第七話~王城を散策するよっ!~

 まるで養豚所の豚のように触手のスイーツを食い続けるわが国の王子様。なんて醜い姿なんだろう。一体何があったらこんなことになるのだろうか。きっとつらい日々に逃げようとして食べているのだろう。

 今はそっとしてあげよう。


「ぶぎゃあああああ、スイィィィィィィィツ」


 マジでそっとしてあげよう。

 という訳で、私はその場からこそこそと抜け出した。お父様もなんだか楽しそうにお話をしている。

 お母様は…………残像だ。

 セルシリア様も…………残像だ。


 かすかに聞こえる、金属と金属がぶつかるような音。


「半蔵、お母様とセルシリア様が何しているのか見える?」


 おそらく天井裏にいるであろう半蔵に訊いてみた。すると、床が揺れた。そして床が外れて半蔵がひょっこりと顔を出す。

 床、外れるんだ。床は石のタイルで敷き詰められているから隙間もないはずなのに…………。


「なんと見事な戦いでござろうか。さすが、皆殺しのセルシリアと首狩りシルフィーと呼ばれている人物でござる。というより、さっき知ったでござるよ。主殿の屋敷にいた疾風旅団の人たちから全部聞いてきたでござる」


「そういえば、誰かがそんなことを言っていたけど……それってお母様のことだったんだ。それに王妃様の二つ名が皆殺しって」


「あの二人は疾風旅団のリーダーと副リーダーでござるよ」


「ああ、だから王都の屋敷に疾風旅団のメンバーがいたんだ」


 なんとなく納得した。ふむ、あれも放っておいた方がいいよね。

 という訳で、私は一人になってしまった。

 お父様とディールライト様は真面目な話になっちゃったし。お母様とセルシリア様は殺しあっているし、豚は地面に顔をつけて触手をすすってるし。

 そうだ! お城を探検してみよう。私だって一応公爵令嬢だし、きっと大丈夫だよねっ!


 そう思って私は、そっと扉を開けて部屋を出た。

 出た先はまっすぐ長く伸びた廊下だった。曲がり角が一切ない、ただだた長い廊下が若干不気味に見える。

 何も見えないはずなのに、クスクスと笑い声が聞こえた。

 王城怖い……。


 声にビビって、壁際に立ち、辺りを見渡した。だけど誰一人としていなかった。

 半蔵に声をかけたが反応が返ってこない。もしかしてあいつ逃げた? 主を置いて逃げた? ひどいよ。こんな怖いところで一人にしないで。

 そう思った瞬間、突然大きな音がした。

 びっくりして、体を震わせて目をつぶってしまう。だけど何も起こらなかったので、そっと目を開けると、辺りが暗くなっていた。


 まだ日は沈んでいないはず、ならなんでこんなに暗いの。

 もしかして、雲が太陽を隠してしまったとかだろうか。

 でもこの暗さは不自然だ。そう思って窓に顔を向けると……。


「じーーーーーーーー」


 な、何かいるっ!

