第六章 暗黒の谷の脈動 --- 6

 地平線の天を焦がす《天の光》を馬上で顧みて、カイルは溜め息を吐いた。

 ヒースの口車に乗せられ、夜な夜な聖都の郊外を巡回すること十数日。最初の事件から第四の事件まで、それなりに間隔があるとは承知の上だが、事件どころか何の手がかりも掴めず、胡狼のごとくただ荒野を彷徨うのは、精神的にかなりつらいものだった。それをひと月以上、強いられているセレイラ警備隊を思うと、さすがの青年も頭が下がった。

「……今まで犯罪が起きるのを待ち遠しく思ったことはあるか?」

 皮肉げに尋ねるカイルに、少し離れたところに馬を立たせていたヒースは小さく笑った。

「警備隊というのは因果な商売かもしれんな。罪が無くなれば生活できん」

「じゃあ、安心だな。未来永劫食いっぱぐれることはない」

 すると、副長は呆れたように眉根を寄せた。

「前から訊きたかったんだが、おまえはどうしてそんな擦れた考え方なのだ? もっとこの阿呆みたいな世を楽しんだらどうだ」

「あんたは大いに楽しんでそうだな」

「ああ、無論……と言いたいところだが、最近はそれほどでもないな。食いっぱぐれないというのは間違いだ。私は明日にでも隊を辞めたい気分なのだから」

 辞めたところで、口が巧いヒースならどうとでも生きて行けそうだとカイルは思ったが、口に出しては言わなかった。それよりも、である。

「……そんなに上が五月蠅いのか?」

 過日、カイルは喚く総督を目の当たりにしたが、楽天家のヒースにここまで言わしめるほどとは思わなかった。

「知りたいか? 知りたきゃ屯所まで来い」

 青年の冷たい視線を堂々と受けながら、ヒースは猶も暗い荒野を見張り続ける。

「おまけに今は王都から来た将軍たちもいるからな。……まあ、さすがに今夜ばかりは祝杯をあげているかもしれんが」

「祝杯? 何の」

 すると、ようやくヒースは馬首を返し、聖都の方角へと戻り始めた。

「これがまた、話すと長いのだがな。我々がエルミシュワで茶番を演じていた頃、王都では悲劇があってな。宰相が毒殺されたことは知っているか?」

「ああ……エルミシュワに発つ前に町で聞いた」

 知っているも何も、その大罪人と旅路を共にし、大切な少女を託した青年である。が、そんなこととは露知らぬ副長は、彼に事件のあらましを話して聞かせた。今さらながらの内容が語られる中、カイルは再び、今度は多分に苛立ちを含んだ溜め息を吐いた。

 セフィアーナたちと別れてから早ひと月。ラッカの村からテイランまでの距離を考えると、とうに人狩鳥が姿を見せてもよい頃なのだが――。

(奴一人でセフィを守りきれるかも疑問だが、ツァーレンでうまくテイランの人間に会えたとしても、その後が問題だな。とにかく無事でいてくれればいいが……)

 カイルが祈るように《天の光》を見つめた時だった。

「――で、その逃亡していたイスフェル殿が、いきなりツァーレンの役所に出頭してきたそうでな。だが、今はどういうわけか護送先のアンザ島ではなくテイランの牢獄にいるとかで、今朝方、それを王都へ知らせる早馬が通ったのだ」

「……はぁ!?」

 青年の、世にも珍しい素っ頓狂な声に、ヒースは当然、訝しんだ。

「何だ……? 何か変なことを言ったか?」

「あ、いや、別に……」

 予定とは異なる展開に大いに動揺しつつ、カイルはヒースに気取られないよう思考を巡らせた。

(テイランだと……!? 護送先が変わるなどと、ツァーレンでいったい何が……。何よりセフィが余計な目に遭ってなければいいが……)

 大逆人の幽閉先が、ごく近い、しかも親しい親戚の元になるなど、通常ありえないことである。だが、それが罷り通ったということは、ズシュール側も何らかの形で関わり、その意向が大きく反映されたに違いない。イスフェルが未だにセフィアーナの近くに居ることは忌々しいが、彼女の安全と生活の快適さを重視するなら、結果的には良かったのかも知れない。

