21
その光景は俺にとってすぐには受け入れがたいものだった。自分が一度も敵わなかった男、無敵だとすら思えた相手が息も絶え絶えの様子で地面に片膝をついていたのだから。
ゴホっと咳き込み吐血した兄貴を見て、俺はすぐにそちらに駆け寄る。
「おい、大丈夫か」
兄貴がこんなボロボロになるほど恐ろしい相手だったのか、魔神は。
兄貴はフラフラと立ち上がり、山の奥を目指そうとする。
「おい、そんな体でどこへ行くんだ」
咄嗟に彼の腕を掴む。
「離せ、幸平」
俺の手を振り解こうとするも、そこには全く力が籠っていない。
鋭い視線で俺を射抜きながら、彼は憎しみを吐き出す。
「魔女を倒すまで俺の戦いは終わらん。こんなところで倒れている場合ではない!」
「そんなボロボロで何言ってるんですか。貴方は既に足手まといなんですよ」
そんな厳しい声を挟んで来たのは静佳だ。
流石に俺も驚く。ポセードの兄貴とは初対面の筈の静佳が、こんなにズケズケと踏み込んでくるとは思っていなかった。
静佳は兄貴の正面に立ち、言葉をぶつける。
「さっき魔女は貴方のことを涼風と呼んでいました。ひょっとして、貴方は凛音の生き別れのお兄さんなんですか?」
何! 凛音の両親が亡くなったと同時期に姿を消したという、彼女の最後の肉親。それがポセードの正体だというのか。
「貴方も凛音を助ける為に」
「お前には関係ない」
静佳の言葉を兄貴が遮る。否定しないことは消極的な肯定に聞こえた。
そこに紗雪も割り込んで来る。
「だったら尚更無茶はやめてください。貴方が凛音さんの家族だって言うなら。凛音さんが帰って来た時、彼女に無事な姿を見せてあげてください。そんな体でリンネを追うなんて自殺行為です!」
俺はその場に集まった面子を見渡す。
病院を抜け出してきた星観、さっきまで眠っていた紗雪、今にも死にそうな様子の兄貴。
これから魔女との最終決戦に向かうとは言え、既にみんなボロボロだ。恐らく戦えるのは俺一人。
星観がここまで乗ってきた銀竜を見るも、翼についた鏡は割れており回復にはまだまだ時間がかかる。移動手段には使えそうだが、あの強力な分身能力には頼れないだろう。
そこまで考えて俺は言う。
「みんなは兄貴の手当てを頼む。凛音は俺が連れ戻す」
「先生、そのみんなに私も含まれるなら。笑えない冗談ですよ」
静佳がこちらへ詰め寄る。だが俺が彼女の額を指で軽くつついてやると、すぐに静佳はよろめいた。
悔しそうにこちらを睨む彼女に俺は言葉を返す。
「お前はさっき武蔵との戦いで額を割っただろう。勿論お前も怪我人の一人だ。だがサボってろとは言わない」
言って俺は聖霊を封印したカードを見せる。
「お前らの聖霊と一緒に戦う。遠くからでも霊唱でサポートしてくれ」
「くっ」
静佳は不満げに歯噛みするも、すぐに観念したように足元にいた黒猫に視線を向ける。
「わかりました。この子を連れて行ってください」
黒猫がニャアと鳴き、俺の足にすり寄る。俺は白紙のカードを取り出し、そいつを再度カードへと封印した。
それでもまだ不満そうな顔が一人。
「ふざけるなよ幸平。お前ごときが俺に代わって魔女を討つだと?」
暗く深い憎しみの籠った眼差しが俺を射抜く。
「魔女への復讐を果たす為、凛音を守れという母さんとの約束を果たす為に俺はこの十年を捧げて来た。例えどれほどの犠牲を払おうとも! 俺の覚悟が貴様にわかるか?」
口から血を流しながら物凄い形相で睨んでくる。
魔女に両親を奪われた悲しみから何日も泣き続けた凛音のことを俺は知っている。兄貴だって同じ悲しみを背負いながら、凛音だけは救いたいと願って戦ってきたんだろう。
それはまるで自分一人の力で全てを解決しようとする。ちょっと前の静佳にそっくりだと思った。
「確かにアンタから見たら俺は未熟者かもしれねえ。でも人の想いや願いは誰かが引き継ぐことができる。アンタだけじゃない、静佳も紗雪も星観も、ここにいる全員が凛音を助けたいと願っている。俺はみんなの想いを背負って戦う覚悟がある!」
