姉の島 

筋坊主

第1話 高校に全落ちしたら誘拐された

絶海の孤島 西京都にて

「ちょっと!何であんたが!!!」

僕は教室に入るなり少女がまるでゴキブリを見つけたかのように

叫び声を上げる。

「言ってなかったか?」

黒髪ロングの教師らしき女性が頭をボリボリとかく。

「言ってませんよ!

というかそもそも学校は男子禁制で」

「例外を入島の誓約書に書いてあったはずだけどな。」

「そんな!!」

少女はガサガサと学生カバンを漁る。

「ふぅ、それじゃあ

みんなに紹介するわね。

転校生の田中た....うーん。」

「たいちです。はは、読みづらくてすいません。」

「そうか、みんななかよくしてやれ。」

僕はこうして高偏差値、

最低偏差値60オーバーのとんでも高校での生活が始まった。


時は昨日ど遡る。

「.........」

俺は高校受験で3回落ちた。

日程が違う私立、本命、そして滑り止め。

ありえない…

最終学歴中卒、その圧倒的な絶望に合否の張り紙を

何度も何度も見回した。

スマホで写真を取って最新の画像認識ソフトまで使った。

だが何度見ても僕の受験番号は存在しなかった。

3月末の某日、近所の友達の家には合格者通知が届いていたらしい

夜遅くに両親が話しているのを聞いた。

数日後、

僕の家にはある手紙が届いた。

「西京都 天之宮高等学校 校長 西島龍耶

あなたは本校に置いて下記のコースでの入学が決定したので

ご通知いたします。

”特別コース”」

とだけ書かれた紙が封筒に入っていた。

何を書いているのか分からなかった。

受験すらしていない高校からの合格通知という事で

僕は早速高校名を検索エンジンで検索する。

ヒットしたのは同じ読みで全く別の高校、

というより、よく見てみるとそもそも

東京都ではなく、”西”京都。

何かの悪戯だったのか.…

こんな質の悪い悪戯をしかける犯人を

一発殴り飛ばしてやりたい気持ちに刈られつつも

どこまでも心が沈んで行くのがわかった。


翌日

「ルルルルッ!!!」

俺のスマホが激しく鳴り響く。

「誰だよ...」

ここ数日、食べ物が喉を通らないせいで

意識が朦朧としていた。

何とか起き上がって床に投げて画面が割れたスマホを取る。

「もしもし」

割れた画面でも何とか反応したらしく、

通話に切り替わる。

「田中泰一さんですね?」

声に抑揚がない。

だが澄んだ女性の声だ。

「はい。そうですけど。」

「合格通知は届きましたか?」

「あんたがあんな悪戯を?」

「悪戯ではありません。

家に居るのでしたら5分で準備して下さい。

封筒に同封した時刻は既に過ぎています。」

「一体何を」

言い終わる前に僕の部屋の窓が揺れ始める。

「???」

急いで部屋の窓を開けて外を見る。

すると遥か遠くから車が”飛んで”来ていた。

「なななっ!!!」

僕は急いで既に切れていた携帯を切り、ポケットに突っ込むと、

全力で階段を降りて裸足のまま家から飛び出す。

まっすぐに家に飛んできていた。

確実にぶつかる!!

「何をしているのです?」

空中を飛んできた車が空中で急停車すると家の小さな庭にすっぽりと降り立つ。

「なっ、あなたは何なんだよ!!!

それにこの車は!」

「あぁ、いい忘れました。

私は執事のマリアでございます。

車内から失礼します。」

黒塗りの車の窓がわずかに開き、

金髪の綺麗な髪だけが覗く。

「それと、この車は西京都の一般車です。」

「一般車?」

どう見ても高級の黒塗りのヤバい車にしか見えない。

っていうか、空飛んでたよな、今。

「それより、荷物はまとまっていますか?

その様子では....」

黒塗りの窓からでも外は見えるらしく

無機質な女性の声が低くなる。

「それでは私が準備いたしましょう。」

「おっ、おい!」

金髪の女性が車から降りる。

どうやらドアは横開きらしくスライドする。

中から現れたのは金髪をポニーテールにまとめた

外国人の女性、

濃紺の高めのスーツで決めているのがやたらと似合っている。

「?私の顔に何か付いていますか?」

「全く意味が分からないんだよ!!」

「そうですね。仕方ありません。

ですが、決定事項です。

あの入学通知は持っていますか?」

そう言えば、合格通知じゃなくて

入学通知だったな....