 急に黙り込んでしまった青年を横目で見て、ヒースは軽く首を竦めた。

「おかしな奴だな。――ああ、まあ、おまえも知らないわけじゃないのか。《尊陽祭》の時、おまえが途中棄権したケルストレス祭。あれで優勝したのがイスフェル殿だったからな。あの晩、宴で少し話をする機会があったが、聡明な男だった。とても大逆を犯すようには……――と、この私でも思うのだから、報告を聞いた将軍たちの安堵の仕様といったら、想像に難くないだろう? あっちにはあっちの思惑があるだろうが、こっちとしても出頭してくれたおかげで追捕に人員を割かずに済むから有り難い。ただでさえ捜し物が多い――あ……? そう言えば、おまえ、何故ケルストレス祭を途中で放り出したんだ? 巫女殿に嘘までついて」

 突然、話の矛先を向けられて、カイルは内心で忌々しげに吐息した。やはり、イスフェルに関わると彼自身にはろくなことがない。

「そんな前のこと、どうでもいいだろう」

「それはそうだが、おまえとイスフェル殿の対決には一見の価値がありそうだからな。よくも勿体ないことをしてくれたな」

 カイルとイスフェルの因縁を知らないヒースは、好き勝手に不平を鳴らした。それへ憮然と従いながら、カイルはただセフィアーナのことを思った。

(本来なら、《秋宵の日》に再び信徒たちの喝采を浴びるのはおまえだったのに……。神に歌を捧げようと谷を出てきただけなのに、どうしてこんなことになったのか……)

 数日前、《正陽殿》の《光の庭》で、《太陽神の巫女》が最後の務めを果たした。が、大歓声に応えて揺れる金の髪が偽りであることは、青年には遠目にも明らかだった。カイルは、深く深く吐息した。

(セフィ、必ずオレが谷へ戻れるようにしてやるからな。待っていろ……!)



 取り損ね、倒れた茶杯からこぼれ出た液体が卓の端から滴り落ち、豪華な絨毯を染めていく。

「なんたる……なんたることだ……!!」

 その館に住み始めてまだ二か月と経っていないセレイラ総督は、持っていた王宮からの書簡を卓上に叩きつけた。その時、廊下で激しい足音がし、前置きなく開かれた扉から、将軍モデールと近衛兵団副長ハイネルドが飛び込んできた。二人とも、見事なほど顔が青ざめている。

「ディヘル殿!!」

 それへ、総督は無言で頭を振るしかなかった。

 国王崩御。そして、王太子昏倒――。その、凶報としか言いようのない知らせに、一体どう応じればよいというのか。

「陛下……。我々は……私はまだ、何も成し得ておりませんぞ。まだ何も、何ひとつ、御報告申し上げておりませんのに、何故です……!」

 国王が信頼していた上将軍の行方も掴めず、《月影殿》との交渉もままならず、治安も悪化するばかり。風雲急を告げる聖都情勢の中、己を重用してくれた主君に報いることができず、ディヘルはただ拳を握りしめることしかできなかった。

「……我々の失態と窮状を、陛下はきっと御存知だったのだ。ゆえに、御自身の命を《天の光》にくべられた。上将軍閣下に、聖都の場所をいま一度知らしめるように……」

 モデールが、肩を震わせる。

「だとしたら、喪旗の翻っている間が我々に与えられた最後の好機。これで閣下の行方が知れなければ……」

 歯を食いしばり、ハイネルドは他の二人を見据えた。

「我々に、涙し肩を落としている暇はないはず。今こそ我がサイファエール王国の威厳を見せつける時です」

 一番年若の男が揚げた気炎に、ディヘルとモデールはたちまち目をぎらつかせた。モデールとハイネルドの元へは、王都での国葬に臨席するよう王弟からの指示があったが、当の二人に王都へ戻る気など毛頭ない。何の成果も上げていないのに、どうして王宮の門をくぐれようか。

「かくなる上は……」

 そう呟くと、総督は書記官に総督府が執り行う祭礼儀式の書物を持って来させ、ある項目に目を通した。

「……ふん、やはりな」

 眉間のしわはそのままに口元をもたげたディヘルに、モデールとハイネルドは顔を見合わせた。

「ディヘル殿、何か良い策でも?」

「ここを見よ。代々、国王崩御の折は、総督府と《月光殿》とが取り仕切り、《正陽殿》にて葬礼が行われることとなっている」

「まあ……そうでしょうな」

「常識でしょう」

 聖都を擁す王国の父祖が亡くなったのだ。自治権を許されている聖都が国王に敬意を払うのは当然だった。

「その『常識』とやらに我々は今、苦しめられている。あやつらの常識は我らにとって非常識だからな。だが、物は言い様、あやつらの非常識こそ、我らの常識」

「何がおっしゃりたいのです……?」

 目を瞬かせている武人たちに向かって、ディヘルは今度こそにやりと笑った。

「あやつらが我らから支配権を奪おうとしているように、我らがあやつらの支配権を奪ってやるのだ。私の蛇蝎のごとき性格は、下の者には嫌われるが、こういう時には役に立つ。いや、こういう時にこそ役立たせねば、私も生きている甲斐がないというものだ」