俺は胸に手を当て、想いを吐き出す。遠い昔、凛音の母さんが兄貴に願いを託したように。今度は兄貴の願いを俺が背負う番だ。
「アンタの代わりが務まるなんて生意気は言えない。けど俺だって十年間、凛音の兄ちゃんをやってきたんだ。凛音を助けたい気持ちで負ける気はねえ!」
みんなが自分の手で助けたいと願ってる。最後の最後で自分が戦えない悔しさはわかるつもりだ。
俺がそう啖呵を切ると、兄貴が今までより一際強く咳き込み、地面に血をまき散らす。
「兄貴!」
息を切らせながら、兄貴は言葉を吐き出す。
「ただの根性論だな。だがお前が凛音を救えるというなら、こいつを使いこなして見せろ。できるものならな」
彼の右手が一枚のカードを差し出す。そこに描かれた聖霊の姿に一瞬驚き、唾を呑んだ。
「死神のカード」
ハロス・スィオピ、兄貴の持つ恐るべき聖霊。兄貴の様にこいつを俺に使いこなせるか? 自信は無い、けどこの期に及んで尻込みなんてしてられない。
「ああ、やってやるぜ」
言って兄貴の手からカードを受け取る。
そこで星観が口を開いた。
「静佳ちゃん、紗雪ちゃん。私達はこの歌で先生を応援しよう」
彼女が二人に差し出したのは楽譜だった。
ひょっとしてあれは星観が作っていた曲?
「私達四人の絆を思い出す為の歌。ここには私達の全てが詰まっている」
自信に満ちた顔で星巳はそう告げる。
「星観さん、初見の歌を私達に歌えって言うんですか?」
「あっ、それなら大丈夫です」
静佳が不満を吐き出すも、紗雪がそれをフォローした。
「私の心言領域でみんなの心を繋げます。星観さんが思い浮かべている曲が伝われば、みんなで歌えるはずです」
紗雪の提案に星観も同意する。
「ありがとう紗雪ちゃん。これでいいよね、静佳ちゃん」
「まあ、それなら」
納得を示したところで静佳の視線がこちらに向く。
「行ってください相馬先生。魔女の行き先は恐らく地下迷宮です」
「わかった」
それだけの言葉を交わすと俺はみんなに背を向け、走り出す。待ってろ凛音!
俺は山道を駆け抜けた。みんなとどれだけ離れていても、カードを通して三人の歌声が俺の中に響いてくる。
地下迷宮の扉は魔神の復活のせいか、無残に破壊されていた。
すぐにその中に駆け込み、地下一階へ到着する。
そこには獣頭人身の異形達が待ち構えていた。
警備ゴーレムか。無幻の鍵を持たない俺は奴らから侵入者と認識される。
奴らは俺の姿を見るとわらわらと群がってくる。ちっ、こんなことなら兄貴から無幻の鍵を預かってくるんだった。
よく見ると、床に何体かの警備ゴーレムの残骸が倒れてる。魔女がここを通ったのは間違いないようだ。
『せんせー、私が力を貸します』
脳内に紗雪の声が響く。それを受けて俺はポケットからシムルグのカードを取り出した。
よし、力を借りるぜ。
カードを翳し紫の魔方陣を描く、そこから真っ白な光が放たれた。
「白き翼よ、我が手に宿りて幻想を貫く弓となれ」
光はやがて純白の羽の装飾がついた弓へと姿を変える。
警備ゴーレムの軍団に狙い定め、俺は弓を引いた。
「
一本の矢が警備ゴーレム達を貫いていく。矢に直接触れてないゴーレムも心言領域に入った筈だ。
ゴーレムに心はないが、強化された今のシムルグなら不可能はないと俺は感じていた。
「制止せよ!」
俺の一括で警備ゴーレム達はピタッと動きを止める。よし、この数のゴーレムを相手にしてる暇はない。俺は奴らの間を縫って、下の階へ続く階段へ突入した。
地下二階、今度は獣頭人身だけでなく、獣型や鳥型のあらゆる警備ゴーレムがうろついている。
『先生、ここは私に任せてください』
星観の声が頭の中に響く。いいだろう、期待してるぜ。
俺は雷獣のカードを取り出し、それを翳した。紫の魔方陣が虚空に描かれる。
「
魔方陣から電撃が放たれ、俺の手元に収束する。それは獅子を模った黄金の銃を形作る。
