第10話

「団長……。あたしと、マツリ=ラ・トゥールと【結婚】してください!」


 マツリが執務室に集まる皆に読めるように【近傍限定チャット】で、そう告げる。このチャットは、自分のキャラクターより半径10メートルの範囲までしかメッセージが届かない。さらには、執務室のような部屋の中だと、自分の発言がその部屋の外には漏れない仕様なのである。


「えっ!? いきなり【結婚】を申し込んでこられても、先生、非常に困るんですけど!?」


 ハジュン=ド・レイが困惑するのも仕方が無かったことと言えよう。何の意図があって、マツリが自分と、つがいになろうとしているのか成り行きがさっぱり不明だからだ。


「ガハハッ! 殿とのはモテモテでもうすな? 我輩、嫉妬を覚えそうなのでもうすよ?」


「いやいやいや! カッツエくん! 先生はマツリくんとの【結婚】を受け入れる気はありませんからねっ!?」


 ハジュンは間髪入れずにカッツエに否定の言葉を送る。カッツエは所作『やれやれ』をおこない、自分のキャラクターに呆れを示すポーズを取らせる。


殿とのは良いでもうすなあ? 我輩も殿とののようにモテモテになりたいでもうすよ?」


「カッツエさんなら、きっと良い女性が現れますっ! それよりも、団長、あたしと【結婚】してください! もちろん、【結婚】したら、団長の【ウエディングドレス・金箱】を、団長の奥さんとなるあたしに譲ってくれますよねっ?」


 マツリがそこまで発言をすることにより、ハジュンは、ああ、なるほどと納得するのであった。マツリにとって大事なことは自分と【結婚】することではなくて、【結婚】システムを利用することにより、【取引不可】属性アイテムを夫婦同士で【取引可能】属性として扱えることであるところが重要であり、それほどまでに、自分が引き当てた確率0.1%の【ウエディングドレス・金箱】が欲しいことなのだと。


 ハジュン(出雲・叶一いづも・きょういち)は、ごほんっと一度咳払いをし、ソフトキーボードを叩き、マツリの意思を確認するべく、質問を矢継ぎ早に開始する。


「マツリくんは【結婚】システムについては、どれほどの知識を持っています? ノブレスオブリージュ・オンラインにおいて【結婚】は夫婦間で【取引不可】アイテムを【取引可能】となるだけではないのですよ? それに【結婚】に至るまでにはいろいろ面倒くさい手続きが必要です。その辺りはわかっています?」


「あたしが知る限りでは、まず課金アイテムである【結婚指輪エンゲージ・リング】を男女で購入して、【結婚式】を開いて、所属する傭兵団クランメンバーを一定数集めて祝ってもらう必要があるのも知っています!」


「なるほど。では、その課金アイテムである【結婚指輪エンゲージ・リング】が1つ1万メダルかかることは知っています? 日本円にして約1万2千円ですよ? マツリくんは良いかも知れませんが、先生はマツリくんのために1万2千円ものお金を自分の財布から出すつもりありませんよ?」


 ハジュンとしては当然の主張であった。【結婚】システムは【結婚詐欺】を防ぐためにもノブレスオブリージュ・オンラインの運営がいろいろと制約を設けている。そのひとつとして【結婚指輪エンゲージ・リング】を2つ用意しなければならないのだが、課金アイテムの中で1つ1万メダルを超えるアイテムなど、これを含めて、ノブレスオブリージュ・オンラインでは数点しか存在しない。


 さらには、マツリは傭兵団クランのメンバーを一定数と言うが、それも傭兵団クランに所属するメンバーの人数によっても変動する。ハジュンが作った傭兵団クラン4シリの御使いデス・エンジェル】は、総勢100名を超える、フランス陣営では一番とも言って良いほどの大きな傭兵団クランなのだ。


 そこから考えれば、【結婚式】には傭兵団クランメンバーを20名も呼ばなければならない。出席してくれるニンゲンを集めることにどれほどの手間と時間がかかるか、ハジュンは想像したくもない。


「【結婚指輪エンゲージ・リング】を買うお金は、団長の分も含めて、あたしが出します! あと、【結婚式】に集めなきゃならないメンバーは、あたしの徒党パーティメンバーでなんとかしてみますっ!」