 次には聖都の地図を机一面に広げると、ディヘルは中央の《太陽の広場》を指した。

「うむ、ここが良い。いや、ここしかないがな。この《太陽の広場》で、我々はセレイラの民とともに蒼き旗を持って国王陛下をお見送りする。この総督府が葬礼を取り仕切るのだ」

 将軍と近衛兵団副長は、なぜ亡き国王がディヘルをセレイラ総督に任命したのか、ようやく悟った。



「どういうことでしょうか」

 通された応接間の椅子に腰を下ろそうともせず、デドラスの側近たるフォールナーは、濃紺の聖衣から怒りに満ちた気を周囲に振りまいた。

「いきなり来られてそう問われても、こちらは『何が』としか答えようがない」

 ディヘルが背もたれにふんぞり返ると、フォールナーは見事なほど眉間にしわを寄せた。

「王都の大神殿より報せがありました。イージェント王が亡くなられたそうではありませんか。何故そのこの上なく重大な報告がそちらから正式にないのです? お尋ねしている今もってまったく信じがたい」

「おや、するべきでしたかな? まあ、大神殿から報せがあったのなら、それで良いではないか。何か問題でも?」

「でなければ、私がこうして参上する理由などありません」

 ぴしゃりと言うと、フォールナーは苛々と立ち上がり、聖なる山が見える窓辺に寄った。

「先ほど、カルマイヤ大使が《月光殿》に来られ、非常に奇妙なことを仰っていました」

「奇妙? ――ああ、グウィナス殿には知らせたぞ。どんなに間者を放っていようと、あの男はカルマイヤ人だからな」

 しかし、フォールナーはディヘルの軽口には応じなかった。

「ディヘル殿、グウィナス殿は《太陽の広場》で葬礼が行われるとおっしゃっていました。貴方からの書簡にそうあったと」

 ディヘルはわざとらしく目を瞬かせた。

「……カルマイヤの大使も存外、信頼に値せぬ男のようだな。隣国の総督からもらった書簡の内容を、聖職者相手とはいえすぐに漏らしてしまうとは」

「ディヘル殿。セレイラに来られたばかりで、貴方は御存知ないかもしれませんが、国王崩御の折の葬礼は――」

 どこかで聞いたような物言いに、ディヘルは肩を竦めた。

「存じておる」

「……何ですって?」

「我が総督府にも祭礼に関する書物くらいある。我々とそちらの《月光殿》とが取り仕切るのが慣例なのであろう?」

 すると、フォールナーの表情がいっそう険しくなった。

「御存知なら、なぜ勝手な真似を――」

「あくまで慣例ではないか」

 ディヘルは、今度は仰々しく足を組み替えて見せると、ゆったりと茶杯を呷った。そんな彼に、フォールナーはゆっくりと首を振った。

「何という不信心……。亡き国王陛下が神の御許に寄り添えぬ事になっても宜しいのですか……!?」

 聖職者の物騒な物言いは、ディヘルの鎌首をもたげさせるに充分だった。

「やれやれ……。聖なる山に籠もっているせいで、神の御心が見えなくなるというのも皮肉なものだな」

「何を失礼な……」

「では、言わせてもらおう。太陽神テイルハーサは、ルーフェイヤ聖山のみを照らしているとでも? イージェント王が《光の園》へ行けぬと言うなら、この世の誰も行けぬわ。そのような場所、こちらから願い下げだ」

「なんと罰当たりな……!」

「黙らっしゃい!」

 ディヘルの雷鳴のごとき一喝に、フォールナーは思わず後ずさった。それへ追い打ちをかけるように、野太い腕が突き出される。

「そもそも喧嘩を売ってきたのはおぬしらの方だ。このような仕儀、そちらは端から算段済みであろう。だいたい陛下の葬礼は、正式には王都で執り行われる。ゆえに、こちらでは民を中心とした儀式で陛下をお送りする。本来、それこそあの陛下にはふさわしい」

 ディヘルは腹を揺らせて立ち上がると、隣の執務室へ向かいながら言を次いだ。

「管理官に伝えよ。慣例に従えば、喪明けに王都から陛下の形見を収めた《聖棺》が届くそうだな。その後、《正陽殿》に納められると。それまでに、勅令の件について改めて御回答を、と。――さあ、もう帰られよ。我々は、もはや忠心しか差し上げることのできない亡き主君のことで忙しいのだ」

