第八話~あれには罰が必要だと思う~

 おいしい中華料理を食べて幸せなひと時を過ごした後も、市場を見て回った。

 楽しい時間を過ごしていると時間の流れを早く感じる。気が付けばあっという間に夕方になっていた。


「お嬢様、そろそろ帰りましょう」


「そ、そうね。もうちょっと見てみたかったけど、あまり遅すぎるとお父様も心配するわよね」


 あ、あまりにも楽しみすぎて街で情報収集するの忘れてた。

 そもそもなんの情報を集めようとしていたのかすら考えていなかったから仕方ないか。今度行くときはもう少し考えてから行ってみよう。あとあの中華屋さんには絶対に行く。常連として顔を覚えてもらえるぐらいに行きまくってやるっ!

 ちょっとだけガッツポーズしながら私はディランと一緒に帰路を歩く。あと少しで自由取引市場を出よとするところで、それを見つけてしまった。


「わぁ、かわいい」


 それはまるでムーちゃんを思い出させる人形だった。ふわっふわのもっふもふなウリボウの人形。ぎゅっと抱きしめたらすごく気持ちよさそう。


「ねえディラン。これ……」


「だめですよ、お嬢様」


「え、なんで?」


 ここまで来たんだから買ってくれてもいいだろうに。私は公爵令嬢なんだーーはっ!

 こうやってわがままになっていくのか。そして破滅に向かっていく。なるほど、こんな罠が仕掛けられているなんて……この世界はやばいな。

 ディランに、「やっぱりやめておく」と言おうと思ったのだが、先にディランが口を開く。


「この前お嬢様は人形を買ってもらいましたよね? それなのに新しい人形を欲しがるのはわがままですよ。そんなわがままを言っていると将来大変な目に遭うのです。ですから、今は我慢しましょう。この人形がどうしても欲しいというのであれば、来月まで取っておいてもらいましょう。これでどうでしょうか」


「うん、文句ないよっ! わがままはいけないもんね。それに来月までだったら我慢できるよ」


 やったー、来月まで我慢すればムーちゃん人形を買ってもらえるよ。

 それにしてもディランはなんていい執事なんだろう。私のことを心配してくれて。

 普通なら言われたままに与えてしまうのが使用人というものだろう。だけど私の将来をしっかり考えて発言してくれている。

 貴族の執事がみんなディランみたいな人なら平和になるんだろうな。


 ディランの言うことをしっかり聞いていればもしかしたら破滅しないんじゃないだろうか。そんなことを考えながら再び帰路を歩き出す。

 すると見覚えのある女性が肩を落としながらとぼとぼと歩いているのが見えてきた。

 うん、私のそば付きメイドのアンだ。手には馬券らしき何か握っており、哀愁を漂わせている。

 負けたんだな……ざまぁ!


 仕事をほっぽり出して競馬場に行くから負けるんだよ。これをきっかけに真面目に働いてくれたらうれしいのだけど、あいつのことだから絶対にないだろうな……。

 とりあえず哀愁漂わせているあいつを蹴飛ばすか。


 私はアンに向かって駆け出した。後ろから「お嬢様っ!」と言うディランの声が聞こえてきたけど今は無視していいだろう。それよりも仕事をサボって競馬場に行っていたアンに罰を与えてならねば、アンを雇っている公爵家の令嬢として間違っている気がした。


「アンっ! 覚悟っ!」


「え、ええ? おっふぃぃぃぃぃぃ」


 おしりを蹴飛ばしてやったら乙女らしかぬヤバい声が漏れた。

 もしかして、変なとこ蹴っちゃった?

 まあいいや。


「な、何事ですか……ってお嬢様っ! なんでこんな場所に?」


「ディランと買い物に来ていたんだけど、あんたこそ何しているのよ」


「えっと、その…………」


 目がぐるぐる泳いでいる。なんだろう、気持ち悪い。

 目が泳いでいるという表現は、視線を合わせないように視線を逸らすしぐさのことを言うはずなんだけど、アンの場合は視線を逸らすために視線が上に行ったり下に行ったり右に行ったり左に行ったり、あっちゃこっちゃしていた。まるでこっちを馬鹿にしているかのように思えてくる。殴りたい。


「お嬢様、突然走り出して……ってアン? お前は何をしている」


「はわわわ、ディラン……なんで?」


「さっき私がディランと買い物に来たって言ったじゃない」


「そ、そうでしたお嬢様。えっと私は……そう、買い物に来ていたのです」


「それは嘘ですね。朝のうちに僕が屋敷の買い出しを済ませていますから」


 さすがディラン。優秀だ。この駄メイドもディランのことを見習ってほしい。

 ジト目でアンを睨んでやると、またしても視線を逸らす。こいつ、反省しているのだろうか?


