第六話 決断①
(痛ってぇ)
偽善は斬られた右肩を押さえた。
傷は深くない。これなら太刀を振るのに支障はなさそうだ。
だが、戦いの中で初めて斬られた。
これまですべての敵を一刀のもとに斬り伏せてきた、必殺の一閃を避けられた上で。
(困ったな……)
偽善には他に技がない。山賊程度ならともかく、一流の剣客と渡り合う技量を我流で身に付けられるはずもなかった。相手がどうであれ、唯一にして最強の技であるこの一閃に懸けるしかないのだ。
偽善は再び八相に構えた。
石は正眼の構え。
こちらから見て切っ先がちょうど点になる高さを維持している。左右のぶれもない。
師弟だけあって雲月蒼助とよく似た構えだが、目付きが妙だ。こちらを見ているようで、どこか遠くを見ているような、
(なんだか知らねえが……)
やることは同じ。
そして、一足一刀の間合いに入った瞬間、一気に首を斬る。
――はずが、逆に右大腿部を斬られていた。
「ぐっ……」
無意識のうちに呻き声が漏れる。
足捌きに支障が出るほどの深手ではなかったが、技を破られたことによる精神的負担が重かった。
(やはり錯覚じゃなかったか……)
切っ先が届くのと同時に、石は陽炎のように消え失せ、気が付けばこちらが斬られていたのだ。
「ハハハッ!」
豪堂が声を上げて笑った。
「なんじゃ、噂の悪斬り偽善とはこの程度だったのか!」
悔しいが反論できない。
たった一つの技を破られただけで、自分には引き出しがなくなってしまったのだから。
偽善最大の武器は、その人間離れした敏捷性である。
獣が狩りをするが如く、前進する気配を殺した状態から一気に飛びかかり、予備動作なしの斬撃を繰り出す。その速度は到底人間が反応しきれるものではなかった。
だからこそ技量が上回る相手にも勝ち続けてこられたわけだが、石はそれに応じてみせた。
人の動体視力を越えた反応速度。
それを実現する方法に、偽善は心当たりがあった。
(なるほど、これが無念無想の極みってやつか)
それすなわち、何も考えず無心で戦うことである。
人は考えてから動くよりも、考えずに動く方が速い。思考を捨て脊髄反射に身を委ねることで、通常ではありえない反応速度を実現しているのだ。
(ったく、どんだけ稽古すれば、そこまで自分を信用できるんだよ)
当然、身体が勝手に反応してくれなければ突っ立ったまま斬られて終わりだ。己の技に殉ずる覚悟がなければ、そのような戦い方はできない。
そして、その覚悟を支えるのが日々の稽古だ。今、目の前に立つ男は、剣を振る動作が日常動作の一部になるまで稽古を積んできたに違いない。
これに打ち勝つには、こちらも無心になるしかない。
(俺にできるか。できなければ死。……ま、それだけのことか)
今まで数多くの命を奪ってきた身として、とうに死ぬ覚悟はできている。
豪堂を討てなかったのは未練だが、恐怖はない。
(俺が負けた時は、あんたがやってくれるよな)
そう信じて
石は変わらず正眼の構え。
徐々に間合いが縮まっていく。
そして――
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