「部屋にあるけど」

「それでは行きましょう。」

女性が指をパチッと鳴らすと

車は透明化し、上空へと浮かび上がる。

「っ...」

もう理解が全く追いつかない。

俺はマリアが手を引くままに自分の部屋に戻る。

ていうか、どうして僕の家の構成が分かるんだよ.....…

全く迷いなく進んでいった。

「なるほど、ここですね。」

マリアが胸ポケットにはめていたメガネをかける。

すると、メガネには様々な幾何学模様と文字列がびっしりと表示される、

「ふぅ、全く。」

マリアは机の引き出しに入れていた入学通知の封筒を引っ張り出すと

もう一枚入っていたらしいやたらとQRコードの書かれている紙を僕に突きつける。

「これです。ご両親に承諾は....

今いただきました。」

「はぁ?」

両親は共働きで家には居ない。

というか、何を言っているのか全く分からん。

思考がぶっとんでんじゃないのか?

「だから、全く意味が」

「分かる必要はありません。

慣れて下さい。

あなたがそのスマホに使い慣れたように。」

マリアは俺の学生バッグにせっせと貴重品を突っ込む。

「一体何をしてるんだよ!いい加減に」

「それはこちらのセリフですよ。

メールも既読が付かず、困りましたよ。全く。」

マリアは僕の中学校の学生バッグを持つ。

「こんなの犯罪だ!!不法侵入で」

「残念ですが、我々に日本の刑法は通用しません。」

「ふざけるな!!」

僕は思い切り声を上げる。

だがマリアは全く動じずに

はぁっとこんな状況でなければ見惚れるようなため息をつく。

「残念です。」

マリアの姿が消える。

ボスッ

バッグが床に落ちると同時に

僕の頭がにぶく、鈍くなっていくのが分かった。

「....」

目蓋が重い.…


「っは!!!」

突然意識が何かで引き起こされる。

「西京都、日本であって日本でない場所です。」

「それは....」

抵抗出来る状況じゃないみたいだな。

両手足、いや頭部以外に麻痺が広がっている。

「ちなみにここはこれからあなたの部屋になります。」

「はぁ。」

首は何とか動いたので辺りを見ると勉強机、それにデスクトップPC、

他には時計など基本的なものが並んでいた。

「はぁ、本気みたいだな。」

こんなものを悪戯でするにしては手が込みすぎている。

「何かご不満でも?」

「それなら、どうして俺の体は麻痺してる?

完全に拉致監禁」

「だから私達には日本の法は適用されないと、

それに服はサイズが合っていますか?」

「ちっ。合ってる。」

「それは良かった。」

なんでこの人が僕の服のサイズを知ってるんだよ、

それも採寸の面倒な学生服の。

「それでは向かいます。」

「ちょっ!」

マリアに抱き上げられて部屋を出る。

「問題ありません。この島では私の力は最大限強化されていますので。」

「はぁ。」

この人の話を真面目に聞くと不味い気がする。

どうやら学生寮の一室だったらしく、

廊下にはポツポツと女生徒、いや女性が居た。

中には部活動のためか古臭いブルマを履いている人もいる。

だが違和感がある、

なにかと言うと、

女子ではなく、女性なのだ。

恐らく全員が二十歳を越えている。

「何をジロジロしているのです?」

マリアが僕の肩をやたらと強く掴む。

「痛いって。」

「あなたが悪いのです。」

「?」

一瞬だけ怒った原因は全く分からないが

階段をお姫様抱っこで降りるのは

かなり怖い。

マジで落ちそうだ。


「おー、マリアちゃん。やっと来たか。」

外に出ると潮の匂いが鼻についた。

それに防波堤がすぐそこに見える。

島なのか?

いいや、まだ本州の可能性も。

それなら陸伝いに逃げれば何とか逃げ切れるはずだ。

「えぇ、少々遅れました。」

「良い。早く乗ると良いよ。」

いかにもタクシーの運転手といった格好の男が例の空中に浮いた車のドアを開く。

何かこれはランボルギーニっぽいな。

フォルムだけだけど、タイヤないし。

「それでは。」

空を飛ぶ、と言ってもわずかに浮いている程度のまま

学校まで運ばれることになった。

高校生活が最初からこんな変なことになるとはな。

だが車に乗っている間にわかったが、

完全にここは本州じゃない、

所々見かける植物が明らかに俺の知らないものばかりだ。


「それでは着きました。」

浮いているせいか全く揺れないまま高速で移動する

結構怖い乗り物だった。

「それでここは?」

車が完全にその場に静止する。

「はい、ここがこれからあなたの通う高校、

天之宮高校になります。」


「はぁ、どっきりとかか?」

「ここまで手の混んだどっきりがあるとすれば、

あなたの友人の好きそうなビデオ程度でしょうか。」

「知らないって。」

俺は生憎そういうのとは距離を置いてるんだよ。

「そうですか。

ともかく、これを。」

マリアが僕に腕輪をはめる。

「っあああああ!!!」

その瞬間、激しい痛みが左腕から頭へと伝う。

「はぁ、全くマリアちゃんは肝心な時に乱暴だね。」

「いずれは通らなければならない道ですから。」

「はぁはぁ。

何しやがった!!!」

「ただの予防です。」

「でも体のしびれが取れた?」

「松さん、お支払いはいつもので。」

「了解、マリアちゃんも気をつけてね。」

「愛子さんにもよろしくと。」

「はは、伝えておくよ。

これからも娘と仲良くしてやってね。」

二人が話している間にそっと扉を開け、

全力で走る!!

