2 ウェルカムドリンクでもどうぞ!
どうやら私は死んでしまったらしい。
……ここに来るまでのこと、なんにも憶えてないからいいんだけど。
私は彼の話を聞いてなんとなくこの場所のこと、自分の状況についてを理解した。
夢のようなこの場所は、ただただ夢なのかもしれないけど、死後の世界というやつで、妙に体が疲れているのは私が死んでしまったからなんだ。
ここに来るまでのことは思いだせないけど、それ程関心がわかないのはきっとそこまで生きることに執着がなかったからなんだと思う。
頭の中で私自身の置かれた状況を見つめ直し、ふぅと溜息をついた後、私は黒沼さんに問いかける。
「というか冥界にも公共施設とか、そういうのあるんですね?」
「そうなんですよ、あちらもあちらで規則がきびしいもので!」
世間話でもするように白い男性、黒沼さんはニコニコと受け答えを返す。
「安らかな一時っていってましたけど、ここで何をするんですか? やっぱりレストランだからご飯でもでるんですか?」
「全くもってその通り! 松陰様はご聡明でありますね!」
「あはは……」
仰々しい物言いにちょっと抵抗を覚えつつも私も愛想笑いで返す。
「お、ー、な、ー。 は、な、し、が、な、が、い」
私達が話してる横で静かにたっていた少女、骨壺ちゃんが声をかけてくる。
「これはこれは失礼しました! このまま立ち話というわけにもいきませんのでどうぞこちらの席におかけください!」
黒沼さんが手をかざすとその先に丸で暗闇から生えてきたかのように一組の机と椅子が現れる。
喫茶店の外においてあるような足の細い机と丸みのあるクッション性の椅子だ。
私は彼の勧めるがままにその席につく。
まん丸な椅子に座り込むと程よい反発具合で静かに体が沈みこむ。
これはあれだ、人をダメにする椅子だ。
「……すごい、ふかふかですね」
「ゑぇ! お客様のためにより良いものを用意させていただきました!」
語彙力のない私がそれなりに模索した褒め言葉に黒沼さんは満面の笑みで答える。
その様子は丸で投げたボールを加えて戻ってきた子犬の様。
背が高く奇妙な身なりの白い男である彼は、本来ならば警戒心をもって面と向かうべき相手なんだと思う。
でも彼の異様な姿勢の低さがそうさせないというか、接客慣れしてるんだなぁ、って私は感じた。
「お、ま、た、せ、じ、ま、し、た。」
私達が話していると再び足音をたてずにピンク色の少女、骨壺ちゃんが現れる。
手にはお盆をもっており、その上にはおしぼりとグラスがのっている。
「ではでは簡単に当店でのお食事について説明させていただきます」
私は彼らのなすがまま席で待つのであった。
「……はい」
「当店『デットマンズ・キッチン』は冥界に逝く死者に安らかな一時を送って頂く為、ささやかながらお料理を提供する場所です!」
「はい」
「お食事の内容については事前に御予約いただいたメニューを提供させていただきます!」
「……私、予約した覚えがないんですけど」
「構いません! 食べれば思い出しますから!」
「……は、はぁ」
「まずはおしぼりと、ウェルカムドリンクでもどうぞ!」
そういってさしだされたのはグラスに注がれた真っ赤な液体。
「なにこれ?」
「トマトジュースカクテルでございます!」
どうせカクテルにするならもっとフルーツとか甘みのあるものにしてくれればいいのに。
「日光を燦々と浴び丸々と成長したトマトを私どもの手で絞らせていただいた拘りの一品になります! とても健康的でありながら美味であることをお約束いたします!」
なんで死んでるのに健康に気をつかわれなくちゃいけないのか甚だ疑問ではあるけどそこまで言うなら仕方ない、飲んでみるか。
私はお手拭きで丁寧に手をふいた後、そのグラスに口をつける。
「……ならいただきます」
ゴクリ。
なるほど、トマトと聞いて身構えたけど甘みは最早フルーツのそれだ。
少しだけ残った酸味と細かくとろとろになった果肉が口の中に広がって爽やかな飲み心地だ。
大変美味なのだ。
お酒は強い方ではないけど軽い飲み口で私にも呑みやすい。
私は思わず二口目、三口目を口にする。
三口目を飲み込んだ時、スッと頭の中が揺れるような感覚がした。
酔いが回った訳ではない。
突然何かを閃くような、頭が冴えるような心地よい感覚、それに不意にくる偏頭痛を合わせたような、クラクラする感じ。
「……なに、これ?」
毒でも盛られたのだろうか?
とにかくそんなことを考える前に私の視界は暗転した。
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