「おい、ちょっと待て! マツリの徒党パーティ仲間って、俺が含まれることになってるじゃんかよ! なんで、俺がマツリと団長の【結婚式】のために、ヒトを集めなきゃならんのだ!」


「何よっ! あたしが【ウエディングドレス・金箱】を手に入れて、その装備の見た目で合戦中を駆け巡る姿を見たくないの!? あたしたち、すっごく目立つはずよ!?」


 マツリが真紅の双眸から強い光を醸し出しながらデンカを睨みつける。VR機器を通して感じる、マツリの強い意思にデンカはほとほと困り、助け舟をトッシェに出してもらおうと、首だけ回して、トッシェのほうを見るのだが、そのトッシェと言えば


「俺っち、ちょっと実家に帰省する予定が出来たッス。デンカさん、済まないっすけど、1カ月ほどインしなくなるんで、マツリちゃんの結婚式の準備は任せたッスよ?」


「ちょっと待てや! お前、そもそも実家暮らしだろうがっ! 帰省って、どこに帰省するつもりだよっ!」


「そんなの、母方の実家に決まっているッス。意外と近所なんで、徒歩10分ってところッス。マツリちゃん、俺っちは結婚式にはちゃんと出席するッスから、その点は心配しなくて良いッスよ?」


 なーにが心配しなくて良いだ、この野郎! とスカイペで直接文句を言ってやろうと思っているところ、ピロロ~ンと言う音がデンカ(能登・武流のと・たける)の耳に届く。デンカ(能登・武流のと・たける)はスポーツサングラス式のVR機器を外し、パソコンのディスプレイを見ると、トッシェはスカイペのグループ通話から退席しているのであった。


 あいつ、逃げやがった……。デンカ(能登・武流のと・たける)がまず思ったことはそれであった。トッシェはノブオン上のキャラクターまではログアウトしてないモノの、こちらの主張を一切聞く耳もたない気でいることは確かであった。


 トッシェの逃げ足は速い。過去、マツリがことあるごとに無茶な注文を徒党パーティにしてきたが、トッシェはその度に言い訳をして、逃げてきている。さすがにもうひとりの徒党パーティ仲間であるナリッサ=モンテスキューは逃げはしなかったが、個人チャットでデンカに直接、文句を言ってきている。その度にデンカは徒党パーティ内で不和が起きないように、ナリッサをなだめ、逃げたトッシェを捕まえてきては、マツリの無茶な注文に付き合わせてきたのであった。


 しかし、今回ばかりはナリッサと言えども、断るだろうな……とデンカ(能登・武流のと・たける)は思わざるをえなかった。


 【結婚式】の会場を押さえることはもちろんとして、傭兵団クラン4シリの御使いデス・エンジェル】から何名必要かは、現時点ではわからないが、出来る限り声をかけて、かき集めなければならないのだ。


 自分の結婚式ならいざ知らず、マツリと団長との結婚式なのだ。


 1番の問題なのは、トッシェもナリッサも、少なからずマツリに好意の感情を持っているのだ。それをデンカ(能登・武流のと・たける)が知っているからこそ、あの2人がマツリと団長の結婚式を手伝うわけがないことは百も承知だったのである。


「デンカ? さっきから黙っているけど、何か不都合でもあった? トッシェがスカイペ通話から退出しちゃったんだけど? あたし、何か不味いことをしちゃったかしら?」


 不味いも何も、1年半くらい前にマツリ、自分、トッシェ、ナリッサと徒党パーティを組んだのだが、彼女がこのノブレスオブリージュ・オンラインを始めてから徒党パーティ内の空気が一番不味い状態になっているんだと、言えるものなら言いたいデンカ(能登・武流のと・たける)である。


「さ、さあ? トッシェの母親辺りが、トッシェの部屋にやってきたんじゃね? んで、急遽、スカイペを落とす必要があったんだろ。マツリは別に気にする必要は無いんじゃないか?」


「そう……。それなら良いんだけど。デンカ、申し訳ないけど、あたしと団長の【結婚】が上手くいくように、皆を説得してね? あたしはどうしても、団長から【ウエディングドレス・金箱】を奪い取りたいからっ!」

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