ともかく、ここから抜け出すんだ!

このイカれた人と、

明らかに場違いな場所から!!

全力で校門から離れようと走る。

途中でこの学校の生徒なのだろう、

やたらと大人な女性が高校生の制服を着て登校していた。

そしてなぜか制服を着ている僕は目立つのか

ジロジロとこちらを見てくる。

「待ちなさい!」

ヒュッ!

一瞬でマリアが僕の前に降り立つ。

「どんなジャンプ力だよ!!!」

思わず突っ込まずには居られなかった。

頭のはるか上を飛び越えて眼の前に着地したからだ。

棒高跳びのオリンピックですらこんな高さは出ないだろう。

それを何もナシでやってしまうのだから、

もはや意味が分からない。

「逃げようとしても無駄です。」

マリアが一瞬なにか赤く光るなにかを手の中に発動する。

「ぐっ!!」

腕輪から何かが流れ込んできて体がしびれる。

思わず膝を付くと

マリアは僕を見下ろすように立っていた。

「良いですか?」

「くっ。」

どうしようもない、

これほどの圧倒的な身体能力、

それにこの腕輪。

思いっきり腕輪ごと左腕を

アスファルトに叩きつける。

「っ!!」

全く意味がなかった。

傷すら入らないのか。

「ちなみに腕輪を破壊することは出来ません。

この島で最硬の鉱石シスライト ちなみにモース硬度は10。

まぁダイヤでも持ってくれば別ですが。」

「一体何をさせる気なんだよ!!」

「だから言ったはずです。

あなたはこの高校で普通に学校生活を送って貰えばそれで良い。」

「だが明らかに男女比がおかしいだろ!!」

ていうか、

大人の女性が高校生の制服とか色々危険なんだよ!

それに俺はもっとまともな高校に。

「仕方ありません、彼女達は全員が姉。

残念ながら教職員も含めてこの高校に男性はあなた一人ですが、

進学には役立ちます。」

「そんなふざけた高校が」

「ふざけているのはあなたの方ですよ。」

「ぐあっ。」

しびれがさらに強くなる。

背筋で体を支えられなくなり、

思わず顔から地面に落ちる。

「っと。

男性とは言え顔は大事になさってください。」

「誰がこれをやったんだよ。」

「ですからこうして受け止めています。」

そう、顔がマリアの胸に突っ込んでいた。

柔らかい、

それで居て中には鍛え込んでいるらしい胸筋が感じられる

こんな時でなければ喜ばしいことだが。

「早くこの麻痺を解いてくれないか?」

今は時がときだ。

そんなこと考えている場合じゃない!

そうだぞ、俺!

「校内に入れば解除されます。」

マリアが俺に肩を貸して引きずり

校門をくぐる。

その瞬間、確かに全身の麻痺が取れた。

「一体どういう仕掛けなんだよ...」

もう抵抗する気の失せたので両手を顔の横に上げる。

「あなた方の好きな機内モードと同じようなものです。」

「そうですか。」

もう驚くのはやめよう、アホらしいし。

「何をしているの!」

少女が突然僕に向かって指差す。

「あぁ、彼は」

マリアが俺の前に回るより早く

「このドスケベ!!!!」

少女は僕の首を掴むと同時に足をひっかける。

「なっ!」

突然の出来事に体が硬直、

いやこいつはこれを狙っていたんだ。

合気道いや、柔道の技か!

