第92話 「ワイルドに吠えるぜ」

 ~前回のあらすじ~


 やっぱりホモじゃないか(呆れ)



「……今、すげぇ不本意な気配を感じたんだが」

 急な不快感に俺は後ろへと視線をやるが、生憎とそこには誰もいない。

 つまりは只の杞憂だったという平和なオチになるのだが──

「うにゃぁぁああッ!? 危なっ!! 落ちる!? 落ちますっ!!」

 ──残念ながら、今日も今日とて世界は騒がしいモノであった。

 突然の大声に耳を抑えながら、俺は頭の上の黒猫へと言葉を返す。

「いたい、いたい……いたたたっ!? いったいっ!?!? おい、こらノワール!! 爪がめっちゃ刺さってるんだがっ!?」

「くぬっ!! はんぐっ!!」

「いってぇ!?!? なにっ!? 今、何されてんの、俺っ!?」

「まったく! 頭の上に私がいるんですから、いきなり百八十度反転するのは止めてくださいよ、ご主人!」

「理不尽な叱責が俺を襲うっ!? そもそもいっつも言ってるけど、人様の頭の上にいる方が悪いんじゃあないですかねぇ!!」

「こまけぇことは良いんですよ、ご主人!」

「細かくねぇわっ! そもそも人間の頭は何かを乗せるようには出来てねぇんだよ! 俺はマジンガーでは無いからな!?」

「諦めたらそこで試合は終了ですよ、ご主人。私は……バスケが……したいです」

「しろよ、勝手に!!」

 バスケットボールと同じサイズくらいの癖に、何を言っているんだこの黒猫は。

「なぁ、ノワール。前から言ってるけどご主人って言葉知ってる? 大丈夫? もしかして俺とお前で使ってる辞書が違うとかある?」

「大丈夫ですよ。ご主人の辞書からは不可能の文字を消しときましたから。今なら頭の上に黒猫も乗せられますし、神にでも悪魔にでもなれますって」

皇帝カイザーじゃねぇか!? っていうか、そもそも人様の辞書を添削するんじゃねぇよ!! 返せよっ!! 俺の広辞苑っ!!」

「……お気の毒ですが、ご主人の広辞苑は消えてしまいました」

「おい、馬鹿。止めろ」

 <スキル>の<ボイスパーカッション>を使って、でろでろでろでろ──、と。不安を掻き立てるBGMを流すノワール。

 相変わらず自由なヤツである。

 こいつは本当に俺のスキルなんだろうか。

「あーっ。くっそ。つむじの辺りがめちゃくちゃ痛いんだが、いったい何したんだよ、お前!」

「それは禁則事項です。知れば未来が変わります」

「!? やだ、なにそれ怖い」

「まぁ、冗談ですが。……そもそもご主人に未来なんてありませんしね」

「あるわっ!? 重大に扱うのは馬鹿馬鹿しくとも、軽々に扱うと危険なヤツがなぁ!!」

「おっと、言葉が過ぎましたね。420シトゥレイしました」

「冗談が続いてるんだがっ!? 謝るんならちゃんと誤って!!」

「失礼。噛みました」

「くぅぅっ!! 絶妙に畳みかけてくるな。それって『失礼』を噛んだ時に使う言葉じゃないからなっ!!」

「分かりました。次からは気を付けましょう」

「まったくっ……んでっ? 結局、俺のつむじに何をしたんだよ、お前は?」

「失礼。噛みました」

「まさかの物理!?」

 そうやって、やんややんやと騒ぐ、俺とノワール。

 いつまでも続きそうなそんなバカ騒ぎを止めたのは、鈴を転がしたかのような澄んだ笑い声であった。

「かかかっ。ノゾムもノワールも相変わらず賑やかよのぅ」

 腕を組んで堂々たる態度で、うんうんと頷く小学校高学年程の少女。

 見た目こそ華奢で可憐ではあるが、漂う気配は武将の如し。

 そう。

 なにを隠そうこのお方こそが、我らが大魔王、ナイアその人である。

「しかしのぅ。仲が良いのは良い事じゃが……目的地には着いている訳じゃし、そろそろ話を進めんかの?」

 そう言うと、ナイアはぐるり、と辺りを見渡した。

 うん。

 開けた場所であるこの場所こそ、確かに俺たちが目的地としていた──『特殊結界内』であった。

「そうだな。さすがにいつまでも遊んではいられないか。……おい、ノワール」

「ええ、分かりました」

 首肯で以てナイアへの返答をこなしつつ、黒猫へ地面へ降りるように促してやる。

 そうすると先ほどまでの舌戦が嘘だったかのように、ノワールはあっさりと地面へと降りたった。

「ふむ。やはり、地面の感触は素晴らしいモノですね。安定感が違います」

「それなら普段から利用してやれよ」

 ……本当に自由なスキルである。

 ──っと。

 いかん、いかん。また話が逸れそうになったな。

 ナイアにも注意されたばっかりだし、さすがに気をつけていこう。

「んじゃ、……気を取り直して。これから『ステータス検証』を始めるぞー」

「おー、です」

「うむ、じゃ」

 とりあえずの仕切りとして発した宣言に、簡潔な同意を返してくれる仲間たち。

 そう。

 俺たちがこの『どれだけの無茶をしても、めちゃくちゃ痛いだけで済むよ』という某ヴァーチャルリアリティシステムもびっくりな結界にきた理由は、<ステータス>とかいう不可解なモノが、現実的に存在しているこの世界において、僅かなりともその性質や法則について検証を進める為である。