無限に湧き出るようなエネルギーを感じる。俺は銃をゴーレム達へ向け引き金を引いた。
「
瞬間、銃口から眩い雷撃が多方向へ放たれ迷宮内にいるゴーレム軍団へ直撃する。
一撃でこれほど大量の敵を消し炭にするとは。恐ろしい威力だ。
俺はその階を駆け抜け、下の階への階段へと飛び込む。
そうして地下三階、この階は不思議と警備ゴーレムが手薄だった。
長い廊下を進んでいくとその先に開けた場所に出る。天井の高い石畳の広間。壁に備え付けられたランプが暗い室内を照らし、その奥の玉座にリンネの姿があった。
「人間め、ここまで追ってきたか」
苦しそうに肩で息をしている。凛音の体が半年眠っていたが故に弱っているのか。魔神を倒したことで魔女の魂が衰えているのか。それとも両方か。
いずれにせよ兄貴と静佳がここまで魔女を追い詰めてくれたんだ。
俺は魔女へと近づきながら言葉を投げる。
「凛音を返してもらうぜ。俺の大事な妹だ」
「無駄だよ。奴の魂は妾が食い尽くした」
「なんだと?」
その時、何かの気配を感じた。
部屋の中が暗くて今まで気づかなかったが、数メートル先の壁際に何かがいる。
俺の中の第六感が危機を告げ、咄嗟に後方へ飛びのいた。
瞬間、さっきまで俺の立っていた位置に巨大な黒い拳が叩きつけられ、床に穴を空ける。
くっ、こいつは。
部屋の奥に目を凝らすと、三メートル以上はあるだろう黒い体の巨人がいた。
こいつも警備ゴーレムか?
魔女は息を切らしながらも、愉快そうに吐き出す。
「半年前に仕込んでおいた甲斐があったわ。警備ゴーレムの中の一体を妾の手足として動かせるように改造しておいたのよ」
ちっ、厄介な。俺は巨人を見上げる。リーチの差とかそういうレベルじゃねえよ。こんなのと戦いになるわけないだろ。
『おや、先生。もう弱気になったんですか?』
からかうような静佳の声が俺の耳に届く。うるせえよ。
『確かにあの巨人は先生の二倍以上の背丈があります。立体的に捉えればかなり不利ですが、床を見てください』
床を? その言葉に俺の視線が足元へ向く。
『平面的に考えれば、身長差など大した問題じゃありません』
なるほどね、その手があったか。それに気付くと俺は黒猫の描かれたカードを取り出す。
「静かなること闇のごとし、影より生まれし
紫の魔方陣を描くと、そこから漆黒の闇が生み出され俺の手に収まる。黒き影は形を変え闇色に輝く刀を形作った。
「サイレント・アサルト・ブレード」
俺の手に現れた刀を見て魔女は失笑した。
「ふん、そんな刀で何ができる? 貴様の刃が届くより早く巨人の拳が貴様を叩き潰してくれる」
いや、この刀は静佳の聖霊の力で生み出された。サイレント・アサシンの能力なら俺はよく知ってる。
「うおおおおおおお!」
俺は床を蹴り、巨人へと接近する。
頭上で巨人が動いた気配があった。だがそちらを見る必要はない。
俺が見るべきは床に浮かぶ巨人の影。その影の動きで相手の挙動を見極める。
思った通り巨人は俺を叩き潰さんばかりに右腕を振り下ろしてくるところだった。だが。
俺は闇の刀で床を切りつける。正確には床に描かれた巨人の影、その右腕部分を。
サイレント・アサシンは影を操る聖霊。影縫いで相手の動きを止めることもできたが、今は霊唱でもっと力を引き出せる。
「おらああ!」
そのまま横一閃に影を切り裂く。そして巨人の方を見る。巨人の右腕が体から切り離され、大きな音を立てて床に落ちるところだった。
「何、影を攻撃することで。本体にもダメージを与えるだと」
魔女が驚愕に表情を歪める。
そうだ。三メートル近く上にある巨人の腕を攻撃するなど普通はできない。だが影を司るサイレント・アサルト・ブレードは影への攻撃を本体へのダメージとして伝える。
いける。このままならあの巨人とも互角以上に戦える。
そう思った時だった。
「調子に乗るなよ。人間!」