 視線で扉に促すディヘルを、フォールナーは恨めしそうに一瞥すると、足早に去っていった。



《月影殿》の廊下に、濃紺の聖衣を纏った神官たちがひしめいている。聖なる山の麓で神殿を預かる者たちである。会議室の扉が開かれると、彼らは雪崩を打って室内に入ったが、席に着く姿は稀で、至る所に集まっては不安と不満をぶちまけた。知らぬ間に、総督府から亡き国王の葬礼を《太陽の広場》で行うことが公布されていたのだから、無理もない。その準備が着々と進んでいるのを、つい今し方、目の当たりにしてきた彼らだった。

 扉が閉められた後、しばらくして月影殿管理官が姿を現した。すると、神官たちはようやくそれぞれの席に着き、室内は水を打ったように静まり返った。その中で立ち上がったのは、デスターラ神殿の神官長ヴァースレンだった。

「デドラス様、お忙しいところお騒がせして申し訳ございません。なれど、此度のイージェント王の葬礼についてお尋ねしたいことがございまして」

「無論、聞こう」

 そこで、ヴァースレンは何故慣例とは違う葬礼になったのか、その経緯を尋ねた。

「――いかなる理由があるにせよ、神の子の死を悼み尊ぶ――それは我々に科せられた大いなる務めです。貴方様には言わずもがなのことでしょうが……。ですのに、国王の葬礼が《正陽殿》で行われないなどということになると、聖都と王都との関係を危ぶむ者たちも出てきましょう。デドラス様には、なぜ総督府の暴挙を静観しておられるのですか」

 ヴァースレンの言葉に一様に頷く高級神官たちに、デドラスは内心で溜息を付いた。この数年、神官のを図ってきた彼だが、それはルーフェイヤ聖山と聖都の外の神殿が主であり、麓の神殿ではまだ徹底できていないのが実情だった。もっとも、それはもはや時間の問題ではあったが。

「先日、そなたたちには報告したであろう。月光殿管理官のアイゼス殿が、邪教徒の巣喰うエルミシュワ高原へ向かう際、行方知れずとなったことを。そして、その捜索と救出のために、《光道騎士団》を向かわせたことを。その件について、生前、イージェント王は我々に勅令を発された。《光道騎士団》を勝手に動かすなと。だが、私はそれを受けなかった」

 瞬間、会議室がどよめき、空気の色が変わった。

「な、なんということを……。勅令を、受けなかったと……!?」

「それは、サイファエールに戦を仕掛けたも同然のことではありませんか……!」

「そのように重大なこと、何故もっと早く、我々に報告下さらなかったのです……!」

 各所で上がった非難の声を、デドラスは片腕を挙げて制した。

「しかし、我々は今、矢を射かけられてもいなければ、剣を突き付けられてもいない」

「なれど、今後、そうならないという保証はどこにもないではありませぬか、デドラス様」

 真っ向から対峙するヴァースレンを、デドラスは真っ直ぐと見据えた。

「私の選択が間違っていたと言うのか? テイルハーサの子を害なす者どもを見過ごすことが? 不明の月光殿管理官を探すことが? では、もし次にここにいる誰かがいなくなったとして、探さなくてよいと申すのか?」

「そのようなことは……」

「《光道騎士団》の規制を呑むとは、そういうことだ。今までは平和だった。しかし、次の国王がセレイラの自治権を奪う者だったとしたら? 神の御意志が、時の権力者によって曲げられるものであっては決してならぬ。聖職たる我々が、その片棒を担ぐわけには決していかぬのだ」

 しかし、ヴァースレンは、なおも食い下がった。

「ですが……このまま勅令を無視し続けるわけにはいきますまい。いくら自治権を認められていようと……ここは、紛れもなくサイファエール王国の只中なのですから」

「ヴァースレン、そなたは履き違えている。他の者も皆、よく聞くがよい。いにしえにまず我らの聖なる地があり、聖なる王国が栄え、その後、サイファエールが興ったのだ。自治権のこととて、神がクレイオス一世を従わせたのであって、クレイオス一世が神を従わせたのではない」

 そして、厳しい表情から一転、デドラスには珍しく表情を和らげると、一同を見回した。

「安心するがよい。そもそも先方を無視などしてはおらぬ。あちらがこちらの条件を呑み、ひとつの聖都とふたつの王国の均衡を崩さぬよう努力してくれれば良いだけのこと。その当然のことができぬ聞けぬとごねているのは、あちらの方だ。葬礼の慣例を破ったのは、その意趣返しなのであろう」