 ──っていうと、ちょいと頭が痛くなりそうに聞こえるが、実はそんなに難しい話ではない。

「よっし。……それじゃ、ノワール。俺に<火球ファイアー・ボール>をぶつけてくれぃ。……普通にな?」

 俺は少し小走りをして二人から離れた後で、そう言った。

 我ながらとち狂った頼みだとは思うのだが、そんな狂言に対して、ノワールは頷き一つで返し、至極当たり前のように呪文を唱えた。

「<火球>」

 そんな詠唱に呼応するように、なんとも怪しげな光が、突き出された黒猫の右手へ集まり、瞬時に球体状の炎へと具現化し、俺に向かって飛んできた。

 本能的な恐怖が俺に回避を強要してくるが、じっと堪えてその<火球>を受ける俺。

「ぐぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ──そうして。

 着弾と同時に尋常ではない痛みが俺を襲った。

 物理的に損傷を受けたとかそんなモノではなく、理不尽な力に存在そのものを削られるかのような、そんな痛み。

 実際には僅かな時間であっただろうが、主観的には長い拷問のようなその数瞬の後に、炎は嘘のように掻き消えた。

「ぐ……うぅぅ……」

「ご主人ッ!! 大丈夫ですか!!」

「しっかりするのじゃ、ノゾムッ!!」

 思わず地面に膝をついた俺を心配して、二人が駆け寄ってくる。

 そんな光景を視界に入れながら、俺は呟いた。

「……<ステータス>」

 ──瞬間、俺の眼前へと現れる白い板。

 今、現在の俺の<ステータス>が記載されているソレを確認しながら、俺は二人へと話しかけた。

「……悪りぃ、ノワール、ナイア。思った以上に痛かったから、ちょっと心配かけたな。俺は大丈夫だ」

「うむ。……まぁ、大事にはならんと踏んでおったが、ひやひやしたぞぃ」

「ええ。とりあえずしっかりと意識はあるようでなによりです。……もう確認したんですか?」

 なるべくいつも通りのトーンを出して、笑顔を作ったりしてみたが、二人はまだちょっと心配そうである。

 俺はそんな二人を安心させるように、手元の白い板をくるりと回し、二人へ見せた。

「ああ。ほらよ」

 当たり前ではあるのだが、そこには見慣れた俺の<ステータス>が並んでいた。


 名称

 <ナリカネ ノゾム>


 LV:10

 HP   :210/275

 MP   : 0/ 0 


 攻撃力  :82

 防御力  :72

 魔力   : 0

 魔力防御 : 0

 速さ   :85


  所持スキル

 <ノワール>

  称号

 <来訪者>

 <貯金好き>


「━━ざっと、こんな感じだ。ノワール、お前のも見せてくれるか?」

「ええ、分かりました。〈ステータス〉」


 そうして、ノワールの前にも現れる白い板。

 先ほどの俺に倣うように、ノワールもそれをくるりと回し、こちらへ見せてくれた。



名称

 <ノワール>


 LV:3 

 HP   :60/60  

 MP   :75/90


 攻撃力  :5     

 防御力  :20    

 魔力   :60