「その…………ごめんなさい。競馬場に行っていました」


「はぁ……またですか。お前は全然反省しないな。今日こそゼバス様にこってりと絞られるといい」


「絞っても胸からミルクは出ないよっ!」


「そうじゃないよ。その絞るじゃないからね。ちょっとは怒られて反省しろって言ってんだよ、ったく」


 うんうん、と私も頷いた。こいつはもっと怒られるべきだ。そしてクビ……は可哀そうにしても、もうちょっと真面目に働くようになればいいのに。


「お前はやれば僕よりも優秀なんだからもっと頑張ってほしいよ」


「えぇー、それじゃあお嬢様の笑顔とか怒ってぷりぷりしているかわいい顔とか見れない…………あ」


「アンタ、そんなこと考えていたの? てかアンって実は優秀なのっ! そっちのほうが驚きなんだけど」


「むふ、その顔が見たかったです。お嬢様、最高にかわぁいい顔してますよっ!」


 もしかして、私がかわいいからアンをダメにしているの。いやいや、そんなことないって。

 頭の中で広がってしまった百合的妄想を慌ててかき消した。

 前世では百合もイケた私だが、リアルにやるのは気が引ける。ああいうのは二次元だからドキドキするのだ。

 レズな人はリアルでもイケるんだろうけど、私はそっちの人じゃなかったからね。

 別に否定する気はないけど、自分の考えを押し付けちゃいけない。私は女の子が好きだからあなたも好きになりなさい的な考えはダメ。これは逆も同じことを言える。世間一般的に女の子は男の子と恋愛するものだからあなたもそうしなさいという考えもNGだ。人それぞれ違うんだから、互いの考えを許しあって尊重しあうのが大事だと思うの。

 お、今私いいこと思った気がする。

 だけどアンを許す気にはなれないがなっ!


「とりあえず、アンには罰を与えなきゃね。仕事サボって遊びに行ってるんだから」


「え、そんな。私は別にサボってないですよ。やることはやってます」


「そうなんですよお嬢様。こいつはメイドとしての仕事をきっちりとこなした上で遊びに行くものだから、怒るのも難しいんですよ」


 あれ、それなら怒っちゃダメなのか。でもこいつって私のそば付きメイドだよね。じゃあダメじゃん。家のメイドとしての仕事はできていても私の世話という仕事ができていないじゃん。じゃあ罰は必要だ。


「私のそば付きメイドとしての仕事が終わっていないじゃない。本当ならディランじゃなくてアンが行くはずでしょ。だったら罰が必要だわ」


「おお、さすがはお嬢様です」


「へへ、そんなに褒めなくても」


 ディランに褒められてちょっとだけうれしかった。手で頭の後ろをかきながら笑顔で誤魔化した。

 きっと私のテレなんてディランにはお見通しなんだろう。

 そんな私たちを、アンは青ざめた表情で眺めていた。


「お嬢様、お手柔らかにお願いします」


「そうね、あまり重たい罰にするのもかわいそうだから軽いのにしてあげる。とりあえず今度ここに来た時に龍寵宴りゅうちゅうえんのフルコースをごちそうして」


「え、ちょ、ちょっとっ! 今日の競馬で有り金すべてスッてきたばっかりなんですけどっ! 明日から水だけの生活なんですけどっ! お願いします、私にお金を使わせないで……」


 哀愁を漂わせているところアレなんだけど、お前馬鹿だろう。

 アンは泣きながら懇願してきたけど私は意見を曲げなかった。絶対にこいつにおごってもらう。その決意が曲がることはなく、アンは家に着くまで泣きまくった。

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