魔女が玉座から立ち上がり、左手を突き出す。虚空に赤い魔方陣が描かれ、その中心から強烈な光が生み出された。
「何! これは?」
その光が巨人の足元へと移動し、部屋中を照らす。それによって巨人の影がどんどん短くなる。これじゃ影への攻撃ができない。
それにしてもあの魔女め、まだ聖霊を隠し持っていたのか? そう言えばさっき入院部屋の壁を壊す時、何かを召喚していたような。そう思って光の正体へ目を凝らす。
そこには水晶の様に青く透き通った一本角を持つ美しい白馬が立っていた。
「これは、凛音の聖霊?」
呆然とする俺の前で魔女は愉快そうに笑う。
「ククク、この聖霊こそ妾の最後の切り札。セント・ユニコールだ」
違う。セント・ユニコールは凛音の聖霊だ。アイツめ、凛音の体を奪ったことで聖霊まで。
「やれ、セント・ユニコール! シューティングスター・スピア!」
魔女の命令と共に、一角獣は目にも止まらぬ速さで床を蹴りこちらに迫る。
次の瞬間、俺の視界からユニコールの姿が消えた。
凛音のセント・ユニコールは光を司る。光とは人の視覚が物を捉えるのに必要不可欠。光を操る能力は相手に幻を見せることも、自分の姿を隠すことも自在に行える。
床を蹴る蹄の音が迷宮に響く。なのにその姿はどこにも見当たらない。このままじゃ攻撃を防ぐことも避けることもできない。
次の瞬間、より大きな蹄の音が俺の正面の床を鳴らす。
俺の目の前、至近距離にそいつは居た。
避けられない、そう理解すると同時に一角獣の角が俺を襲う。
「死ねえええええ! 人間!」
俺は瞼を閉じ、数瞬後に自分を襲うであろう衝撃に備える。
入院部屋の壁を壊すほどの一角獣の一撃を喰らえば命はないだろう。
暗闇に閉ざされた世界の中で、ユニコールの角が空気を切り俺へと迫った。
心臓を握り潰すような破壊音が部屋に響く。その振動に体が震えた。
だが不思議なことに俺は生きていた。うっすらと目を空ける。すると状況がわかるようになる。
ユニコールの角は俺の頬を掠め、後ろの壁に突き刺さっていた。
攻撃が外れた? こんな至近距離で?
それを幸運と受け取るより不可解に感じた。何故? この距離で外すわけがないのに。
「何をボーっとしているユニコール。さっさとそいつにトドメを刺せ」
魔女が焦った声を上げるもユニコールは動かない。白馬の瞳には薄っすらと涙が浮かんでいるような気がした。
ひょっとして凛音が?
魔女が自分の意志で今の攻撃を外すわけがない。だが偶然で外れるような攻撃とも思えない。なら残る可能性はセント・ユニコールの本来の所持者である凛音の意志が、俺への攻撃を逸らさせたということ。
魔女は凛音の魂を食い尽くしたと言った。だがひょっとして凛音の魂はまだ生きてるのか? セント・ユニコールの中に。
その時、一つの可能性が浮かび、俺はポケットからカードを取り出す。
兄貴から貰った三枚のバンデット・カード。その内一枚はサイレント・アサシンを封印し、もう一枚はシムルグを封じた。だが白紙のカードはまだ残っている。最後の一枚が。
俺はそのカードをユニコールへ向けて翳した。
カードが輝き始め、白馬を吸収しようとする。
それを見て魔女は嘲笑った。
「小賢しい人間共が作り出した聖霊封印のカードか。だがそれは霊的防御力の弱った聖霊を捕らえるものだ。無傷のセント・ユニコールを封印などできまい!」
「いいや、俺は信じてる! 凛音の魂はまだ生きてるって! 戻ってこい凛音!」
壁に角を突き刺したままのユニコールが悲しげに鳴く。
その時、消え入りそうなか細い声が俺の耳に届いた。
『――こー、へー』
「凛音、凛音か!」
確かに、ユニコールから凛音の声が聞こえた。やっぱり凛音の魂はここにあるんだ。
俺はカードに強く願った。
「戻ってきてくれ、凛音」
俺は信じてる。凛音は今も戦い続けていると。だからどんな暗闇の中でも、そこに彼女がいると信じて手を伸ばすんだ。
俺のこの手を掴め、凛音!