 魔力防御 :10

 速さ   :25


 所持スキル

 <パントマイム・初級>

 <ボイスパーカッション・初級>

 <炎魔法・初級>

 称号

 <ユニークスキル>

 <自我を持つ者>


 貯金額

 ¥0.-



「……なるほどな」

「……やっぱり、単純な足し引き算という訳では無さそうですね」

 今回の検証において真っ先に確認したいことは、魔法攻撃における計算式であった。

 <ステータス>の項目を見れば分かると思うが、俺は魔法に対する耐性が皆無であり、俺にとって魔法を食らうということは死活問題なので当然ではあるのだが。

「そうだなぁ。単純な引き算だったら、お前の魔力分だけ俺のHPが減る筈だしな」

「実際はそれよりも少しだけ多めにダメージが出てますね。恐らくは対象との距離や<初級>や<上級>といった術式の階級も影響してくるのでしょうか……」

 言葉を紡ぎながら、軽く頭をかく。

 俺は単純に、魔法ダメージ=魔力-魔力防御、だと考えていたのだが、どうやらそれだけで決まるものでは無いらしい。

 そう考えているところに、ナイアからの修正が入った。

「ノワール。……細かいことじゃが、少し訂正じゃ。その認識は些か誤っておる」

 そんな言葉に俺とノワールは視線をナイアへと移す。

 ナイアは俺たちの注目を確認すると、一つの頷きと共に言葉を続けた。

「階級である<初級>や<上級>というのは、魔法術式の範囲や働きかける事象の多さで別けられておる。確かにそれらは総じて高威力や広範囲になりやすいが……この場合、注目するべきは籠められたMPの量であろう」

 そこで一度、台詞を締めると、ナイアは片手を天へと向けて、気負うこともなく詠唱を始めた。

「<火球ファイアー・ボール>」

 ──瞬間、赤が全てを飲み込んだ。

 そうとしか形容できないほどに、それは圧倒的な存在感でもって空を焦がし、飲み込んでいた。

 ……それは僅かな数秒ではあったが、俺が腰を抜かすには十分な時間であった。

 炎が消え、何事もなかったかのように平穏を取り戻した晴天の下で、ナイアは引き続き言葉を紡ぐ。

「炎よ──怨嗟の始まり。煉獄の象徴。遍く事象を飲み尽くし尚、余りある猛き力よ」

 朗々と紡がれる魔法の詠唱。

 先ほどの魔法よりも凄まじい効果を連想させるソレだが、戸惑いも躊躇いもないナイアの様子に俺は止めるタイミングを見失った。

 まぁ、どっちにしても止めることは出来なかっただろうけど。

 ……尻もち状態だもんなぁ、俺今。

「我が魔力を以て汝の炉をくべん。──我が敵を焼き流せ! <火炎波バーニング・ウェーブ>」

 そうして、満を持してナイアの手から──ほんの僅かに火花が爆ぜた。

 ぱちぱち──、と微かに聞こえた破裂音だけを残し、それは空気へと溶けていく。

 それを見届け、掲げていた腕を下ろしながら、ナイアは話し始めた。

「うむ。見た通りじゃな。今の<火炎波>は中級に分類される魔法じゃが、魔力が少なければこんなものじゃ。対して、初級魔法である<火球>とて、魔力さえあれば範囲や威力を高めることは可能となる。……効率は極端に落ちるがの」

