第5話

 重陽町は『〈水氣〉』という『属性値が偏った〈生命子〉』が豊かな街として知られている。

 そのため、運河や通信を始めとしたインフラの多くに『〈水氣〉』や『水』が利用されていた。


 杏樹の指示の下、水路へ直接繋がる運搬口に止めてある小舟に、人一人が入れそうな程の木箱を次々と載せてゆく。浮力を増すための何らかの異能的加工が施されているだろうとはいえ、沈んでしまわないか少々心配になる量だ。


 荷を積み終わると「下ろすのもお願い」と、舟に乗せられた。幼馴染の二ノ村英吉も一緒だ。

 特別合同訓練の後という事で、今年度入った新人は午後にはオフになるとの事だった。冬鷹も英吉もそれに該当する。しかし二人して『軍』の制服のままなのは、単純に着替える時間がなかったのもあるが、荷運びには軍服に仕込まれている身体強化系の異能具が役に立つからだ。


「結局僕らって、いつもこの三人なんだな」

 小舟に腰を掛けると英吉がおかしそうに口にした。


「まったくな。高等部に進学したら変わるのかと思ったんだけどな」

「何言ってんの、変わったじゃない」


 杏樹が言いながらエンジンに魔素子を込めると、スクリューが回り、舟は進み始めた。


「冬鷹と英吉は軍に入ったし、私は本格的に異能具技師の修行を始めた。休みの日に会う事はどっと減ったし、会ったとしても大概が学校の制服か、じゃなきゃそれぞれの仕事着」

「そっか……そうだな。そう考えると、確かに僕らは、少しずつ変わってるのかもな」


 流れる街並みに目を向けながら英吉は穏やかな表情を浮かべた。


「杏樹が一人で仕事を任されて、舟で僕たちの仕事場に来る。僕たちは幼馴染だけど、この状況は仕事の付き合いとも言えるわけだもんな」


「まあ、そう考えると、確かにそうだよなあ」

 と、二人の言葉に冬鷹も納得した。


「子供の頃にもこの舟に乗らせてもらってたけど、その頃はいつも杏樹のじいさんが運転してたのに、今じゃ杏樹の運転だもんな」

「懐かしいな。あの頃はこの舟がこんなに小さかったなんてわからなかった」

「英吉は成長し過ぎだ」

「まったくね」


 杏樹が呆れたかのように息を漏らすと、三人して笑みを零した。


「ハハ。背が高いおかげか、ひとからよく覚えてもらえるよ」


 もうすぐ一八〇センチを越えるのではと思える英吉の背が高いのは、間違いようのない事実だ。しかし、ひとから覚えられるのは恐らく高身長のせいだけではない。


 容姿が整っている、という単純な理由もあるが、英吉には品があった。処々に育ちの良さを感じる所作や、落ち着きながら周りをまとめ、引っ張る力。彼の周りには男女関わらず人が集まり、自然とリーダーの位置に収まる事も珍しくはなかった。


「そうだ。冬鷹に見せようと思っていた動画があるんだ」


 英吉はスマホを取り出す。電波状況の問題で異能界では珍しい物だが、英吉の兄は非異能界――〝N〟の高校に通っている関係で、〝N〟に出向く事の多い英吉もスマホを所持していた。


 画面に映っていたのはこの国の『象徴』だった。『皇族』と呼ばれる特別な一家。

 だが、英吉が見せたい――冬鷹が見たいのは彼らではない。


 皇族を守るように適切な距離を開けて付き添う黒服の集団――その中の数名。

 一見、他の護衛と同じ様に見える。しかし、知識がある者が注意して見れば、あるいはその服装に施された細かな術的意匠を理解できる。


 宮内庁内特殊秘密組織・特異現象及び異能力課。

 ――通称『特能とくのう課』。


 日本異能界の最上位組織の一つと言われる彼らを、冬鷹は食い入るように視た。


「じっと見すぎると酔うわよ」


 呆れる杏樹。

 対して、冬鷹はスマホから目を離さずに返した。


「じゃあ、酔わない様に操縦してくれよ」

「素直にスマホから目を離すって選択肢はないわけ?」

「できないのか?」

「それで、挑発してるつもり? だとしたら見え見えすぎ。だいたい、免許取りたての人間に何求めてんの?」


 僅かに空気がピリつき始める。

 すると、英吉がさっとスマホをポケットにしまった。


「あ、ちょ、まだッ――、」

「杏樹の家に着いてからにしよう。今見せるべきじゃなかった。僕が悪かった」


 笑みを添え英吉が謝ると、「別に」「すまん」と杏樹と冬鷹もすぐに収まった。


「そうだ。免許と言えば、杏樹は船の免許の試験受けたのって誕生日前?」

「そう。『船の操縦』が仕事手伝わせてもらえる条件の一つだったからね。誕生日前に合格して、誕生日の朝に免許貰いに行って、昼には練習して、って感じだったかな。これほど誕生日が早くて良かったと思った事はないわね――って、英吉もなんか免許取る気?」

「ああ。兄貴が近々車買うらしくて、使ってたバイクくれるって話でさ」

「でも瑛太さんのバイクって〝N〟のでしょ? だったら異能界で免許取らないで〝N〟で取った方がよくない?〝N〟のバイクなら〝N〟の免許でこっちでも使える訳だし」

「ああ、〝N〟の免許も取ろうと思ってるんだけど、せっかくだから〝こっち〟での改造もしようかな思っててさ。そうしたらこっちの免許もいるだろ?」


 免許かあ、と冬鷹は憂鬱の息を吐き出す。


「なんだ? 興味あるなら冬鷹も一緒に取りに行くか?」

「興味、ってわけじゃないけどさ、姉さんには十九までには二輪と四輪と小型船舶の〝N〟と異能界の免許取れって言われてんだよな」


 うえッ、と英吉はらしくない声を上げる。


「十九までに六種全部? やっぱ佐也加さんってスパルタだな」

「そういえば冬鷹、さっき佐也加さんに怒られてたわよね? 何怒られてたの?」

「ん? んー……特別訓練で自分でも気付かなかった手抜きを指摘されてな――」


 冬鷹が内容を伝えると、二人とも同情の笑みを浮かべた。


「佐也加さんの言う事は正論なんだけど、明らかに強者の理論だな」

「完璧なこと言ってるんだけどねえ。そう簡単にその完璧をこなせる完璧な人間にはなれないのよね。まあ、佐也加さんは目の前で平然と完璧をしてみせるから、こっちは頷くしかないんだけどさ」

「ああ……でもやっぱり、姉さんの言う事は間違ってるわけじゃないし、やっとスタートラインに立ったばかりなんだ。こんな所で怠けた自分が悪いの分かってるし、改めなきゃ、姉さんの言う通り、夢は叶わねえ」


 その言葉は自分に言い聞かせるためのものでもあった。

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