第3話

「金の心配なんかしてたら、バザーを見てても楽しくないだろ? ほらっ。足りない分は俺が団長辺りからかっぱらってきてやるから、マツリ、お前は自分の素の装備を新しくすることでも考えてろっ」


「デ、デンカあああ。ほんっと、あなたって、頼り甲斐があるのか無いのか、さっぱりわからないわね? じゃあ、どうせ団長からお金を奪ってくるのなら、もうちょっと欲張ってみるっ! デンカ、また明日ねっ!」


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)はそう言うと、デンカとのスカイペ通話を切り、その後、画面上のキャラクターをバザーに向かって走らせていくのであった。デンカ(能登・武流のと・たける)は、明日って言ったんだけどなあ? まあ、焚きつけたのは俺だからしょうがないか……と思いながら、頭を右手でかく。そして、彼は銀行バンクに預けているアイテムでゲーム内マネーに換金できそうなものを物色し始めるのであった。


 マツリは街の中心部にあるバザーへとやってきて、そこに設置されているプレイヤーの売り物にアクセスするための旅商人NPCにアクセスする。そこで自分の欲しいステータスが付与された武器や防具の条件を設定し、『検索開始』をマウスで左クリックする。


「あ、あれ? 土属性が100ついてた魔法の杖マジック・ステッキが売れちゃってる……。やっぱり、武器・防具も合わせて200万シリの大安売りだったものね……。そりゃ即売れちゃって当たり前よね……」


 マツリのお目当てであった武器と防具、それぞれに土属性値が100ついていた武具一式はすでにバザーから消えていたのであった。デンカの手により盛り上がっていたマツリ(加賀・茉里かが・まつり)のテンションが一気に下がる。


「仕方ないわ。デンカが今頃、お金を工面しているだろうけど、お金は要らなくなったって、言っておこうかしら……」


 そう思いながら、マツリ(加賀・茉里かが・まつり)はオープンジェット型・ヘルメット式VR機器のシールドにソフトキーボードを表示させて、デンカに個人メッセージを飛ばそうとしたところ、マツリにはあるひとつの可能性について閃いたのであった。


「そういえば、あたしは土属性ばっかり眼が行っていたのは、そもそもデンカが魔法職では土属性装備が一番人気が高いから、その分、生産職人からの供給力も上がって、さらには供給過多を招いて、値段が安くなりやすいって……。でも、裏を返せば……」


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)はもう一度、旅商人NPCにアクセスし、装備品の条件を変えて、『検索開始』をマウスで左クリックする。


「あった! やっぱり、あたしの直感は正しかったんだわっ! でも、デンカにどうやってお金を工面してもらうおうかしら? 武具一式で250万シリよ? いくらデンカでも、もう50万シリも追加で工面できるのかしら?」


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)は逡巡せざるをえなかった。デンカが団長に借金を申し込んで、その肩代わりにデンカが団長にデンカの身体で払うことになるのでは? 団長の経営する私掠船に乗せられて、デンカはこの先、3カ月以上、出稼ぎに行かされるのでは? と思いながらも、その時はその時ね。あたしもまじめに金策をして、デンカが肩代わりした借金の返済に付き合うわ……と思うのであった。


 マツリは今、見つけたばかりのバザーの品が他のプレイヤーに買われないように動き出す。まずは、この商品をバザーに売りに出しているプレイヤー名の確認をするのであった。そして、今、このゲームにログインしていることを祈りながら、個人メッセージをその売り主宛てに送るのであった。


『あ、あのっ! 夜分遅くにすみません! あたしはマツリ=ラ・トゥールと申します。ぶしつけですが、ヨン=コーゾさん、お願いがあるんですがっ!」


『な、なんや!? わいに直接、個人メッセージを飛ばしてきて、どないしたんや!? わい、ほんの10秒前にノブオンにログインしてきたんやで!? あんたさん、タイミングが良すぎやで!?」


 しまったーーーと、マツリは思ってしまう。それもそうだ。落ちる間際の10秒前に個人メッセージをもらって、そのままログアウトしてしまう気まずさはよくあるが、その逆のログインしたてで10秒かそこらだと、ストーカーか何かかと先方に思われたかも!? とマツリは自分の間の悪さに辟易してしまう。