 そこまで話して、ようやくこちらへと視線を戻すナイアさん。

 あ、ちょっと驚いた顔をしてる。

 どうやら今、初めて、俺が尻を抜かしているという現状に気付いたらしい。

 なんとも恥ずかしい限りである。

「うぬ? どうしたのじゃ、ノゾム、ノワール?」

 え? ノワール?

 ナイアの言葉に釣られて、ノワールへと視線を移せば、黒猫はこちらに尻を向けながら俯き、頭を抱えて震えていた。

 マナーモード・ノワールの誕生である。……避難訓練ではないんだがなぁ。

 まぁ、幸いというかなんというか、今回の件ではっきりしたこともある。

 ノワールは間違いなく俺のスキルであった。

 嫌な一体感だなぁ、おぃ。



「……では、仕切り直しましょう」

「おおー」

「ふむ」

 あれから、少しだけ時間をおいて、俺たちは円陣で座り込んでいた。

 まぁ、円陣とは言っても三人しかいないのでスカスカではあるのだけれど。

「ナイア。実践は有難いんですが、次に大きな魔法を撃つときは前もって教えてくださいね? 心臓がいくつあっても足りませんから」

「う、うむ。すまんのぅ。いうても<火球>じゃから大丈夫と思うてしまったのじゃ、次からは気をつけるのじゃ」

 しゅん──と落ち込むナイア。

 どこまでも素直な魔王様だが、案外思い付きで行動することも多いからなぁ。

 一応、、釘を刺すのは大事だろう。

「……まぁ、分かってくれたら良いさ。一応、俺としても気をつけては欲しいけどな」

 そういうと、黙ったままこくりと頷くナイア。

 ……ううむ、いたたまれない。

 責めるつもりは無いのだし、さくっと話を切り替えよう。

「んじゃ、話を戻すけど──ナイア、魔法の威力には使われたMPが重要って認識で良いのか?」

「うむ。その認識で概ねあっているのじゃ。まぁ、その他にもノワールが言っていたように、対象との距離や空気中の魔力濃度とか色々ありはするがのぅ」

 切り替えた話題に応えていく内に自信が戻ったのか、眩しい笑顔と共に胸を張るナイアさん。

 今日も世界は平和である。

「そうか。……そう考えると不確定な要素が多すぎるなぁ。この世界でも研究が進んでない理由も納得だ」

「使用MPにしたって、術者の感覚に依存してますしね。どうしたって誤差は出るでしょうし……」

 そこまで話して、俺とノワールはため息をつく。

 薄々察してきていたが、この世界の魔法法則は単純な計算式で当て嵌められるモノではないらしい。

「そう考えると、ご主人の魔力防御が無いということは有難いですけどね……」

「まぁ、この場合はな? 要素の一つを消せるっていうのは良いことだろうけど……」

 そう言って、俺は首を振る。

 当初は俺自身でノワールの魔法を何度か食らって、その前後の<ステータス>の変動から、大体の法則性を見つける予定だったのだが──

「ノワール、ナイア。悪いけど予定変更だ。魔法が思ったより痛かったから、俺としては別の方法を模索したい」

 ──俺はヘタレた。

 うん。

 だってさぁ、しょうがなくね?

 俺としては、理科の実験くらいの軽い気持ちだったのである。

 あんな拷問みたいなモノだとは誰が思うかね。

 なんかこう形容するなら、不可思議な力が俺という存在自体に鑢をかけてくる感じなのである。

 感じた事ある? そんな痛み?

