第96話  孤影・3

第九十六話 孤影・3


「ユウさん……!」


 ヨハンはステッドランド・ブラストの操縦席からアルヴァリス・ノヴァとティガレストの戦闘をチラリと視界の端で見ている。だが、決してユウの下へは駆け付けられない。


「ほらほら、よそ見してると両断しますよ!」


 ブウンと大気を斬り裂く音がし、ヨハンは咄嗟に回避運動を取らせる。つい今までいた空間は長大な両手剣が真一文字に振るわれ、もし一瞬でも遅れていればヨハンの機体は上半身と下半身に別たれていただろう。


「クソッ! こいつ角付きエース並みに強い!」


 ヨハンが相対する敵のステッドランドはその頭部に角こそ付いていないものの、機体の挙動、巧みな両手剣捌き、そして威圧感が角付きに勝るとも劣らない実力を表していた。


 そしてヨハンは連戦続きで疲労が蓄積し、乗機であるブラストは左肩から先が動かず、残っている武装も牙双短刀のほかには殆ど使いつくしてしまった。


「ヨハン様! しっかり!」


 だが、まだ彼の闘志が燃え尽きたわけでは無い。隣に立つカレルマインがいる。アルヴァリス・ノヴァも、レフィオーネもまだ闘っている。


「いくぞネーナ! こいつを蹴散らして、ユウさんや姐さんを助けよう!」


「ええ、合点承知の助ですわ!」


 二機は合図も無しに飛び出し、息の合った連携攻撃を繰り出す。それを両手剣のステッドランド、クリスの部下であるセリオ・ワーズワースは手にした両手剣で捌いていく。


(うーん、なんかこの二人……盛り上がっているなぁ……)


 ヨハンらとは対照的に操縦席で浮かない顔のまま、淡々と戦闘を続けるセリオ。彼は出撃前にクリスに言われた言葉が気になっていたのであった。


(それにしても、隊長はどうしてあんな事言ったんだろう……『連合軍の相手は適当でいい、恐らく本当の敵はその後に現れる』って、どういう意味なんだ?)

 

 セリオのステッドランドはしかし淀みない動きでブラストとカレルマインの攻撃を受け止め、躱していく。彼は角付きの機体を受領こそしていないものの、その実力は十分に持っている。そうでなければ、クリスの部下というものを続けてはいられないのだ。


「全く、あの隊長の事だから……またろくでもない事を考えてるんだろうなぁ!」


 日頃のうっ憤を晴らすかのように両手剣を大きく薙いだ。その攻撃範囲もさることながら、重く振りの遅い両手剣とは思えないほどの斬撃速度。比較的身軽なブラストとカレルマインでさえ、一歩間違えればやられていただろう。


 乗り気では無いとはいえ、セリオも一端の操縦士。眼の前にいるのが手を抜いて勝てる相手では無いことを十分に承知している。こうなった以上はとことんやるしかない。


「あとで奢ってくださいよ、クリス隊長!」

 




 * * *





(ぐっ……クリスさん、やっぱり手強い!)


(流石はユウ……このままでは決め手に欠けるか!)


 アルヴァリス・ノヴァとティガレストは何合と打ち合うが、互いに実力が伯仲している。素人目にもこのままでは勝負がつくには何か切っ掛けでもなければ、このまま永遠に戦い続けるのではないかとも思える。


「でぁああ!」


「そこぉ!」


 その事に二人とも気付いており、だからこそなのか両者が一撃に賭ける瞬間はほぼ同時だった。白い機体は上段から、黒い機体は下段からそれぞれ剣を振るう。どちらの斬撃も相手の意識の薄い箇所を狙っており、この一撃で決まらずとも勝負の行方を左右する損傷にはなりかねない。




「両者、そこまでだ」


 ユウは誰かの声が聞こえたと同時に、機体が動かないことに気が付いた。そして目の前にいたはずのティガレストが見えない。


 アルヴァリス・ノヴァとティガレストの間には濃紫の理力甲冑が立っていた。いや、間に立って二機の斬撃をそれぞれ片手で止めていたのだ。


 その機体は侍衆のカゲロウよりもさらに戦国時代の鎧甲冑を着込んだ武者のような印象を与える。濃紫の色はスバルが駆っていた紫紺号よりもさらに濃く、見るからに高貴な雰囲気がするのはまるで美術品のような洗練された意匠と曲線が融合しているせいだろう。


「侍大将……エッジワース殿!」


 クリスの声が響く。ならば、この機体に乗っているのが帝国軍最強の部隊、侍衆を率いる侍大将なのか。なるほど、本来、戦闘のための武骨一辺倒になりがちな理力甲冑にあって、皇帝の守護をのみを目的としたこの機体に相応しい外見だ。腰に差した二振りの刀以外に武装の類は見られず、必要最低限の装甲のみを纏ったその姿は歴戦の武人そのもの。


 だがユウには目の前に機体からは何の威圧感も殺気も感じられない。しかし、ユウとクリスの戦闘に割って入るからには相当の実力を持っていることは確かだ。


 ユウはひとまず後方へ飛び退って仕切り直そうとする。だが、おかしなことに一向に機体が動かない。


(まさか、剣を掴んでるだけで抑え込まれてる……?!)


 ようやくユウは気付いた。目の前にいる濃紫の機体は片手で文字通り剣を抑え込み、そしてそれは機体の動きをも封じ込めているのである。以前、スバルに聞いたことがあり、それによると古流剣術の使い手の中には一見無造作に相手の得物を掴んだだけで一切の動作を制することが出来る達人がいると。




「ふむ、酷くやられたな。この宮殿前の大広場は臣民の憩いの場、早急に修繕せねば」


 そしてその足元に、何人かの人影が。儀仗兵のような華美だが落ち着いた雰囲気の装飾と制服を纏った兵士……恐らく護衛の人間だろう。それに囲まれているのは赤い外套を羽織った銀髪とたっぷり蓄えられた髭が威厳を醸し出す初老の男性。


「あれが……皇帝……!?」


 ユウは似顔絵でしか見た事がないが、間違いなくそうだろう。周囲の兵士に見劣りしない立派な体格、簡素だが逆に荘厳な意匠となっている王冠、豪華な装飾と服装は嫌味がなく皇帝本人が持つ高貴な雰囲気と調和している。


「エッジワース」


 皇帝が一言、彼の名前を呼ぶ。すると濃紫の機体はパっとその手を離した。今まで機体が動かなかったのが嘘のように、アルヴァリス・ノヴァとティガレストは後方へとたたらを踏んでしまう。


 そしてユウは気が付いた。周囲に残っていた帝国軍の理力甲冑ら、さらにいつの間にか現れている多数の歩兵たちが一斉に膝を突き、首を垂れることに。




「さて、ユウ・ナカジマ君といったかな? 少し、話をしようじゃないか」


 自身の数倍の身長を誇る理力甲冑相手に、少しの動揺も恐怖も見せない。それどころかユウの方が若干気圧されているという自覚すらある。


 それほどに目の前のこの人物、十三代皇帝ジョナサン゠アル゠ラント゠オハラ゠オーバルディアは人間として優れているのかと思わされるのだった。





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