたのに殆ど使ったことのない『剣・衝撃波』のスキルを発動させる。
「せいッ!」
威嚇を兼ねてフェザーブレードを振り下ろすと、前方に衝撃波が生まれた。
男性はそれに吹き飛ばされ、後ろによろめくと尻餅を付く。
畳みかけようと、姿勢を低くして男性へと駆け寄った。
そこに、ショウの奏でるハープが聞こえてくる。
全身に力が巡り、身体が軽くなるような感覚を覚えた。
このまま――!
もう防御も回避もかなぐり捨てて、全力の一撃を男性へと見舞おうとする。
しかし、向こうの
男性に淡く柔らかな光が帯びたかと思うと、カズキが振り下ろした剣は横に転がって回避された。
全力で振り下ろしたことが仇となったか、左側がガラ空きだ。
男性がそこまで計算していたかは定かでないが、男性が転がったのはカズキの左側。
反撃される――! そう思ってすぐに身を起こしたが、間に合いそうにない。
と、そこに影を凝縮したような黒いものが飛んでくる。
「カズキさん!」
グッドスリープがこちらの支援に回ってくれたらしい。
彼女の放った闇魔法は男性を牽制し、男性はグッドスリープの存在に気付くとそちらへと狙いを切り替えた。
遠距離攻撃が厄介な後衛から潰そうということだろう。
それに、上手くグッドスリープを仕留められればそのままショウ、シューラ、ネオンを続けて狙うことが出来る。
ネオンもカズキの被弾に気付いたようで、回復魔法が遠隔でかけられるが、それを見てか男性の走る勢いは増した。
「させるかッ!」
カズキは、今度は覚えたばかりの『剣・衝撃波(強)』を発動する。
魔力消費が激しく連発が出来ないが、ここで後衛をまとめて倒されるのは非常にまずい。
装備品からして彼はさほど自分と実力も変わらなさそうだし、あのプレイヤーは自分が絶対に倒さなくてはならないという使命感を抱いていた。
ならば、このスキルの発動タイミングは今だ。
後方から襲いくる衝撃波に、男性は対応し切れず足許を掬われる。
それで走る勢いを無くして前に向けてうつ伏せに倒れた男性に追い縋ると、カズキはフェザーブレードをその背中に思い切り突き刺した。
そこにやってきたのは鉾使いの女性プレイヤー、セティーラという長身でスレンダーなキャラクリエイトが特徴の彼女もこのプレイヤーを仕留めるべきと判断したらしい。
振り下ろされた鉾は確実に男性のHPを削りきり、グラフィックがモノクロへと塗り替えられていった。
そうして、ギルドイベントとして参加したコロシアム初日は上々の結果で終わる。
カズキも一度も死ななかったし、メンバーの誰も死んではいない。
そもそも『トロヴァトーレ』は全体的にレベルが高いのでそうそう負けるようなことはないのだが、そこになんとなくでも食らい付けていけた気がするというのはカズキの中で少し自信になりそうだった。
あとは、アマリとネオンと個人的に参加する予定の日曜日だが……杖のデザインも考えなくてはいけない。
その前に、ネオンにその杖を使ってもらう話も付けなくてはいけないだろう。
アジトに戻り、グッドスリープが淹れた紅茶を囲んでお疲れ様会が始まったので、カズキはネオンの隣を陣取った。
「ネオンさん、お疲れ様でした」
「うん」
ネオンはちらと横目でカズキを見ると、すぐに前に向き直ってしまう。
席も右端だし、話すとしたらカズキか、向かいに座ったシューラくらいしかいないはずなのだが、そのどちらとも話す気はなさそうだ。
正直、かなり話しにくい。
しかし、頼まなくては。
「ネオンさんにお願いしたいことがあるんだけど聞いてくれないかな」
「……何?」
そう切り出すと、ようやくその怜悧な瞳は興味なさそうにカズキを見つめた。
よし、と意を決すると、ネオンへと打ち明け始める。
オリジナルデザインの武器を絵画付きで売っていること。
次は杖を作るから、それをネオンに使って欲しいこと。
出来ればコロシアムでそれを見せて宣伝して欲しいこと。
「嫌」
ですよねー。
ネオンの態度から薄々無理かと感じていたが、あっさり一蹴されてしまい食い下がる気にもなれなかった。
「言っとくけど私じゃなくても断るわよ? それ。そもそも武器は攻撃パラメータへの影響が一番大きな装備なのに、それをコロシアムでわざわざ下げる馬鹿がどこにいるのよ」
「返す言葉も……ございません……」
「解ったら素直に
「すいません……」
ネオンの言葉が突き刺さる。
人の強さに頼っている、と言われるとぐうの音も出なかった。
言われてみれば確かに、かなり他力本願な考えだった。
……ドルチェあたりに、見回りの時だけでも持って貰えないか頼んでみるあたりが無難かもしれないな。
しかしそれも、忙しいし強いドルチェの負担になるし、彼女の優しさに甘えてしまうのではないだろうか……。
そう悶々としていたせいだろうか、ネオンは静かな語気で口を開いた。
「その試み自体は否定しないわ。ただ、そうやってマネキンみたいにされるのは道具扱いみたいで気に食わないのよ」
「道具……そうか。そうですよね。確かに、道具扱いしてるのと同じか……」
言われてハッとなった。
確かに、宣伝用の道具と見ていると言われても否定できないかもしれない。
自分がスピカにそうされて困惑したというのに、同じことをネオンにしようとしていた。
そう思うと罪悪感が溢れる泉のように湧いてきて、がっくりと項垂れてしまう。
「とにかく、もう少し自力でなんとかするか、せめてお礼を用意すれば違うんじゃない? なんにせよ私は引き受けないけどね」
「お礼……ですか。なるほど。そうしてみます……」
気を落ち着けようと、紅茶に口を付ける。
その味は普段より幾分か苦いような気がした。
……さて、新しい杖はどうしようか。
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