 ──とは言っても、それは主観的な話。

 客観的に見るなら、ダメージは65しかなく、HPは200以上残っている訳で。

「ご主人ェ……」

 思った以上に早すぎるギブアップに呆れた視線を向けてくるノワールさん。

 だが、そんなん無視である。無視。

 痛いのはこちらなのだから。

 そんな無言の攻防戦を止めたのは、いつもの如くナイアであった。

「うむ。妾としては賛成じゃのぅ。実験と割り切ってはいても、ノゾムが傷つくのは見とぅないからのぅ」

 少し寂しそうにそう笑うナイアさん。

 おい、そこの猫野郎。

 少しは見習え、この優しさを。

「ありがとな、ナイア。……というわけでノワール。何か良い方法はないか?」

「……うーん。そう言われましても。私、<炎魔法・初級>の他は、<ボイスパーカッション>くらいしか使えませんし」

 そう言って、ズンチャカズンチャカ──、と軽妙なリズムを刻むノワールさん。

 ……なんとも頼もしいスキルですこと。泣けてくるわ。

「え? なんとも頼もしいスキルで、ほんとすこ?」

「言ってねぇわ。ちょっと黙ってろ、ノワール」

 あと、ナチュラルに人の心を読むな。

 え? 独り言言ってた? うわ……マジかよ、治ってなかったのかよ……俺の危機感低すぎ……?

 ──まぁ、それはそれとして。

 困ったときは、年長者に聞いてみるべきだろう。

 そう思った俺はナイアを見た。

 彼女はそれだけでこちらの意図を察したらしく話し始めた。

「……ふむ。そうじゃのぅ。まぁ、要はノゾムを経由して魔法の性能を調べられれば良いのじゃから……おおっ! そうじゃ。『強化魔法』でも試してみるかの?」

 やっぱり、大魔王様はすげぇや。

「「強化魔法?」」

 さらり、と出された新提案に俺もノワールも興味津々である。

「うむ。内容としては魔力を用いて、何かを『強化』する魔法全般を指すのじゃが、これがちょいと曲者でのぅ。術者自身の魔力でもって、術者本人を強化するのであれば問題は無いのじゃが、他人からかけられる場合は、対象者の魔力防御に反発されて効果が半減してしまうんじゃ」

 そういうとナイアは不意に立ち上がり、トントン──、とつま先で地面を叩き始めた。

「やはり見た方が理解も早かろうしのぅ。……ちょっと使いたいんじゃが、良いかの?」

 先ほどの反省を活かし、確認してくるナイアさん。

 この学習速度の速さ。やはり大魔王様は核が違ったな。

 俺はノワールと視線を合わせるが、今度使うのは『強化魔法』ということらしいし、広範囲に被害が出るものでもないだろう。

 その思いはノワールも一緒だったようで、こくり、と頷きを返してきた。

 俺たちはナイアへ了承の意を伝えると、彼女は安心したように微笑み、ゆっくりと歩き出した。

「うむ。では、動いてみせるのじゃ。これが妾の普通の移動じゃとして──」

 ──言うが早いか。

 小走りという形で走りだすナイア。結構、早いとは思うが、まぁ常識の範囲内であって、目で追えないということはない。

「──これが、『強化後』じゃな」

 瞬間。

 ……そんな言葉と共にナイアが増えた。

「うぉぉぉおおおお!?」

「残像が!? なんということでしょうっ!?」

 明確な変化に俺たちは大はしゃぎであった。

 やっぱり、漫画の世界のような現象はいつだってドキドキをくれるものである。

 閑話休題。



「凄いぞ! ナイア!!」

「ええ、かっこよかったです!!」

「いやぁ、大したことではないがのぅ!!」

 そうして強化魔法の鑑賞会を終えた俺とノワールは、ナイアをこれでもかと褒めちぎっていた。

 ナイアも満更でもないらしく、嬉しそうに頬を上気させ笑っている。

 純粋に喜ぶ少女の姿は、見る者の心をどこまでも癒す程に尊いものであったが──

「それでっ!? その『強化魔法』は俺にもかけられるんだよな!? なぁ!! 俺もあんな風に動けるっていう認識で良いんだよな!?」

「ナイアッ!? 私にも使えるんですよね!? 半減するとは言っても、全く効果が無いってわけじゃあないんでしょう!?」

 ──生憎と、この場には下賤な奴らしかいなかった。

 尊さなどとはかけ離れている俺たちは、どこまでも卑しく現世利益を求めていく。

 ……いや、だって!

