螺旋の章

第1話

――西暦2035年7月第3週 木曜日 午後11時ちょうど――


「デンカ! あたしはこの2ターン、キマイラに石の龍ストン・ドラゴンを2連続で発動するわ!」


「おっし、わかった! んじゃ、俺は最初のターンは水の回帰オータ・リターンで従者・ダイコンを回復したあと、斧槍ハルバート・5連撃でキマイラに追い打ちをかける!」


 ノブレスオブリージュ・オンラインの戦闘はプレイヤー側は2ターン分、先行入力しなければならない。2ターン毎に訪れる入力受付時間はたったの10秒である。その間に敵NPCや敵プレイヤーの次の行動を読み、入力を終えなければならない。


 2人が入力を終えたあとやってきた1ターン目では、まず、デンカの従者・ダイコン(職:見習い鍛冶屋)が自身の防御力を上げる石の鎧ストン・アーマを発動させる。次にウエイトが軽い、マツリの従者・ヤツハシ(職:見習い薬剤師)がアイテム:毒団子・対術をボスNPC:キマイラに対して使う。


「よっし、ヤツハシの毒団子が上手く効いたみたいね。これで抗術力は5割ダウンよ! 続けて、あたしの石の龍ストン・ドラゴンが発動よ!」


 従者・ヤツハシの次に行動開始したのは、マツリであった。彼女の右手に持つ魔法の杖マジック・ステッキの先端に取り付けられている琥珀色の宝石が輝きだし、そこから石で出来たドラゴンが具現化される。


 具現化されたドラゴンは、一直線にキマイラに飛んでいき、その尻尾でキマイラを強く打ちのめす。そして、キマイラの頭上には赤色の数値で【5756】と表示されるのであった。


「うーーーん。5756ダメかあ。抗術力が5割もダウンしているから少なくとも7000ダメは期待していたのに……」


「そりゃ、キマイラは土属性のモンスターだからな。マツリとは相性が悪いってこった」


 マツリとデンカはスカイペ音声通話で会話しながら、戦闘中の連携を取っていた。チャットの早打ちに慣れているモノたちの場合、行動入力後から次の行動入力受付開始までの戦闘ムービーが流れている間に、色々と徒党パーティ内で打ち合わせをおこない、次の2ターン分でそれぞれどんな行動を入力するか、決めてしまうものだ。


 しかしながら、スカイペなどの外部ツールによる音声通話を使えば、キーボードで文字を打つ必要性がなくなることと、コマンド入力時においても、キーボードでチャットをしていることにより、コマンド入力をミスってしまう恐れが無くなると言った利点があった。


 それでもだ。音声通話のような声だけのやりとりでは、プレイヤー側がうっかり失念してしまうことも起きるため、結局のところ、自分のおこなう予定の行動は簡素ながらにも、キーボードで文字を打ち込んで、チャット欄に流しておくと言った工夫もなされていたりする。


 現に、マツリとデンカはスカイペ通話と徒党パーティチャットを併用している。徒党パーティチャットには、マツリは『石の龍ストン・ドラゴン×2、ヤツハシ:毒団子、?』と書き込んでいる。


 対して、デンカは、徒党パーティチャットには、『水の回帰オータ・リターン斧槍ハルバート5連撃、ダイコン:石の鎧ストン・アーマ、扇動』と打ち込んでいた。


「あんまりツッコミたくは無いんだけど、マツリの従者・ヤツハシの2回目の行動が『?』なのは何でだ?」


「そ、それは、この子の設定をした、あたしでも次にどんな行動をしてくれるかわからないからよ。あっ。どうやら、次はキマイラに毒団子・対物を投げてくれるみたいだわ?」


 ノブレスオブリージュ・オンラインの戦闘画面には、左側にプレイヤー側の体力、SP(スキルパワー)のバーが表示されている。


 現在は、画面左側上部には、デンカの体力バー、SP(スキルパワー)バー。そして、その下にマツリの体力バー、SP(スキルパワー)バーが表示されている。さらにその下部にはデンカの従者・ダイコンのそれと、さらに下にマツリの従者・ヤツハシのそれが表示されている。


 そして、画面右側には、敵の体力バーとSP(スキルパワー)バーが並んでいる。マツリとデンカはすでにボスNPC:キマイラが引き連れていたお供の子キマイラ3匹を倒していたため、子キマイラA,B,Cの体力バーの全てが真っ黒に染まり、3匹とも行動不能に陥っていたのである。


 ノブレスオブリージュ・オンラインはシーズン4.0より、より仲間との連携がしやすいようにと、自分のキャラが次にどんな行動をするのか表示されるように仕様が変更されたのであった。


