第99話 ノヴァ・1

第九十九話 ノヴァ・1


 白銀色と山吹色の粒子が乱れ飛ぶ。輝く理力の奔流、ノヴァ・モードによって生み出された圧倒的な量の理力はアルヴァリス・ノヴァとティガレストを中心に、帝都イースディアを包み込んでいく。


「……まさか、これほどの理力とはな」


 侍大将、ギルバート・エッジワースは愛機マサムネの操縦席でポツリと零す。


 彼は生まれつき常人とは異なる景色、理力の流れを感じ取ることが出来た。その能力は特に理力甲冑戦において発揮され、相手の動作と連動した理力の流れを先読みすることで無類の強さを誇った。それは強い操縦士、つまり強大な理力の持ち主が相手であればあるほど理力の流れが見えた。


 だが、これほどの理力は彼の人生で初めてだ。機械の力を借りているとはいえ、文字通り眼で見えるほどの理力を発する操縦士はいなかった。必然、彼らの機体は理力の輝きによって直視できず、たとえ見えたとしても普段通りに理力の流れを感じ取れない。しかし、だからといってエッジワースは自身が不利になったとは思えない。これで対等に戦える。


「さて、試させてもらおうか!」


 エッジワースは操縦桿を改めて握り直す。ふと、こうして真剣に敵と向き合うのはいつ以来か。そんな事が頭をよぎったが、すぐに仕舞いこむ。今は、闘争心以外は不要なのだ。




 マサムネは腰に差した二振りの刀を抜き放つ。片方は長刀ビゼンオサフネ。もう片方は脇差マゴロク。どちらも侍大将の乗機に相応しく、帝国軍お抱えの鍛冶師が丹念に打った業物だ。理力甲冑の通常装備である片手剣と比べると細い刀身だが、現時点で最高の冶金学を駆使して打たれたこの二振りはちょっとやそっとでは折れず、欠けず、鋼鉄を軽々と斬り裂く。


 エッジワースは機体の腰を深く落とし、重心を低くどっしりと構える。輝く二つの人型が同時に左右へと跳び、一拍もしないうちに距離を詰めてきた。


(迅い!)


 ほとんど偶然に近かった。左右から迫りくる初撃をマサムネは両手を広げ、それぞれの刀でどうにか受け止めることが出来たが、先ほどまでとは動きがまるで違う。クリスのティガレストに搭載された理力エンジン、その本領発揮した状態では全身の人工筋肉が数倍の性能にもなると話には聞いていたのだが、ここまでの速さだとは。


「だが!」


 両腕の手首を反しつつ、自身は後方へと逃げる。マサムネはそれぞれ受け止めた刀を巧みに逸らし、左右から圧し込んでくる相手の力の方向を少しだけずらしてやったのだ。アルヴァリス・ノヴァとティガレストは圧倒的な速度で踏み込んでくるため、力の向きを僅かに変えてやるだけで簡単に衝突する直線上に乗せてやれる。


 適度に機体の人工筋肉を脱力させたマサムネはスルリとその場から抜け出す。そして、その直後には二機の理力甲冑が正面からぶつかりあう――――かに見えたが。


 白と黒の理力甲冑、いや、今や白銀と山吹の理力甲冑は恐るべき速度にも関わらず、お互いに衝突することなく機体を制御していた。その技量、その反応性にエッジワースは目を瞠ってしまった。


 アルヴァリス・ノヴァとティガレストは少し離れた場所ですぐさま切り返し、再びマサムネへと猛攻を仕掛けてくる。最初こそ圧倒的な瞬発力に驚きはしたものの、侍大将であるエッジワースが見切れない速さではない。


「そこだッ!」


 煌めく粒子の光を反射した二振りの剣を迎え撃つ。例え理力の流れを先読みせずとも、相手の挙動、相手の思考からその動きを見切るのだ。


 鉄と鉄が激しくぶつかり何合も打ち合う。気勢を上げ、丹田に力を込める。右から左から、交互に、時に同時に。相対する二機の理力甲冑は間断なくマサムネへと斬りかかってきた。



 今、エッジワースの心の裡は驚嘆、もしくは充足に満たされていた。


 侍大将になってから、いや、それ以前より彼の心は戦いに際して鈍感になっていた。その生来からの能力はおおよそ強過ぎると言わざるを得ず、かといって目を閉じて戦うということも出来なかった。必然、エッジワースは相手をあまり痛めず無力化させる事に重きを置いた。


 彼の心情を知ってか知らずか、周りの人間は苦もなく相手を封じ込める戦い方をするエッジワースの技量を褒め称え、それが皇帝の耳に入るのに時間はさほど掛からなかった。


(この俺が本気で戦える相手……!)