「させません!」

マリアが突如少女の首根っこ掴み取ると

小石を持ち上げるかのように持ち上げる。

「ちょっ!離しなさいよ!そいつは不審者で

ってあれ?もしかしてマリア?」

少女がマリアの顔を見るなりジタバタをやめる。

「そうですが?」

「あんた印象変わったわね。」

首ねっこを持ち上げられたまま

少女はマリアをまじまじと見つめる。

「あなたほどではありません。」

「そう?何よそのバリバリのキャリアウーマンみたいなカッコ」

「以前からこうでしたが?」

澄ました顔で答えるが、

マリアの額には若干汗が浮かんでいた。

「昔はむぐっ!!」

昔と言い掛けた途端にマリアが

少女の口を強く塞ぐ。

「過去は水に流しなさい?」

その一瞬だけマリアから赤色の殺気が飛び出たように見えた。

「ひっ! ........あんた、ほんと手段選ばないわね。」

「当然です、私は彼の執事ですから。」

「あーあ、もう好きにしなさいな。

どうせその男は1年でしょ。」

「田中泰一。」

俺は何とか体勢を立て直して、

名前を告げる。

「はいはい。」

少女はやれやれと手を払うと

校舎に歩いていった。

「さぁ、参りましょう。遅れてはいけませんから。」

「もしかしてマリアも着いてくるのか?」

「勿論です。執事ですから。」

「そうか。もう突っ込まないからな。」

「えぇ、そのほうがよろしいかと。

どうせ説明されるでしょうし。」

「わかったよ。」

マリアの後を着いていく。

もうこうなったら仕方ない。

どうにでもなってしまえ。


「ここが体育館か。」

かなりデカイ、確か県の武道館とかがこんな大きさじゃなかったか?

「はい、そちらには一応トレーニング設備が揃っています。

ですが、あなたはこちらです。」

マリアに着いていく。

流石に特別コースだけあって少人数らしく、

小さなミーティングルームで入学式をするらしい。

まぁ、別に気にはならないが。

「ここです。私はこの辺りで。」

「はぁ、分かりましたよ。」


ミーティングルームと書かれた部屋にはいる。

「君が新入生だな。」

中に入ると黒髪の長い髪、それにスポーツをしている者らしく

かなり引き締まった女性だ。

いや、剣道だな。

前腕だけがやたらと発達している。

「はい。田中です。」

「ふむ。入学おめでとう。

私は君の担任になる柳生斬繪だ。

それでは早速、実力テストを始めるとしよう。」

「えっと、いきなりですか?」

入学式があるんじゃなかったのか?

「あぁ。当然だ。

校長も理事長も忙しい。

新入生一人に当てる時間はなくてな。」

女性は少し申し訳なさそうに目を伏せる。

「それは構いませんが、テストって。」

「安心しろ、簡単な筆記テストだ。」


1時間後

「そこまで。」

女性が本を読んでいるにもかかわらず

腕時計でピッタリと1時間立った瞬間に声を上げる。

この人完璧な体内時計でも持ってるのか?

「う~む、これは重症だな。」

「はぁ。」

「このレベルだと難儀するだろうが、

私達も全力でサポートする安心しろ。」

シュパッ!!

女性が目にも止まらない速さで僕の解答用紙を丸付けしていく。

「終わりだ。総合点309/900

開学30年以来最低点だ。」

「いや、そもそも1時間で捌く量では」

「はぁ。やはり外部生だとそうなるか。」

女性が俺の白紙まみれの解答用紙を見る。

ぱっと見た感じ、完璧に採点し終わってるし。

「この量は1年分の高校入試ぐらいありますよ。」

実際、国語、数学、英語、科学、社会と

5教科の問題が全て入っていた。

それも大問で各5題ずつ。

「知っているさ。」

「それを1時間でなんて。」

「ちなみに去年の入試問題だが、合格最低点は800だ。」

「っ!」

ありえない。

こんなの最低でも全てを解くのに最低でも3時間いや4時間は掛かる。

最後に取り敢えず記号問題だけを回答したおかげで

かろうじて当たったのかもしれないが

それを9割近くなんて不可能だ。

「まぁ良い。ともかくお前は特別コースだからな。

着いてこい。」

女性が長い黒髪を揺らしながら部屋から出ていく。

部屋を出るとマリアは居なかった。

流石に24時間僕につきっきりということは...