 今、マツリたちの体力バーの右側には、それぞれ、【石の龍ストン・ドラゴン】、【5連撃】、【挑発】、【毒団子:対物】と表示されている。もちろん、敵側が次に行動してくるモノはプレイヤー側からは見れない。


 デンカは偶然にしては上手いこと、マツリの従者:ヤツハシが物理的な防御力を下げる【毒団子:対物】を使用してくれるものだなと思ってしまう。


 マツリとしては何となく、戦闘前に、従者:ヤツハシの設定に組み込んだモノであろうが、今のデンカにとっては、ありがたいことこの上ない。ボスNPCというモノは、最大体力の何割以上かを削ると行動パターンを変えてくる場合が多い。


 もちろん、お供に引き連れているモンスターの倒された数がトリガーとなり、行動パターンを変えてくるボスNPCも存在する。キマイラの場合は前者であり、奴の残り体力は最大値の3分の2まで目減りしていた。


 ノブレスオブリージュ・オンラインでは、戦闘中は体力とSP(スキルパワー)は数値では表示されない。全員、同じ長さのバーで表示されており、与えたダメージや受けたダメージから残りの体力を予測するしかないのである。


 今、デンカの従者・ダイコン(職:見習い鍛冶)の生命は、デンカの水の回帰オータ・リターンにより、4分の3まで減っていた体力が最大値まで回復していた。デンカが発動した水の回帰オータ・リターンは1キャラ限定の回復業であり、約3200ほど減った体力を回復できる。


 続けて、キマイラの攻撃が行われる。奴は『炎の息吹』を発動する。キマイラは大きく息を吸い込み、高熱を帯びた息をマツリたちに勢いよく吹きかける。それによって、マツリたちはそれぞれ約2000ダメージを喰らうことになる。


「ちっ! しまったぜ。あいつが、さっきの2ターン目で行動してこなかったのは、この『炎の息吹』のための貯め時間だったってかっ!」


「もうっ! しっかりしてよ、デンカ! あたしとデンカはともかくとして、ヤツハシの体力がごっそり削られちゃったじゃないのっ!」


 マツリの言う通り、マツリの従者:ヤツハシの体力バーが最大値に比べて3分の2まで減っていた。マツリは自分の従者の最大体力を戦闘前にデンカには告げていなかった。それは、マツリ自身が従者の鍛え方に不備があることを認めていたゆえの気恥ずかしさがそうさせたのだろう。


 デンカは、従者:ヤツハシの残り体力バーの長さから、最大6000前後で、現在4000くらいまで減ってしまったと理解する。


「悪い悪い。俺がうっかりしてたぜ。次のターンからは全体回復を多めで入力する。というわけで、俺の火力は期待しないでくれよ?」


 キマイラの『炎の息吹』の後、2ターン目へと突入する。従者:ダイコンの【挑発】、従者:ヤツハシの【毒団子:対物】、マツリの【石の龍ストン・ドラゴン】と続き、デンカの【5連撃】がキマイラに炸裂し、キマイラの残り体力は4分の1まで減ることになる。


 そして、2ターン目の締めにキマイラが取った行動は、物理攻撃『爪ひっかき』であったが、従者:ダイコンの【挑発】がキマイラに成功していたため、前のターンで防御力を引き上げていたダイコンには、キマイラの攻撃は400ダメしか与えることが出来なかったのである。


「よっし。キマイラの『炎の息吹』を何の対策も無しに喰らっちまったのは、失敗だったが、痛手とまでは行かなかったのは幸いだったな。俺は次の2ターンで全体回復魔法の【水の全回帰オータ・オールリターン】、そして【斧槍ハルバート・5連撃】だなっ!」


「えええーーー!? デンカ、あたしにトドメを取らせる気がまったくないでしょー? うーーーん、こうなれば、あたしは【石の神舞ストン・ダンス】からの隠し業【土くれの紅き竜クリエイト・レッド・ドラゴン】を入力させてもらうわ!」


「おいおい! いくらキマイラのトドメを取りたいからって、そりゃ、オーバーキルすぎるだろ!?」


「良いのよ! どうせ、今日はこのキマイラで終わりなんだしっ! さあて、あたしの隠し業を喰らって、あの世に行っちゃいなさいっ!」


 かくして、キメラは石の神舞ストン・ダンスで、土属性を跳ね上げたマツリの【土くれの紅き竜クリエイト・レッド・ドラゴン】が放つ轟雷により3万以上のダメージを一度に喰らい、地に伏すことになるのであった……。

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