 誰だって、あんな動きを見せられて、自分にも出来る可能性をチラつかされれば、平静ではいられない筈だ。 

 男の子だもの。意地があるのだ。

 憧れの大魔王ヒーローに『君はヒーローに成れる』って言われたら、没個性の俺だってなりふり構ってはいられないさ。

 そうさ。

 俺だってヒーローに成れるんだ。

 そうと決まれば、まずやるべきことは一つだ。

 隣の黒猫への牽制である。

 さっきの台詞からして、こいつも『強化魔法』を狙っていることは確定的に明らかだからな。

 だが、残念だったな。

 次は俺の番なんだ。そもそもそういう話だったしな。

「ノワール。気持ちは分るが少し落ち着け。まずは俺が動いてみて感想を教えるから、それからゆっくりと試してみたら良いさ。その方が効率的だろう?」

「いやいやいあいあ。何を発狂し始めているんですか、ご主人。ご主人は先ほど負傷したばかりじゃあないですか。ここは私は被験体になりますから、どうぞ少しお休みくださいませ」

 ああ、俺は理解した。

 気持ちは同じか、ノワール。

 先を譲るつもりは無いと。

 ノワールを見る。ノワールも俺の気持ちを察したらしかった。

 互いの想いを確認した俺たちは、──互いに歯列をギラつかせた。

 もるぁ。

 そうして、声を揃えて鳴き声をあげる。

 それは産声であり、宣戦布告であった。

 名前を呼ぶぜ、ノワール。断末魔の叫びからでも、哀惜の慟哭からでもなく、静かなる言葉で。

「ノワァル……ッ!!」

「ご主人……ッ!!」

 俺は次の順番を取るために、積極的にノワールを排除する決心を固めた。

 あ? ヒーローに憧れたんなら、思いやりが大事だって?

 一人は皆の為にワン・フォー・オール? ──違うね。

 力なき正義は無力であり、正義なき力は暴力である、っていうだろ?

 だったら俺は暴力で良い。生まれながらの銃剣で良い。神罰という名の銃剣で良いんだ。

 俺は生まれながらの嵐であれば良かった。一つの脅威であれば良かった。

 今の時代、必要なのは思いやりなんかじゃあない。

 個体としての強烈な強さよ。

 他の何かに依存するんじゃあない。他の誰かを理由にするんじゃあない。

 大事なのはどうすればいいかじゃない。俺自身がどうしたいかだ。

 趣味で良いんだ、ヒーローなんて。客観的にはどうせ全て暴力ワンパンに帰結するのだから。

 言いたいことは、まぁ……いくつかあるんだが、一言だけいうと──


 ──本気にさせたな、ってことよ。

 

「ノワール。それは駄目だ。ここは譲らねぇ。この上がりきったテンションを下げることは出来ねぇ。次は俺だ。俺なんだ。夢にまでみた『残像だ……』を実現するこのチャンス。譲る訳にはいかねぇ……ッ!!」

「お気持ちは痛いほどに分かりますっ……!! ですが、ご主人。私も後には引けないっ!! 引ける訳がないっ!! 諦めきれるんなら、そんなモノは夢じゃないッ!!」

「それを言ったら……戦争だろうがッ!!」

「ええ、だから私は『そう』言っているのですよ!!」


 ──そうして。

 俺たちはその場の勢いそのままに戦争をすることになった。



 これは、とある異世界転移の物語。


 完全自立型なら真っ向からぶつかることもあらぁな。


 To be continued...

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