「久しぶりですね。柳生。」

マリアがいつの間にか後ろに回り込んでいたらしい。

「あぁ。マリアか。」

柳生と呼ばれた女性は振り返りもせずに手を振る。

「全く、久しぶりの再会だと言うのに。」

「執事になるなんてな。」

「柳生こそ、まさか新任の教師になるなんて。」

「...」

柳生先生が立ち止まる。

「似合わないか?」

「いいえ。」

「.........」

柳生先生が振り返ってマリアの目を見つめる。

二人は無言の内に数百もの情報をやり取りしているように見えた。

そしてしばらくすると再び歩き始めた。


校門から見えた巨大な校舎に入る。

この前なにかで見たニュヨークのドデカいビル、

いやそれ以上だろう。

クリーム色の校舎が堂々と天に突き刺さっているようにも見える。

高さは高層ビルほどではないが、10階はあるぞ、これ。

それに圧倒的な幅。

校舎の端から端まで恐らく数百mはある。

「何をノロノロしている?」

「す、すいません。」

あまりの大きさにわずかに歩みが止まっていた。

「柳生、彼を頼みます。」

「あぁ、お勤めか?」

「はい。」

「マリア?」

「申し訳ございません。後ほど。」

そう言い残すとマリアが一瞬で姿を消す。

まるで空気と同化するように

「相変わらず見事な消身だな。」

「なんですか?それは。」

「?、なるほど。秘密主義のあいつのこどだ。

全く何も知らされていないのか?」

「はい。」

どうやら二人の間で意思疎通が出来てなかったらしいな、

前言撤回。

「それは参ったな。

っと。」

柳生先生が突然耳に手を当てる。

「どうかしたんですか?」

「呼び出しだ。

悪いが2-Aに行っといてくれ。

話は付けとく。」

「はぁ。」

柳生先生が突然姿を消す。

やはりマリアと同じで空気に溶け込むようにして体が消えていく。

「2-Aか。」

今、居るのは1階、

だが新入生は居ないらしく

1年と書かれた教室は全く空だ。

恐らく2階なんだろう。

階段を登って2階へと登ると

2-Fと書かれた教室が見えた。

教室の1つ1つがやたらとデカいせいで

かなり遠くに2-Aが見える。


「失礼します。」

2年は既に授業があるらしく、

FからBまで既に教員が教壇に立って何かを話していた。

念の為後ろの扉から入る。

「ちょっと!何であんたが!!!」

僕が教室に入るなり少女がまるでゴキブリを見つけたかのように

叫び声を上げる。

F~Bまでの教室の様子で覚悟は出来ていたが、

本当に女子、いや女性しかいない。

「あ、言ってなかった。」

黒髪ロングの教師らしき女性が頭をボリボリかく。

何か柳生先生に凄く似てるような.…

というか姉妹みたいだな。

「言ってませんよ!

というかそもそも学校は男子禁制で」

って、校門付近で会ったあいつだ。

「例外を入島の誓約書に書いてあったはずだけど。」

「そんな!!」

少女はガサガサと学生カバンを漁る。

「ふぅ、それじゃあ

みんなに紹介する。

転校生の田中た....うーん。」

「たいちです。はは、読みづらくてすいません。」

「そうか、みんななかよくしてやれ。

そこ座っていいぞ。」

僕が一番後ろの空いている席に座ると

柳生先生の姉妹である女性は

何もなかったかのように日本史の授業を再開する。

そもそも2年に授業ということもあるが、

授業のペースが早すぎて全く理解出来ない。

ていうか、ちょくちょく論文を引用したりして説明するのは良いが、

高速過ぎて内容が頭に入らない。

授業は黒板など使わず、

それに輪をかけてスライドで説明されるわけだが、

そのスクロール速度がおかしい。

10秒に一回、

いや下手をすれば5秒に一回スライドが移る。

「そういうわけだ。

はい、終わり。

解散」

茫然自失のまま45分の授業が終わる。

授業が終わるなり柳生先生は姿を消す。

ドンッ!

それを見計らってか少女が僕の机を叩き割る。

「ど う し て あんたがここに居るのよ!!!」

額にあらん限りの血管を浮かび上がらせながら

僕の襟をグイグイと締め上げる。

めちゃくちゃ力が強い、まるで象みたいな巨大な動物に掴まれている感じがする。

「仕方ないだろ。俺も全く分かってないんだ。」

「じゃあなんで!ここに入れてるのよ!!

ってその腕輪!」

俺の腕輪を見るなり飛び下がる。

そしてどこからか取り出した

赤く輝く槍を首めがけて突き刺す。

「っ!」

思わず目を瞑ったその瞬間

「そこまでです。」

メガネの女性が槍を素手で弾き飛ばす。

槍は高い天井に深々と突き刺さった。

本物だったのかよ..........

「あなたは何をして」

「そいつの腕輪を見なさい!!」

マリアさんにはめられた腕輪は

蒼色に輝いている。

「そいつはエリスの侵略者よ!」

「いいえ、待ちなさい。腕輪の光の色」

「蒼いけど」

「エリスの腕輪は?」

「ピンク、妹らしく嫌な色よね。あっ!」

「気づいた?」

「こいつはエリスの手先じゃない。」

「そういうことよ。

ごめんなさい。田中君。

ほら!真希も頭を下げて!」

メガネの女性が少女の頭を抑えながらペコリと頭を下げる。

「流石に槍は驚いた。」

「アマテラスの武具も知らないなんて、

本当に大丈夫なのかしら。」

真希と呼ばれた少女はバツが悪そうに膨れる。

「もしかして新入生の人ですか?

