第39話 AIって、いいことだらけなの?

〈登場人物〉

サヤカ……小学5年生の女の子。

ウサ……サヤカが3歳の誕生日にもらった人語を解するヌイグルミ。



サヤカ「ねえ、ウサ。今日学校で、AIが2045年に人類を超えるっていう予測があるっていうことを、習ったんだけど、それを習ってから、なんか怖くなっちゃって……」


ウサ「怖いって、どうして?」


サヤカ「だって、AIが人類を超えるってことはさ、AIが人類よりも賢くなるっていうことでしょ? そうしたら、人類はAIに従わないといけなくなっちゃうんじゃないの?」


ウサ「そういう風に予想する人もいるね」


サヤカ「そんなの嫌だよ!」


ウサ「でも、もしかしたら、その人類を超えたAIによって、今、人類が問題として抱えていることが、解決されるかもしれないよ。環境問題とか戦争とか食糧問題とか、そういうことがなくなるとしたら、いいことじゃない?」


サヤカ「それはそうだけど……でも、AIによって、人類が問題にしていることが解決されるなんて……なんかおかしいような気がする。なんでそういう気がするのか分からないけど」


ウサ「それは多分、サヤカちゃんが、人類が他の動物と違っている一番の特徴を知性だと思っているからじゃないかな」


サヤカ「知性?」


ウサ「そう。考える力のことだよ。人類が他の動物と違っている一番の特徴が考える力だとすると、人類を超えるAIの登場によって、その特徴が一番の特徴じゃなくなっちゃうよね。それがサヤカちゃんは嫌なんじゃないの?」


サヤカ「うーん……そういう気持ちもあるかもしれないけど……それだけじゃないような気がする、うーん…………あっ! 人類を超えるAIによって、今人類が抱えている問題が解決されたとしてもね、それって、人類自体が解決したわけじゃないから、また新しい問題が起こったときに、人類がもうその問題について対応ができなくなっちゃうんじゃないかってことかも」


ウサ「でも、その新しい問題についても、AIが解決してくれるんじゃない?」


サヤカ「あっ! ……うん、そうかもしれない……でも、それって本当にいいことなのかなあ。自分たちの問題を、AIに代わりに解決してもらい続けるなんて」


ウサ「人類は自分たちにできないことを技術で解決してきたわけでしょ。自分たちでは空を飛ぶことができないから飛行機を作って、自分たちでは体の中を見ることができないからレントゲンを作った。だとしたら、自分たちで解決できない問題をAIに解決してもらっても構わないんじゃないかな」


サヤカ「うーん……ねえ、ウサ。じゃあさ、AIに問題を解決してもらうことで、何か悪いことって無いのかな?」


ウサ「ふふ、あるよ」


サヤカ「えっ、なに?」


ウサ「さあ?」


サヤカ「意地悪しないで、教えてよ、ウサ」


ウサ「意地悪しているわけじゃないのよ、わたしにも分からないの」


サヤカ「えっ、じゃあ、どうして、あるって言えるの?」


ウサ「それはね、あるものを得るっていうことはね、必ず、あるものを失うっていうことだからなの。得だけするっていうことはね、絶対にできないようになっているのよ。人類が、人類を超えたAIを手に入れたときに、人類はね、必ず何かを失うことになるの。それが悪いことじゃないかな」


サヤカ「あるものを得ると、あるものを失う?」


ウサ「そうよ」


サヤカ「……それって、本当かなあ。得だけするっていうことって、結構あると思うけど。たとえば、わたし、この前、お祖父ちゃんにお小遣いをもらったんだけど、これって、得じゃない? わたし、何も失ってないと思うよ」


ウサ「お小遣いをもらえば確かに得したように思われるけど、お小遣いをもらったことによって、サヤカちゃんは、もらう前よりも、お金の価値について考えなくなったんじゃないかな」


サヤカ「えー……そんなこと無いと思うけどなあ」


ウサ「お祖父ちゃんからもらったそのお小遣いで何か買った?」


サヤカ「うん、買ったよ。欲しかったマンガの新刊」


ウサ「お祖父ちゃんからお小遣いをもらう前は買わなかったんでしょう?」


サヤカ「買わなかったよ」


ウサ「どうして?」


サヤカ「持っているお小遣いが少なかったから、そのマンガを買っちゃうと、他に欲しいものが買えなくなっちゃうから」


ウサ「そうすると、そのマンガはどうしても必要なものじゃなかったっていうことだよね」


サヤカ「うん、まあ、どうしても必要なものとまでは言えないかな」


ウサ「そうだとすると、サヤカちゃんは、お祖父ちゃんからお小遣いをもらったことで、どうしても必要なものではないマンガを買ったわけだから、必要の無いものにお金を使ったっていうことになって、お金の価値を以前より考えなくなったっていうことにならないかな?」


サヤカ「えっ……で、でも、ウサ、そしたらさ、お金が増えたことで何かを買った人は、いつだって、お金の価値を以前よりも考えなくなっているってことにならない?」


ウサ「そうなるね」


サヤカ「えーっ……でも、そんな風に考える人なんて普通いないと思うけど……」


ウサ「そこが大事なところなの。普通、人は何かを得たときは、得たものにだけ目が行ってしまって、そのとき同時に何かを失っているかもしれないっていうことは考えもしないのね。でも、何かを得たときはね、確実に何かを失っているのよ。そうして、失われたものは省みられないの。もしも、その失われたものの方が、得たものよりも価値があったらどうなる?」


サヤカ「……損をすることになる?」


ウサ「そうよ。手に入れたことで、かえって、損をすることになるの」


サヤカ「じゃあ、何が失われることになるか、あらかじめちゃんと考えておかないといけないね」


ウサ「そうよ。でもね、何が失われるかっていうことを、あらかじめ知ることは、本当に困難なことなの。『失ってみて初めて分かる』っていう言い方が為されるときがあるけど、それは本当のことなのよ」


サヤカ「……でもさ、ウサ。ちゃんと考えれば、失う前にも分かるような気がする。失ってみないと分からないなんて、そんなの悲しいことでしょ?」


ウサ「そうね。もしも、それが分かるとしたら、人類を超えるAIの力を借りなくても、人類は自分たちで自分たちの問題を解決できるようになるかもしれないね」

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