 私は急いで振り向き壁を見つめた。再び窓を見るのが怖い。私はいったいどうすればいいんだろうか。この状況の打開策を必死で考える。けど何も思いつかなかった。

 ガタガタと体を震わせていると、ポンっと肩をたたかれる。

 怖い気持ちをぐっと押し込んで、ゆっくりと振り向くと……。


「じーーーーーーーーーー」


 っと口で言っちゃう残念なメイドさんがいた。纏っている雰囲気がアンにそっくりで、怖い気持ちが不思議と消えていた。

 あたりを見渡すと、さっきまで暗かった廊下が明るくなっている。

 メイドさんは私に近づくと、ほっぺをぷにぷにしてきた。


「わ、ちょ、何するのっ!」


「おいしそう、食べていい?」


 ニタリと笑うメイドさんは、どこぞかのホラー小説に登場する幽霊のようだった。再び怖いという気持ちがわいてくる。でも、そんな気持ちはすぐに霧散した。


「ちょ、冗談っすよ。ところで、こんなところで何やってるですかー、馬鹿なんですかー、ぷーくすくすっ! だっせー」


 うぜぇ、すごくうぜぇ。話しかけてくれた瞬間、アンの同類だと確信した。

 あまりかかわりたくない。


「あなた、とてもうざいわ」


「よく言われるっす。あ、自己紹介したほうがいっすか? 私はクリスティラ。一応あの豚のそば付きメイドをやってるっす」


「私はヘンリー・フォン・ブスガルトですわ。頭が高い、控えなさいっ!」


「ははーってなんでやねん。ヘンリーちゃんはあれっすか、アンのところの公爵令嬢っすか」


「言い方がかなりうざいけど、まあそうね。アンは家の庭師よ」


「あれ? メイドじゃないんっすか」


「まあいろいろとあったのよ」


 それから私は、屋敷で起きた忌まわしき事件のことを語ってあげた。まあ、事件が起きてからそこまで時間がたっていないんだけど。

 クリスティラはリズムよく、うんうんと相槌を打った。

 そして、すべてを語り終えた後、彼女はこんなことを言いやがったのだ。


「ところで、なんの話をしてたっすか」


「嫌だからね」


「あ、耳栓とるの忘れてたっす。んで、なんの話っすか」


「耳栓して私と会話してたのっ。その事実に逆に驚いたわよ」


「へへ、褒めなくても」


「褒めてない、褒めてない」


 この子、いろんな意味で頭のネジがぶっ飛んでやがる。大丈夫なんだろうか。


「からかうのはこの辺で終わりにして、アンが転職したことについては了解っす。教えてくれてありがとうっす」


「私の話、ちゃんと聞いていたんだ。だったらふざけないでちゃんと言ってくれればよかったのに」


「耳栓してたのはほんとっすから、話はちゃんと聞いてないっすよ。読唇術がつかえるっす。口の動きでなんとなく理解しただけっすよ」


「ある意味でその特技はすごいわ」


 私もやってみたいわよ、読唇……。でも唇の動きだけで何言っているかわかるわけないじゃない。それがわかる、一握りの天才ってことね。


「あ、一つお願いしたいことがあったっすよ」


「え、何突然」


「無礼な態度をとっているの謝るんで、殺さないでほしいっす」


「今それ言うのっ! おかしくねぇ!」


 なんで今更そんなこと言うのさ。私はもう気にしていないし、アンで慣れちゃったから。それに、身分なんてあまり気にしたってしょうがないんだよ。

 あまりにもうざいと、処刑とか口走っちゃうかもしれないけど、アンよりはうざくないからまだ大丈夫。

 私は、クリスティラに向けて了解の意味を込めて親指を立てた。するとどうだろうか。クリスティラはとても悲しそうな表情になり、うつむいてしまう。

 私、何か変なことしたかな。

 気になって顔を覗き込む。すると、うざったらしい笑みを浮かべてこっちを見てきやがった。

 う、うぜぇ。


「もう一つお願いがあるっす。聞いてくれないっすか?」


「別に聞いてもいいけど、変なのは嫌よ」


「変なお願いっすけど、お嬢様には被害がないので大丈夫っすよ。被害を受けるのは豚だけっす」


「ならよし。聞いてあげるわ」


「私には願い事があるっす。あの豚をやせさせて、引き締まった筋肉を身につけさせて……」


 理想の男の子にでも育てたいのだろうか。でもあの豚だぞ。趣味悪いな。

 それともあれかな。ショタコンなお姉さん。やだわー。

 世間一般的に、ロリコンは危ない、ロリコンは病気、ロリコンは死ねばいいとさんざん言われているが、ショタコンについてはあまり聞かない。私が聞いていなかっただけかもしれないが。

 なんか女の子から手を出す場合は何も言われないっぽいイメージが出来つつあるけど、ぶっちゃけロリコンもショタコンも同じだからな。ロリコンが紳士でなくてはいけないように、ショタコンは淑女でなくてはならない。

 けど私の目の前にいるショタコンはどうだろうか。好みの少年を目の前に出せば、すぐさま襲い掛かるような気がする。

 やばいな、こいつも。


「飢えた野獣のような男どもの中に放り投げて喘いでいるシーンが見たいっすよ」


「考えていたことよりもひどかったっ!」


 ちょ、ちょっと予想の斜め上行き過ぎよ。逆に怖くてなんも言えんわっ!

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