第6話『魔女の取引き』

かつて、人の心が今よりも激しく喜びや悲しみを感じていた頃は、誰か大切な人を待ち、待ち焦がれるだけで運命が極まり、人は簡単に命を落としていました。

待つ人は、待って、待ち人と会うことを希望するだけで我知らず何かが満ちてしまうのだそうです。すると、必ず普通以上に命を削る時の過ごし方をしたり、不意のできごとで命を落としてしまうのです。

それが待つ人と待たれる人の運命の不均衡の元となり、世界のそこかしこで、決して会うことのできない悲劇を簡単に起こしてしまうのでした。

一体、待つことで人の何が満ちてしまっていたのか。今はもう、世界や人生が昔よりもずっと複雑になり、人の心自体が変わってしまったため、想像もつきません。

待ち、待たれることで起きる運命の不均衡の解明に最も力を尽くしたのは、十字軍の時代の魔女たちでした。

思い人の帰還を待つ純真な乙女たちの命が失われていくことを防ぐために、教皇の要請に従い、地上にキリストの正義の実現を目指す騎士や王侯貴族達は、皮肉にも、教会ではなく魔女たちに救いを求めたのです。

魔女たちは最初、簡単な媚薬などで少し気を変える程度のことをしていたのですが、それもたいした効き目が無く、やがては運命の女神たちとの取引きを試みる様になりました。

一説によれば、ロレーヌ地方の魔女が過去を司る女神との取引きで、全ての人の心から永遠に何かを失わせることに成功し、それをきっかけに、人と待つことの関係は完全に変わってしまったそうです。

それが喜ばしいことなのか、取り返しのつかない重大な代償を払ってしまったのか。それもあらゆる過去において、あらかじめ失われてしまったため、なにひとつわからなくなってしまいました。

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