第13話 激突

 結界を張って既に三十分以上が経過している。

 しかし、未だに少女は健在である。


 ――――――クソ、あの役立たずどもめ…………っ!


 予想外の舞の活躍もあるがこの圧倒的な数の有利を生かせない手下にアルカードは苛立つ。

 当初は空木勇人さえいなければ簡単に捕まえられると高を括っていた。

 だが、現実は違う。

 篠原舞と言う歯牙にもかけないただの人間に散々引っ掻き回されている。

 この少女の強みは自らを弱者だときちんと理解している。

 弱者が強者に対する勝利条件はただ一つ。

 生き残ることだ。

 逃げて隠れて時に戦って……。

 その行動は野性的ではなく実に人間的で知恵を活用したものだ。

 加えてそれを実現させる行動力も備わっている。

 相当な訓練を積んできたことが見て取れる。

 それを差し引いてもアルカードの我慢は限界に達していた。


「何だ、お前から動くのか?」


 ヴォルフの嘲笑めいた言葉にアルカードの怒りは増大する。


「えぇ、貴方のような単細胞では今の状況がわからないですからね。私が動くんですよ」

「そいつはご苦労。お前ら策士は大変だな」


 アルカードの皮肉をヴォルフは軽く受け流す。

 元々、ヴォルフの目的は空木勇人と戦うことしか考えていない。

 同床異夢とはまさにこのことだ。

 全く協力しない仲間にアルカードが頭を抱えているとヴォルフはスッと立ち上がる。

 ヴォルフが見ている方向は学園の敷地の外だ。

 髪はわずかに逆立っており横顔から見える歯は鋭く尖っている。

 アルカードはその意味が一瞬わからなかったがすぐにハッとなる。


「気づいたな、アルカード。あぁ、そうさここまで匂ってくるんだよ。煮えたぎる血がな」


 作戦を開始しておよそ四十分。

 思った以上の速さで空木勇人はこちらに来ていた。

 もう悠長なことは言ってられない。

 ここは自分が動いて天津陽奈を捕らえねばならない。


「ヴォルフ。空木勇人の事は任せます。私は天津嬢の確保に動きます」

「おう、そうか。ま、頑張ってくれや」


 どこまでも他人事なヴォルフに舌打ちしつつアルカードは溶けるように姿を消した。



                   ************



 勇人の視線の先に翼ヶ原学園がある。

 しかし、その敷地内を霧が覆い中を見る事はできない。

 途中、パトロール中のパトカーに追い回されたが、そこは権能を使って切り抜けた。

 救難信号はまだこの中から出ている。

 道中で確認した所、この信号は断続的に動いていた。

 それはまだ二人が無事な可能性が十分あるということに他ならない。

 後は中に何があるかだ。

 罠に待ち伏せ、この信号がデマという可能性も完全には捨てきれない。

 しかし、今更そんな事を気にしてもしょうがない。

 現実に翼ヶ原学園は幻想種に襲われている。

 これを正すのは空木勇人の仕事だ。


「腹括るか」


 バイクはもう限界まで熱を帯び、所々から黒煙を上げている。

 もう方向転換して走らせる事は無理だろう。

 ならば、学園に突っ込むまで付き合ってもらおう。

 勇人は時速二百キロ近いスピードのバイクを全く減速させずに校門に向かって走らせる。

 その距離は見る見る縮まっていき後数秒すれば閉ざされた校門に激突する直前、勇人は口を開く。


「神格解放」


 校門の前に縦三メートル程の黒い穴が現れる。

 その先を潜ると学園の校庭に飛び出した。

 視界は霧に覆われ十メートル先も見通せない。

 その背後から影が迫ってくる。

 霧で見えない視界の中、影は勇人との距離を最短で縮めてくる。

 五、四、三、二、一とカウントダウンが進みその手が勇人の首元にかかる直前、彼はバイクを乗り捨てた。

 乗り捨てたバイクは襲ってきた影に向かって蹴り飛ばす。

 グシャリと潰れる音と共にバイクは爆発炎上し、対照的に勇人は無傷で校庭に着地した。

 勇人は黙って炎を見つめていると中から何者かが出てきた。


「流石に不意打ちはさせんか」


 現れた銀髪の男は燃えたTシャツを投げ捨てた。


「空木勇人、いや龍の神威よ。我が名はヴォルフ――――――」


 瞬間、蹴りが飛んできた。

 ただの蹴りではない。

 ヴォルフの頭蓋を砕き脳みそもぐちゃぐちゃにしてもお釣りが出る程の破壊力を持った一撃だ。


「――――――ってうおッ!?」


 上体を反らしたヴォルフの鼻先に致死の一撃が通過する。

 奇襲を外した勇人は表情一つ変えず追撃を仕掛ける。

 突き出された拳は重くヴォルフは両手で受け止めてなお食い込んでくる。

 勇人が構わず振り抜くとヴォルフの体は大きく飛ぶ。

 更に距離を詰め体勢が崩れた所にラッシュをかける。

 荒々しくも的確に急所を狙う連撃を休むことなく続ける。


「テメ……こちらの話……聞きやがれ……」


 勇人は答えない。

 今は一分一秒が惜しい。

 目の前の奴がどんな幻想種かなど気にしない。

 左の拳がヴォルフのボディに深々と刺さる。


「ゴ……ハァ……」


 ヴォルフの体が九の字に曲がった所をすかさず蹴り上げる。

 顔面に入った一撃はヴォルフの上体を無理矢理起こさせる。

 そこにトドメと言わんばかりの渾身の右ストレートが放たれる。

 顔面を消し飛ばす一撃。

 回避は不可能、防御は貫通する。

 そう確信させるパワーとスピードとタイミングだ。

 しかし、それを二本の銀の腕がブロックした。

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