その時、ユニコールが穏やかな顔を浮かべ、ゆっくりと瞼を閉じた。そんな気がした。
一角獣の体が淡く輝き始め周囲に黄金の粒子が舞い散る。
ユニコールはやがて粒子の中に溶けていき、そして俺のカードへと吸い込まれた。
「なっ、馬鹿な! 妾のユニコールが!」
あんぐりと口を開け、魔女が驚愕の顔を浮かべる。
お前の聖霊じゃない。
一本角を持つ白馬がカードに描かれる。そのカードを翳しながら俺は言い放つ。
「これは凛音の聖霊だ!」
『――こーへー、聞こえる?』
カードを通して凛音の声が伝わってくる。
「ああ、聞こえてるぜ」
『私ね、今までいろんな人に守られてきたんだと思う。お母さんやお父さんや、そしてこーへーや静佳達。でもそれじゃ駄目なんだ。私を守る為にお父さんとお母さんは死んじゃった。守られるばっかりじゃ、いつまでも無力な子供のままじゃ何も守れない』
凛音、お前がそこまで考えていたなんて。
『私はもう子供じゃない。誰かに守られてばかりじゃない! 私もこーへーを守る為に一緒に戦いたい!』
そうか、そうだな。
「ああ、一緒に戦おう、凛音!」
俺は目の前に立つ巨人を見据える。みんなの力を束ねて、こいつを倒す。
そしてシムルグと雷獣のカードを取り出し、片手に持った。
二枚のカードが輝きだすと共に、黄金の魔方陣が扉の形となって正面に現れる。
その扉がゆっくりと開くと、そこから暴風と雷光が生み出された。
「雷と風の聖霊よ、天空の支配者となりて君臨せよ! 神翼霊獣シムルグ・キマイラ」
扉から放たれた電気と風が混じり合い聖霊の姿を形作る。黄金のタテガミと純白の翼を持つ獅子が俺の前に現れた。
続いてサイレント・アサシンとセント・ユニコールのカードをもう片方の手に持ち正面へ向ける。
「光と闇混ざり合い、矛盾は混沌へと呑みこまれる! 現れろ!
黄金の魔方陣から黒と青の光が飛び出し混ざり合う。その光は青く輝く角を持つ一角獣を形作った。一角獣の白い体には黒の紋様がはしり、神聖さと同時に禍々しさも醸し出す。
「馬鹿な、聖霊同士の合体だと! 貴様は何者だ? 何故そんなことができる!」
二体の合体聖霊を前に魔女は狼狽しそう問いかけてくる。
だが俺はこれが特別なことだとは思わない。
「そんなに不思議か? 人と人が力を合わせるってことは」
俺にはわかる。静佳、紗雪、星観、凛音。今はバラバラになってしまった四人だが、それでももう一度繋がりたいと彼女達は願っている。俺はその想いを束ねただけに過ぎない。
「いけ、シムルグ・キマイラ! カオス・パラドクス・ユニコーン!」
シムルグ・キマイラが咆哮するとその翼から電流が生み出される。電流は黄金色に輝きを強めていく。
その輝きが最高潮まで達した時、それは背中から発射された。
強烈な雷撃が巨人へと迫り、その胸を貫く! 電撃を喰らい黒の巨人がよろめいたところでカオス・パラドクス・ユニコーンの角が青く輝きだす。
ユニコーンが頭を振るとその角から光の槍が放たれ迷宮の天井に突き刺さる。
その槍の光が部屋中を照らし、巨人と魔女の足元に影を生み出す。その影めがけて無数の光の矢が降り注いだ。
光の矢は巨人の影を斬り裂いていく、影を斬られた巨人はその本体にも同様のダメージが発生し四肢を切断されて、最後に残骸となって床に倒れた。
それだけでは終わらない。降り注ぐ光の矢は魔女の影も貫き、彼女の体を壁へ叩きつけて、その四肢を磔にした。
これでいい。大事なのは相手に動きを封じること。凛音の体を傷つけるわけにはいかないからな。