 目の前に二人の操縦士はまだ若く、技量も完成はしていない。だが、その理力の輝きに示されるように素晴らしいモノを秘めていると直感的に理解できる。


(もしかすると、俺はこの時の為に理力甲冑に乗ってきたのかもな……)





 * * *





「でりゃあああ!」


 肺に溜まった空気を一息に吐き出す。ユウは理力を通じて機体の動作を感じ取り、また相手の動作を感じ取る。


 白銀に輝くアルヴァリス・ノヴァは、その右手に持った剣を軽やかに振り抜く。刃物用の特殊鋼で鍛え上げられた片手剣は重さを微塵も感じさせない動きを見せ、次々と空を切っていく。


 そして相手の刀とかち合った瞬間、その硬さと重量をようやく思い出して金属特有の衝突音と激しい火花を散らすのである。


 もともと機体重量の割に大きな人工筋肉の出力を誇るアルヴァリス・ノヴァは、まるで中身が伽藍堂ではないかと思うほど俊敏かつ機動力がある。それゆえに「連合の白い影」の異名を付けられるほどなのだが、ノヴァ・モードはさらにその素早さを飛躍させた。


 白銀の粒子を零しながらアルヴァリス・ノヴァは素早く左右へと機動し、一瞬のうちに間合いを詰めた。殆ど体当たりに近い斬撃だが、これもまた防がれてしまった。


「でも、刀を使わせてるのは一歩前進!」


 誰にでもなく叫ぶ。実際、ユウが言うとおり、この勝負においては先程まではいい様に遊ばれていたのを少なくとも互角にまで押し上げている。それと、長期戦になった場合に刀は不利な武器種だからだ。


(スバルさんも言っていた……刀と剣、同じ速度と力で打ち合った場合は刀が先に折れる!)


 日本刀のような形状をしているマサムネの持つ長刀と脇差。そのどちらもアルヴァリス・ノヴァやティガレストが持つ片手剣よりも切断力に優れる業物である。しかし良く研がれた刃先は薄く、それだけ刀身が折れやすいということを意味していた。


 通常、日本刀とは中心部に柔らかい鉄を、外側や刃にあたる部分を硬い鋼で包み込むことで硬さと柔らかさという相反する要素を両立させ、粘り強く戦闘に耐えうるものとなっている。


 しかし、もともと西洋甲冑や武具からその運用方法を確立させている剣は違う。


 相手が纏った全身の装甲を叩き潰すことに比重を置いたその戦闘方法ゆえ、理力甲冑全般が握る刃物はどちらかというと鈍器のような扱いだ。なので、切れ味よりも頑丈さが目立つ。


 バキィィン――――


 硬質な金属が破断する時の、甲高く嫌な音が響いた。


「お、折れた?!」


 アルヴァリス・ノヴァの右腕、その手が掴んでいる片手剣は根本の少し上辺りからポッキリ折れていた。そして少し後、離れた地面に折れた刀身が勢いよく突き刺さった。


「何をしている、ユウ!」


「ッ! すみません!」


 ユウは一旦マサムネから距離を取り、その場で膝立ちになる。クリスからの叱責に少しムッとするも、どうしてこちらの剣が折られたのか不思議で堪らなかった。


「……? そうか、刀身の同じ箇所を狙って……」


 剣の折れた箇所、その周辺は細かい傷やヒビがたくさん入っていた。恐らく、侍大将は斬撃を受け止める際に刀身の一点を狙い続けていたのだろう。圧倒的な速度で行われる攻防の最中、そのような芸当をやってのけるあたり、帝国軍最強の操縦士というのは伊達ではないらしい。


「ちょっとこっちが不利……かな」


 アルヴァリス・ノヴァはその場に折れた剣を突き立て、すっくと立ち上がると同時に再び背負った大剣を掴む。一息でその長大な刀身の両手剣を抜き放ち、自然な動きでそれを構えた。


「まだ……勝負はついていない!」






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