今年度はアマテラスの加護が弱まっていると聞きましたが。」

「全くわからないんだが。」

「こいつ、多分違うわ。」

「?だから何が違うんだ?」

「アマテラスに選ばれし姉ではないという意味です。」

「はぁ?」

アマテラス、日本で知らない者は居ないであろう

神話の神だ。

「御伽話ならよそで」

「御伽話ではありません、

アマテラスは存在し、

このように」

メガネのおさげの女性がどこからか赤色に輝く杖を表出させる。

「あんたもか」

「えぇ。アマテラスに選ばれし姉です。

これはアマテラスに選ばれし者の証 陽具です。」

「よく分からんが凄い光ってるな。」

「えぇ、太陽の破片でもありますから。」

「もう全く分からん。好きにしてくれ。」

あの空飛ぶ車と言い、何が起こっても驚かんぞ。

「それでは私が詳しく説明します。」

何か変なスイッチをふんでしまったらしいな。

「それより、あんた自己紹介しなさいよ。」

真希、お前は面識すらない俺を

いきなり投げ飛ばそうとしただろうが。

「あぁ、申し遅れました。

2-Aの委員長の眞榮城 優希子です。

ゆきでも、ゆきこでも構いませんよ。

それでは新入生の田中君に

簡単に説明しますね。」

委員長はメガネをくいっと掛け直す。

なんかこう、大人の女性っぽくて危険な感じがするな。

「分かった、頼む。」

どうせ休み時間も10分ぐらししかないのだろうから諦めて聞こう、

もしかしたらこの島から脱出して。


「えっと、すまん。もう頭がパンクしてきた。」

開始3分にして情報密度が多すぎた。

「要約すると西欧から突如侵略してきたエリスという

女神に対抗するために作られたのがこの西京都です。」

「あぁ、それは分かった。」

「では、どこが分からないのですか?」

「いや、姉がどうとか妹がとか」

「場の安定の話ですか?