だがこの追い詰められた状況でも魔女は不敵に笑った。
「人間め、やってくれる。妾を殺すか? 殺したいなら殺せばいい、だがそれはお前の大事な妹を殺すことにもなるがな」
涼風家の魔女の呪いの怪談は俺も調べたことがある。魔女は死なない。例え肉体が滅びても、その魂はこの世界を彷徨い新たな体を探すだろう。
けど俺に迷いはなかった。
兄貴から預かった死神のカードを翳す。それを見てリンネの顔が恐怖に歪む。
「やめろ、その聖霊は」
カードの正面に紫の魔方陣が描かれ、そこから大鎌が召喚される。
俺はその鎌を手に取ると磔の魔女へと向けた。
「タナトス・ズレパニ、この死神の大鎌は凛音の体に一切の傷を負わせずにお前の邪悪な魂を直接切り裂く」
その威力は俺が何度も味わってきた。
「ひいいいいい、やめろお! 来るなあ!」
魔女が恐怖に怯え、命乞いを始める。
だが俺に止まる気はない。鎌を持ったまま床を蹴ってリンネへと接近する。
「これで、終わりだああああああ!」
磔になったリンネの体を大鎌が袈裟切りにする。
不思議な感触があった。人の肉体を斬るのとは違う、ふわふわした感触。
リンネが目を見開き、苦悶の声を上げる。やがてその瞳はゆっくりと閉じられた。
彼女の体を見る。この鎌を使うのは初めてなので、ひょっとしたら凛音を傷つけてしまうかもしれないという懸念があった。
だが一見して外傷は見当たらない。凛音の纏う黒いドレスにも傷一つない。
彼女の影を拘束していた光の矢が消える。倒れ込む凛音の体を俺はそっと抱き留めた。
「んっ」
彼女の瞼がピクリと震える。そしてゆっくり瞳が開き、俺の顔を見上げた。
果たして、その中身はリンネか凛音か。
「こー、へー」
その懐かしい呼び名を聞いたとき、俺は彼女を強く抱きしめていた。
「凛音! お帰り凛音!」
「苦しい」
凛音の抗議の声に俺は動きを止め、彼女の体を解放する。
「悪い。つい嬉しくてな」
凛音の肩を掴み、二人で見つめあう形になる。
久しぶりに会った俺の妹は、不機嫌そうに言葉をぶつけてきた。
「お腹すいた。あとでこーへーの作ったご飯が食べたい」
ああ、この感じ懐かしい。俺に対して一切の遠慮なく好き放題庭ワガママを言ってくる。いつもの凛音だ。
「それと疲れた。おんぶ」
お姫様の注文を受け、俺は苦笑する。
「わかったよ。何でも聞いてやる」
そして俺は凛音を背負いながら地下迷宮を後にした。
「相馬先生!」「先生!」「せんせー、凛音さんは!」
迷宮を出たところで静佳達三人娘が俺を出迎えてくれた。
彼女達の視線は俺の背におぶさった少女に向けられる。
「あー、うるさいなあ。少しは静かにできないのアンタラ」
気だるげな凛音の声が背中から聞こえる。それを聞いて静佳達の顔に安堵の色が浮かんだ。
凛音は彼女達に優しく告げる。
「なんかずっと長いこと眠ってた気がする。久しぶり、静佳、紗雪、星観。私が寝てる間に喧嘩とかしてなかった?」
「うわあああん、凛音さん」
紗雪が涙を浮かべながら俺の背に飛び掛かる。
いや、感動の再会なんだろうけど凛音をおぶってる身にもなって。脇腹に突進してこないで。
星観も目元を拭いながら凛音へ笑いかける。
「お帰り凛音。やっぱり私じゃこの子達をまとめきれないや」
「全く凛音がいないせいでこっちは大変だったんだから」
静佳も腕を組んでぶっきらぼうに言い放つ。
「なるほどなるほど」
楽しそうに頷いて凛音は宣言する。
「なんかいろいろ問題があったみたいだね。詳しくは後で話を聞くから。とりあえず喧嘩両成敗ってことで全員お仕置きしてあげる」