 しかし、マツリはそれでもめげずに言葉を紡ぎ出す。


『あ、あの……。別に狙っていたわけじゃなくて、偶然なんです、本当に偶然なんです』


『わかっているんやで? わいのストーカーじゃないことくらい。で? マツリさんやったかいな? どうしたんや? わいに愛の告白かいな?』


『違いますっ! 全然、違いますっ! ヨンさんにはこれっぽっちも恋愛感情はありませんっ!』


『そない強く否定せんでもええやんか……。わい、これでも傷つきやすいんやで? まあ、冗談はさておき、こんな深夜0時に、わいにどんなお願いなんや? わい、売り子の商品が売れているか確認しにきただけやさかい、さっさと落ちる予定なんやで?』


 マツリは売り子の商品という単語を聞き、自分の本来の目的をヨン=コーゾに話し始める。


『ヨンさんがバザーに出している商品で、売ってほしいものがあるんです! それで、ちょっと、お金がまだ工面できてなくて……』


『ああ、取り置きしておいてほしいって頼みなんやな? 良いんやで? ついでにマツリさんの個人的メールアドレスも教えてもらえたら、3割引きでお譲りするんやで?』


『はぁっ!?』


 マツリは思わず、素で、ヨンに返答してしまったのである。しまったーーーと、またしてもマツリは頭を抱えてしまう。しかし、一度、飛ばしてしまったメッセージはこのノブレスオブリージュ・オンラインでは、削除できない仕様である。


 それは、セクシャルハラスメント対策のためであり、運営が特に女性プレイヤーを守るための仕様であった。その仕様がマツリの失言を二度と消せないものにしているのは、何という皮肉だろうか……。


『わい、なんか、しょげそうなんやで……。でも、わいはマゾやさかい、その侮蔑を込めた、【はぁっ!?】はむしろご褒美なんやで? わい、興奮してしまいそうなんやでっ!』


 マツリとしては、このヨンさんのメッセージ内容をこのまま運営に通報してやろうかしら? と思うのであるが、ヨンさんがアカウント停止にでもなれば、マツリが買おうとしている装備品は永遠に手に入らなくなる可能性がある。


 マツリは、ここはぐっと自分を抑えて、ヨンとの対話を続けるのであった。


『えっと……。話の続きをさせてもらいますけど、ヨンさんが売りに出してる250万シリの装備品を取り置きしてほしいんです』


『あー、はいはい。あの装備一式な。わいのお古になるけど、その辺りは気にせえへんかいな? 一応、改修はこちらで済ませてもらっているんやけど、装備品の見た目は大丈夫でっか?』


『は、はひっ! ちょっと地味ですけど、あとでこちらで変えさせてもらうので問題ありませんっ』


『そうか、そうか。すまへんなあ? 見た目変更アイテムを使ったままの状態やと、バザーに流せないから、そこは堪忍してな? ついでに、わいの売り子も見ておくかいな? 見た目変更アイテムもぎょうさん用意させてもらっているんやで?」


 ヨンの口ぶりから、ヨンは相当な生産職人だということがうかがい知れるマツリである。だが、マツリはヨンに取り置きしてもらった装備に【ウエディングドレス・金箱】を使用するつもりであったため、少しとまどってしまうのである。その間をヨンが勘違いしたのか


『まあまあ、見た目装備はおまけしておくんやで? なんだって、わいが丹精込めて作った装備を使ってもらうんさかいな? それくらいおまけをつけへんと、わいにバチが当たってしまうんやで?』


『そ、そんな、良いんですか? 見た目変更アイテムだって、無料ただで作れるわけでは無いですし……』


『気にすることなんかあらへんで? もらえるもんはきっちりもらっときいや? なんや、あんたさん、あんまり他人からの親切を素直に受け取れないタイプやろ? あんたさん、彼氏とかいないでっしゃろ?』


 うるさいわねっ! そんなの、今は関係ないでしょうがっ! と憤りを感じるマツリ(加賀・茉里かが・まつり)であったが、ソフトキーボードにチャットを打ち込んでメッセージを送る寸前で止める。


『よっしゃ、お金はいつくらいに用意できそうでっか? 取り置きするとは言うても、わいの倉庫は生産品でいっぱいやからさかい、あんまり長い間は嫌やで?』


『お金の工面が出来次第、まとめてヨンさんに支払いますっ! それほど長い期間はかからないと思います。多分……』


 マツリは祈る気持ちで、今頃、購入資金を集めるために右往左往しているであろうデンカに頭を下げるのであった……。

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