これは単純に場が不安定になっているせいで、

現在の異常気象や、災害に繋がっているということです。」

「あれは単純に地球温暖化で」

「それはカバーストーリーと言いますか、

地球温暖化は周期的なものなのです。

ですがこの異常気象と災害の頻発は」

「その良く分からないエリスって神のせいってことか?」

「はい。」

「ありえんだろ。」

「まぁ、この学校に入った以上は恐らく慣れていくと思います。」

そんな委員長の不吉な予言と共に休み時間は幕を閉じ、

また、普通の授業を数倍速にしたような授業を受けるのだった。


「終わった。」

授業が終わったというものあるが、

何より全くついていけない。

速すぎる上に、情報密度が圧倒的だ、

「ふふっ、お疲れ様でした。」

委員長が笑顔で話しかけてきた。

「もしかしてこんなのがずっと続くのか?」

「はい。もしかして難しかったですか?」

「いいや、難しいとか言うレベルじゃないんだが。」

時々笑い話を入れている所しか分からなかった。

「そうですか、それではこれから図書館に行って一緒に勉強しますか?」

「あぁ。出来ればそうしたいんだが」

今度はわかったぞ。

「マリアか。」

後ろに立っているマリアの気配に気づいた。

「既にそこまで力が馴染んでいましたか。」

「どういうことだ、説明してくれ。

執事なんだろ。」

「はい。」

「そういうわけで、委員長には悪いが俺はマリアと用がある。

また今度お願いするよ。」

「そうですね。」

委員長は少し残念そうに去っていく。

委員長が居なくなったことで俺とマリア以外無人になった教室、

時々外から部活動の声が聞こえる。

「それでこの島が特別なのは分かった。

エリスとかいう訳のわからない奴に対抗して

この島は作られたんだろ?」

「はい。そしてアマテラスのことも?」

「あの槍やら杖のことか。」

「えぇ、陽具。アマテラスの力のほんの上澄みを更に分割したものです。」

「それで、どうしてそんな意味の分からんモノに俺が巻き込まれるんだ?」

正直言って全く心当たりがない。

それに恐らくコイツらのせいで

本来合格するはずだった高校に落ちているんだ。

何か負け犬の遠吠えぽく聞こえるけど。

「あなたが選ばれたからです。」

「何にだ?」

「姉と弟は結ばれる。

アマテラスの弟はご存知でしょう?」

「スサノオか?」

「はい。あなたは彼に選ばれた。

いいえ、その程度なら無数に居たはず。

あなたは完全に共鳴したのです。

スサノオと。」

「神話の神様とどうやって共鳴するんだよ。」

「DNAによる身長、体重、それに指向。」

「何が言いたい?」

「あらゆる個人情報を元にした人の波、

とでも言うべきものとスサノオのそれが完全に合わさった

正確にはちょうど1010倍という整数倍になっている。」

「はぁ?」

「人と波長が合う合わないいうのがありますが、

あなたはそれが神とちょうど合ってしまっている。

そしてちょうど元服の歳を過ぎた時、

16歳になった時にあなたの中にはスサノオの力が宿った。」

「意味が分からないぞ。

変なオカルトの話ならよそで」

「では証拠を。いでよ、紅月」

マリアが突如、あの2人と同じように赤色に輝く短剣を表出させる。

「腕輪を。」

言われた通りに腕輪を見ると

「光ってる?」

あの時は命からがらでそれどころではなかったが、

今ははっきりと分かる。

確かに腕輪をはめられた左腕の当たりからわずかだが変な感覚がする。

「それでは外します。」

「外せたのか?」

「えぇ、これは本来スサノオの持つやたらと使いにくい力を

抑えるためのものですから。」

「使いにくいって.......」

「ここでは危険ですので、校庭に向かいましょう。」


「ここなら大丈夫でしょう。」

校庭の隅っこ、

ブルマやら普通の体操服を着た見た目的にはかなり毒な女性達が

必死で部活に取り組んでいる。

「何をジロジロ見ているのです?」

「べ、別にそういうわけじゃ。」

「ともかく、腕輪を外します。」

マリアが再び短剣を取り出す。

「おい、もしかして。」

「これは再使用が出来ないものですので。」

シュパッ!!

素早く短剣を振り上げ、

腕輪を真っ二つに切断する。

何か、結構フォルムとか凝ってたのにもったいないな。

「それでは。」

マリアが俺の肩にそっと手を置く。

そして体を引き寄せる。

「おい、これは.....」

感動のハグシーンとはならずに、

「いてっ!」

体、ちょうど頭の辺りから一本の蒼色に輝く太刀がボトリと落ちる。

「分かりましたか?

形態は違えどあなたも同じ力を持っています。」

「これは俺の体から?」

地面に落ちてもなお、まるで南国の海のように蒼く輝く太刀を拾い上げる。

「はい。それがスサノオの力。

エリスの圧倒的な力に対抗するための切り札と成り得る武器、

草薙の剣 真打」

「真打ち?

本物じゃないってことか?」

「いいえ、神話の草薙の剣は

鍛冶屋が出来が悪いからと捨てていたのを

蛇が村ごと飲み込んだに過ぎません。

それは真打ち。

草薙の剣を打ったとされる鍛冶屋の最後の一振り。」

「ともかく凄い太刀ってことなんだな。」

やたらと重くて全く使える気はしないが。

「はい。ですが太刀を持ってしても今の肥大化した

エリスに対する直接的な効果はありません。」

「まぁ、神様相手に刀じゃダメだろうな。」

そもそもどうやって倒すんだよ、神とか。

概念と戦うようなものだぞ。

「直接的には。

ですがその刀を用いることでエリスの眷属を倒すのです。」

「よく分からんが、手下を倒していけばいいってことか?」

「はい、そうすればやがて奴そのものが顕現する。

その本体を我々の決戦兵器で蹂躙、調和します。」

「殲滅じゃないんだな。」

「はい、あくまで世界の均衡を元に戻すことが目的ですから、

殲滅してしまえば、逆に均衡が崩れてしまいます。」

「シーソーみたいなものか。」

「さっきからやたらと例えが子供ですね。」

「良いだろ。そっちがやたらとこり過ぎなんだよ。」

「そうかもしれませんね。」

何やら午後に呼び出された間にかなり疲れているらしく、

午前中の覇気というか、

冷徹な感じが弱まっている気がする。


「夕食の時間です。

外で食べましょう。」

インターホンになぜか拡声器がつけられており、

外からのマリアの声が部屋に響く。

陽が完全に落ちるまで今日の授業の復習をしていたせいで気づかなかったが

もうこんな時間か。

「執事なら自炊とか出来ないのか?」

「執事とは言え、まだ見習いですので。

それに以前卵焼きを作ろうして真っ黒に。」

「はは、それは大変だな。」

流石にダークマターを食べるわけにもいかず、

仕方なく部屋から出る。

「それで、外とは言ってもどうするんだ?

俺はお察しの通り、金なんてないぞ。」

4月の初週、

親の給料日が中頃ということもあり、

小遣いももらえないままここに連れてこられたせいで、

所持金は3kほどだ。

「問題ありません。学生証はありますね?」

「あぁ、これだろ?」

「それがあれば、この島での飲食はタダになります。」

「凄いな、それは。」

もう、驚かない。

平常心、平常心っと。


翌日

「朝ですよ。」

「あぁ、マリアか。 って!!」

起きるといつの間にかマリアがベッドの中に居た。

それもあのスーツじゃなくて、

結構大きめの寝巻き。

のはずなのだが、

マリアはめちゃくちゃ着痩せするタイプなのか

胸が入っていない。

胸が!!!