パキポキと俺の背中で指を鳴らす凛音ちゃん。それを見て静佳達の顔が青褪めていく。
知らなかった。凛音ってこいつらの前じゃ姉御肌なんだな。
そんな俺達の横から低く重い声が割り込んで来る。
「幸平、お前には借りを作ったようだな」
近くの木にもたれかかりながら兄貴がこちらを見つめていた。腕や頭に包帯を巻いているあたり応急処置はされてるみたいだ。
「おう、兄貴こそ怪我は大丈夫なのか? 病院まで送るぜ」
それを聞いて彼は、ふんと鼻を鳴らす。
「貴様に心配されるまでもない。手当てなら船に戻ってからする」
それだけ言って、踵を返そうとする。そんな彼に俺は一枚のカードを投げつけた。
「兄貴、こいつを返すぜ」
死神のカード、ハロス・スィオピ。魔女を殺し凛音を助ける為に兄貴が用意した切り札。
こいつがなければ凛音を取り戻せなかった。
兄貴はカードを受け取ると、満足そうに表情を和らげた。
「こいつを使いこなしたか。お前も少しはやるものだな」
それだけ言って今度こそその場を去ろうとする。
その背中を別の声が呼び止めた。
「待って!」
声は俺の背中から聞こえた、同時に背に乗った重みが消え凛音が飛び降りる。
ふらつきながら兄貴の方へ歩こうとする彼女を俺は支える。
凛音は驚きに瞼を震わせながら、兄貴を真っ直ぐに見つめていた。
「貴方はひょっとして、兄さん?」
そうか、凛音にとっては十年ぶりの再会になるのか。
だが兄貴はこちらに背を向けたまま冷たく言い放つ。
「俺は盗賊だ。貴様の兄などではない」
お、おい。そりゃねえだろ。
だが俺の不満より早く凛音は文句をぶつける。
「何それ、私のことを置き去りにした癖に! この期に及んで知らんぷりする気?」
いやな、凛音ちゃん。お前は知らないだろうけど、お兄ちゃんはキミを助ける為に頑張ってきたんだよ。
このままでは十年ぶりの兄妹の再会がただの喧嘩になってしまう。
何とか仲裁しなければ、そう思っていると俺達の周囲が大きな影に覆われる。
それは空に浮かんだ真っ黒な海賊船の影だった。
海賊船から縄梯子が下ろされ、ポセードの前に下りてくる。
「待って、まだ話は終わってない」
兄貴を追って凛音が走り出すが、すぐに足をもつれさせ倒れそうになる。
俺はそんな彼女を支える。
「無茶すんな、お前は病み上がりなんだぞ」
俺のそんな言葉に構わず凛音は兄貴の方を睨みつけ、今にも噛みつかんばかりに歯を食い縛っている。
一方の兄貴は、縄梯子に乗って空へと飛び立ち始めた。
「俺は幸平とは違う。貴様ら聖霊術師と慣れあう気などないんでな」
「待ってよ。せめて、一発ぶん殴らせて!」
凛音が空に向けて吠える。しかし兄貴は涼しい顔をするだけだ。
それを見て凛音は顔を歪めながら宣言する。
「よーくわかった。私は聖霊術師で兄さんは盗賊、つまり敵同士ってわけだ。だったらいつかアンタを捕まえてやる! 首を洗って待っていろ!」
凛音の啖呵を聞き兄貴は、ふっと笑った。
それは本当に珍しい、俺でも初めて見るであろう兄貴の笑顔だった。
「面白い、この海賊王ポセードを捕らえられるものなら捕らえて見ろ! 楽しみにしているぞ」
それだけ言い残し、縄梯子は海賊船の中へ引き上げられ兄貴も姿を消す。そして海賊船は空の彼方へ消えていった。
「いつか、絶対に追いついてやる」
凛音のそんな決意は俺達の胸に強く残った。
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