先生のスティグマ
トウヤ
□聖痕を持つ男
白く輝く陽光が、天窓から差し込んでいた。僕は木製のベンチに腰を掛け、音にならないぐらいの小さな声で、祈りの言葉を抑揚なく唱え続けている。
天にまします我らが神よ、御名が聖とされますように。御国が来ますように。御心が天に行われる通り、地にも行われますように。
祈りの言葉が終わりまで来ると、僕はロザリオをつまむ指をひとつ先へ進めた。珠をつまむ指の位置で、お祈りが終わった回数を数えるためだ。ロザリオには血の色をした珠がつながっている。祈りの言葉をいくら唱えたところで赦しにつながるわけはないのに、僕は一生懸命に祈り続けていた。
僕の右隣には、男が座っている。僕と同じような背格好をした男だ。男は両手の指を組んで、膝の上に置いていた。僕のように祈りの言葉を口にしたりはせず、ぼんやりと中空を見上げている。
男の右手の甲には大きな傷口があった。肉がえぐられ、骨も削れた、大きな傷口だった。そこからは赤い肉が見えて、傷口の周囲は血でまんべんなく濡れていた。傷口は、傷口としてというよりも、ぽっかり空いた穴としてそこにあった。水で洗ったり、アルコールで消毒したりもしていないようだ。包帯さえ巻いていない。傷口は覆われることなく、水気を帯びて、生々しいままでそこにあった。左手の平も同じ場所に穴が空いている。男は指を組んでいたが、ふたつの傷口がトンネルのように繋がっているせいで、向こう側の景色が見える。
両手に穴が空いているにも関わらず、男は痛みを感じていないようだった。口元には、ゆったりとした微笑みさえ浮かべているくらいだ。男は、僕の祈りの言葉をさえぎって、唐突に口を開いた。
「そのお祈り、いつ終わるの?」
僕は答えた。
「僕の気が済むまでです」
「そう」
男は、僕に聞いたわりに、その話題にあまり興味がなさそうだった。
「がんばってね」
男の問いかけはそれで終わった。男はまた前を向いて、ぼんやりと中空を見つめた。僕もまた、ロザリオを持ち直す。男に話しかけられたせいで、何回お祈りをしたのかわからなくなってしまった。
教会には、僕の祈りの声だけが響いている。
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