第10話『旅の果て』

嵐に巻き込まれた船が難破して、軍師は海に投げ出された筈でした。しかし、目覚めてみればそこは、粗末な寝台の上です。

軍師は最初、なんと呆気無くあの世に来てしまったのだろうと、全身に痛みを感じながら、ぼんやりと考えていました。

奇妙に赤茶けた髪を高く結った娘が、何かあまり馴染みのない麦の様なものの粥を持ってきて勧めます。

聞きなれない訛りが酷く、なかなか要領を得ませんでしたが、軍師は数日前に少し向こうにある川の岸に倒れていた様で、まだ息があると見たこの娘が、どうにかここまで運んできた様です。

海に放り出されて、詳しい場所も定かでない山中の川岸で助けられるとは信じがたい話しですが、現にこうなっていては是非もありません。

心の隅ではまだ、あの世かもしれないと思いながら、軍師は数日を体の痛みに耐えながら、娘が運んでくる粥を食べて過ごしますが、特に大きな怪我もなかったため、ほどなくして近隣を歩き回れる様になりました。

夜空を仰ぎ見れば、見た様な星の並びを見て取れます。数日見ているうちに、ともかく山を越えて南に向けて進み続ければ、国に戻れるものと見当をつけました。

軍師はそこで初めて、娘のことが目にとまりました。髪の色の他にはこれといった特徴もなく、ただこの山の一軒家で、いつからか一人で暮している様です。狩りなどもこなす様ですが、体つきは普通の娘。どちらにせよ、ただならぬ身の上であることには違いありません。

軍師は、娘にここしばらくの礼を言い、なんとかして自分の国に戻ろうと考えていることを伝えたところ、娘は、どれだけの道のりかもわからないのに、何も持たせられるものが無い。今粥にしている麦と、その種籾を持って一緒に行くと言うと、あれよあれよと言う間にすっかり旅支度を整え、弓矢を背負い、どこからか剣やら小刀も出してきました。

幾日もかけてようやく人里に出てみたところ、全く見知らぬ異国です。散々苦労した末に、どうにか言葉の通じる隊商とめぐり合うことができました。

娘とともに隊商の用心棒をしながら旅をして二年が過ぎ、ようやく国にたどりついた軍師は、即座に王府に向かいました。

流浪の軍師として王への拝謁が認められ、控えの間で待つ間、軍師は浮かぬ顔で娘に語りました。

今は間違いなく、軍師が生まれるより前の、自分が仕えていた王の何代も前の王の時代であること。かつて自分の父祖がこの国に仕え始めた頃だということ。

娘は、なぜそんなことを話すかと、軍師に問います。

軍師は、このまま王に会わず、この場を去り、どこかで二人で静かに暮らす方が良いのではないかと娘に告げました。

それを聞いて、次は娘が語ります。自分は物心ついた頃から、父親とあの小屋で暮らしていたこと。外法を使ったものの、ついに仙人になりそこねた父が最後に言い残した言葉によれば、いつか男が流されてきて、その男の命は一度男から離れているので、あとは娘が剣で殺さぬ限りは寿命の他で死ぬことはないということ。

つまりは、軍師の思いのままにせよと娘は笑いました。

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