「何をジロジロ見ているのです?」

「いや、なんでもない。

あと勝手にベッドに入ってくるな。

その危ないだろ。」

「何がでしょうか?」

「いや、その何というか。」

「冗談です。あなたも既に元服が過ぎていますからね。」

マリアは俺より少し歳上らしい妖艶な笑みを浮かべる。

「..........」

大人の女性の対応には全く経験のない俺はただ黙るしかない。

「朝食は準備出来ています。」

「あ、ありがとうな。」

起き上がって、確かに机の上に置かれていたコンビニのサンドイッチを食べ、

Vazasプロテインを飲んだ。

部屋の外で待っているらしいマリアと合流する。

「相変わらず自炊はしないんだな。」

「朝から黒焦げのダークマターを食べる趣味はないと思いまして。」

「確かにないな。」

って、そこまでなのか。

「白米を炊いたはずが、黒焦げに。

味噌汁を作ったはずが味噌の粉に。」

「よく分からないが、それは火力が強すぎんじゃないのか?」

「アマテラスの加護のせいでしょうか。」

「厄介なもんだな。」

お互いにだけどな。

俺もよく分からん光る太刀をぽんと出せる能力なんて

全く使える気がしないし。

「それで、今日はどうしてスーツじゃなくて

そんな学生みたいな格好してるんだ?」

「一応、転校生ということにしておきました。」

昨日までバリバリのキャリアウーマンみたいな

マリアが学生服を着ているのは結構違和感があるが、

「まぁ、実際生徒は社会人多いみたいだしな。」

あの高校は何というか、

日本の大学よりも平均年齢が高い。

海外とかだと学び直しの大人もいるらしいが。

「えぇ、平均年齢は25歳。

アマテラスの加護は姉に強く働くということもあり、

30代から40代の女性が最も加護が強く、

年齢が下がるについてれ加護が弱まる傾向にあります。」

「50代以降はどうなるんだ?」

「文献によると肉体的な限界を越えた圧倒的な力を振るうらしいですが、

現代に顕現したのがちょうど40年前というものあって」

「39歳までしかいない と。」

「はい。」

「そうだ、何で高校なんだ?

失礼だがそういう年齢なら大学の方が有益なんじゃないのか?」

「そうもいかないのです。

高校というのはある程度規則と制服がありますね。」

「まぁ、それはそうだな。」

「規律と制服、これが以外とアマテラスの加護を強めることが

最近の研究で分かってきまして。」

「何か、取って付けたような理由だが。」

「アマテラスは弟と交わるほどかなり変わった神ですので。

色々彼女なりのこだわりがあるのかと。」

「はぁ。仕方ないか。」

日本の神話に限らないけど、

そういう変わりようがホントあれだよな。


今日は徒歩で通学するらしく

学生寮を出て海沿いの道を歩いていく。

「しかし、本当に島なんだな。」

防波堤の階段を登って見るとどこまでも海が広がっている。

「一応、日本の海域には入っていますが、

本土はかなり遠いですね。」

「それはエリスってのが関係してるのか?」

「はい、やはり力は距離が近いほど強く働きます。

東京の辺りは既に奴の手中に。」

「いきなり乗り込んで言って眷属って言うのを倒すわけにはいかないわけだな。」

「はい、エリスの場によって

恐らくあなたのスサノオの力も弱体化される、

いいえ、下手をすれば封じられるでしょう。」

「でもそんなの分かるのもののか?

俺が普通に東京に行ったら襲われたりするんだろ?」

「えぇ、間違いなく。

たどり着けすらしないでしょう。」

「新幹線でもか?」

「公共交通機関は論外です。

眷属はどこにでも居る。」

ってことは、ここを脱出しても

外にすら居場所がないってことか?

ロクでもない事態に巻き込まれてるんだな。

「だったら何で今までは大丈夫だったんだよ。」

「あなたはご自分の誕生日が何時かお忘れて?」

「そういえば、元服がどうのとか言ってたな。」

「あなたが顔をやつれさせていた間に迎えた誕生日、

元服と同時にあなたの中にスサノオが宿ったのです。」

「そんなことなら中2の夏休みでも東京に遊びに行くんだだったな。」

「どうせ、あなたのことです、

有名どころのスカイツリーとかでしょう?」

「まぁな。」

そもそも東京とか行ったことなからな。

修学旅行も京都だったし。

「そう言えば、

かなりやつれた顔が溶けてきましたね。」

「あぁ、その何というか....

ありがとうな。」

何だかんだでマリアに連れ出されたおかげで

断食にも近い状態が解け

目眩も立ちくらみもない。

「いいえ、執事として当然のことをしたまでです。」

「はは、それなら次は昼飯でも作ってくれよ。」

「ダークマターになりますよ。」

「まぁ。少しずつ上達していけばな。」

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