 すると途端に、神官たちは今度は総督府に対する憤懣を漏らし始めた。そんな彼らに向かって、デドラスは再び腕を掲げた。

「――だがしかし、確かにあのイージェント王の為人を思えば、民を中心とした葬礼も歴史に残る良い方法だと思うゆえ、皆も積極的に参加するがよい。さすれば信徒たちの不安も取り除けるであろう」

 壁に掛けられた大神旗の下、一寸の翳りも焦りも見せぬデドラスの堂々たる態度に、集った神官たちはみな安堵し、そして恐れ入った。神に泥を塗るような総督府のやり口を寛容にも受け入れ、しかしながら、こちらに非がないように見せる方法があったとは。

「いやはや……まったくもってお恥ずかしい。徒党を組んで押しかけるなど、浅慮の極みでございました」

 西の城門近くにあるガイダナ神殿の神官長が立ち上がり、デドラスに向かって深く頭を垂れると、他の神官たちもそれに倣った。

「我々の第一の務めは、神に永遠に我々をお導き頂けるよう尽力すること。それ以上でもそれ以下でもございません。デドラス様のお言葉に従い、葬礼の成功に努めます」

 最後にヴァースレンが一礼するのを見届けると、デドラスは深く頷いた。

「《月光殿》の用向きに不慣れとはいえ、私の手落ちが多く、心苦しく思っている。今後も何かあれば、忌憚なく意見を言いに来て欲しい」

 そう言うと、すっかり負の感情から解放された表情の神官たちを残して、デドラスは廊下に出た。その先で彼を待ち受けていたのは、やはり上級神官たちだった。その数、十二人。しかし、その誰もが神妙な面持ちで控えていた。

「デドラス様。あの者たちを止めることができず、申し訳ありませぬ」

 近付いてきたひとり、システィ聖官殿長のイーヴィスが頭を垂れると、後の者もそれに従う。その間を通り抜けながら、デドラスは呆れたように吐息した。

「《聖官殿》を預かるそなたらがこんな調子では困るぞ」

「面目ございませぬ。予想はしておったのですが、間に合いませんでした」

「……まあよい。今後は麓の者にも顔を見せぬと色々と差し障るであろうから、丁度良かった」

 一行はデドラスの私室まで戻ると、広い椅子に腰を落ち着けた。

「――それで、今後は我々も広場での葬礼の準備に携われば宜しゅうございますか、デドラス様?」

 ユーリア聖官殿のカレオドシアの問いに、茶杯を置いていたデドラスが顔を上げると、横からフォーディン聖官殿のシザーンが慎重な面持ちで口を開いた。

「そのことですが……デドラス様、本当にこのままで宜しいのでしょうか。フォールナーの話では、総督府は期限を切ってきたそうではございませんか」

「構わぬ。今さら期限などと、《聖棺》が到着した後、困るのは先方だ」

「……と、仰いますと?」

 身を乗り出したのは、ミーザ聖官殿長のキルエスである。彼を一瞥すると、デドラスは背もたれに背を預けた。

「届いた《聖棺》は、最終的にどうなる?」

「《正陽殿》の王廟に――」

 そこで一同ははっとして顔を見合わせた。デドラスが涼やかな顔で口の端をもたげる。

「そこの鍵を持っているのは、この私だ」

「そうなると、さすがに今回のように勝手な振る舞いはできませんな……!」

 総督府はこのセレイラ領内に他に土地を持っておらず、葬礼の場所を変えたように代わりの収納場所を造ることなどできない。もっとも、一般信徒でさえ望めば《正陽殿》で葬礼を行うことができるものを、サイファエールの国王が喪が明けてなお、聖なる山に上らないなどと、前代未聞である。さすがに王都も総督の処遇を考えなければならなくなるだろう。

「早めに神官たちの口から納棺の儀のことを噂にしておけば、《正陽殿》で執り行わないなどという愚かな考えも浮かぶまい」

「さすがイーヴィス殿。さすれば、もしもの時に信徒たちの厳しい視線に晒されるのは先方となろう」

 ケルストレス聖官殿のクベスが好戦的に眼を光らせると、隣に座していたシャーレーン聖官殿のプリズナーが呆れたように首を竦めた。

「ここには幼い王子の病床を思いやる者は誰もおらぬらしい。まあ、都合の良いことであるゆえ、致し方ないか?」

 聖官殿長らが苦笑する中、デドラスがすっと立ち上がった。

「サイファエールは何もできぬ。ここがふたつの王国の聖地である限り」

「御意、《聖王》陛下」

 室内で誰よりも年若い神官に、聖官殿長らは躊躇なくひれ伏した。

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