デットマンズ・キッチン
作家志望Vtuber「僕話ヒノトリ」
ようこそ! 『デットマンズ・キッチン』へ!
薄い月光が私を照らす。
虚ろな意識の中、見覚えのないこの場所にいた。
……疲れてるんだな、私。
人気のない川辺に一人、私は座り込んでいた。
さらさらした芝生に覆われたそこは私のロングスカートに突き刺さることなく、程良い座り心地を演出してくれている。
少ししっとりとした水の匂いが私を包んでいた。
……ここで何をしてたんだっけ?
すこしの間まん丸なお月様を見上げ、ふぅと息をつき立ち上がる。
目の前の川に近寄って私はそっとそこを覗き込む。
そこには毎朝見慣れた私の顔と共に全身が映っていた。
月光に照らされた私の姿はいつものお気に入りの黄緑色のワンピースではない。
黒いレースの掛かった長袖の真っ黒なドレス。
喪服にしては少々派手でウエディングドレスにしてはあまりにも野暮ったい。
ゴスロリというには装飾が簡素で着心地はどちらかと言うと着物のよう。
少なくともわかっていることは私はこんなドレスもってないし、借りた覚えもないということだ。
不思議に思ってほっぺをちょこっと抓る。
痛くない。
……まぁきっと力をいれてないからなんだけど。
でもなんとなくここは夢の中のような、……なんとなくだけどいつもの私がいる場所と違う場所な気がした。
知らない場所に来たからって慌てるような歳でもないし、私は極々落ち着いた状態で再び月を見上げた。
我ながらどうにも落ち着き払っているのはきっと肩にくる疲労感からなんだろう。
気付いた時からどうにもそれは私にねっとりまとわりついていてずっしりとしたお餅をのっけているような、そんな感じだ。
ようするに今はどうとでもなれの精神なのだ。
「御予約の
背後から突然男性の声がする。
意識の外から声をかけられ少しびっくっとしながら振り向く。
そこにたっていたのは私より背の高い色白な男性。
インクでも塗ったみたいに真っ白な肌をしていて、その頭に髪はない。
スキンヘッドの頭がパッと輝く。
という訳でもなく薄い月明かりに馴染みその輪郭をおぼろげにしている。
髪がない割に顔立ちはよくどこか中性的で、韓国人とかイタリア人とか色んな国のハーフって感じ。
細く伸ばした糸目は絶えず笑顔を浮かべ、どことなく不気味ながらも吸い込まれるような笑顔だ。
服装もその白い肌をそのままとってつけたように真っ白なコートで覆い、全身真っ白の不思議な男性だ。
「……はい?」
「御来店をお待ちしておりました! さささ、こちらゑどうぞ!!」
白い手袋の男性にそっと手を引かれる。
手袋ごしのせいなのか彼から一肌を感じることはない。
それ以前になんとなく人間なのかどうか怪しい。
「ちょ、ちょっと……」
若干の抵抗を試みるも大きく振り払うことはない。
なんてったって今の私は夢心地。
時計うさぎを探すアリスの様に黙々とこの怪しい男性に興味を惹かれ、言われるがまま歩んでいった。
これがこの顔立ちのいい男性じゃなくてタコとかイカだったらさすがに逃げ出していたと思うけど……。
兎に角私はその男性に連れられて歩きだしたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
座りこんでいた場所からちょっとだけ歩くと川の傍に異様に目立つ建物がポツリと現れる。
夜闇に栄える黄色い外壁。
異様に目立つ赤い煉瓦仕立ての三角屋根。
川辺にそびえる一軒の建物はこの場の景色に似合わず、なんというべきか……派手な装飾が施され、まるで地元にあるチェーンのファミリーレストランの様だった。
……正直言って趣味がいいとは言えない。
つまりはオシャレって感じじゃない。
子供が組み立てた積み木のような粗雑な色合いが妙にチープに感じられ、この男性に連れられなければ立ち寄ることもなかっただろう。
玄関には板チョコをおっきくしてそのままとっつけました!って感じの大きな板状の扉がある。
分厚い扉のせいか中の様子は全くわからない。
そもそもこの建物には窓も見当たらない、まるでそういう建物みたいに……。
中はみられないが扉の横に立派に育ったサボテンがあって、まるで門番の様に私達をとげとげしく出迎えてくれた。
「でわでわどうぞ! 中へお入りください!」
白色の男性は私の前にたち、ドアノブに手をあてる。
それはそれは丁寧に頭をさげながら。
「ようこそ! 死者の最後の晩餐会場! 『デットマンズ・キッチン』へ!!」
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