第24話 歴史の勉強って、意味あるの?

〈登場人物〉

サヤカ……小学5年生の女の子。

ウサ……サヤカが3歳の誕生日にもらった人語を解するヌイグルミ。



サヤカ「大昔のことって、どうしてそれが本当に起こったかどうか、分かるの? だって、今生きている人はそれが起こったところなんて、見てないじゃん。どうして、『1192年に源頼朝が鎌倉幕府を開いた』なんてことが分かるの?」


ウサ「確かにそれを直接見た人はいないけれど、たとえば、文書が残っていたり、伝承が残っていたり、遺跡があったりして、それが起こっただろうことが推測されるのよ」


サヤカ「でも、それって、多分そうだっただろうってことでしょ。絶対確かなことじゃないんだよね?」


ウサ「そうね」


サヤカ「だったら、そういう大昔のことを知るって言っても、ひょっとしたら全然間違ったことを覚えようとしているかもしれないの?」


ウサ「その可能性はあるね」


サヤカ「じゃあさ、そういう大昔の歴史を勉強するってどういうことなんだろう。全然間違っている可能性があることを覚えるなんて、おかしいと思う」


ウサ「歴史を勉強するっていうことはね、ただ過去に起こった出来事を覚えるっていうことじゃないよ」


サヤカ「えっ、違うの?」


ウサ「全然違うよ。何年に何が起こったなんていうのは、歴史の勉強の一部かもしれないけれど、大切なところじゃないわ」


サヤカ「じゃあ、どういうこと?」


ウサ「これはね、サヤカちゃんの人生で考えてみると、分かりやすいと思う」


サヤカ「わたしの人生?」


ウサ「サヤカちゃんは、今、11歳だよね。そうすると、サヤカちゃんには、11年の過去があるって言えるね」


サヤカ「うん」


ウサ「その過去の出来事を知りたい……たとえば、小学1年生のときに何が起こったか知りたかったら、どうする?」


サヤカ「どうって……アルバムを見たり、そのころのことをお母さんに聞いたりするかなあ」


ウサ「それでね、小学1年生の……つまり4年前の、4月7日に、小学校の入学式があったっていう事実が分かったとして、『4月7日、サヤカ、小学校に入学する』なんてことを覚えることって、サヤカちゃんにとって何か意味があることかな?」


サヤカ「そんな日付なんて覚えても別に意味ないと思う」


ウサ「そうだよね。大事なのは、その入学式の時に、サヤカちゃんがどういう気持ちを抱いたかってことだからね。じゃあ、その気持ちを知るためには、どうすればいいと思う?」


サヤカ「やっぱりアルバム見たり、お母さんに聞いたり、あとは、まあ……自分で思い出すとか」


ウサ「うん、そのとき、どういう気持ちだったのか、初めて小学校に行くことになって、お母さんと離ればなれになることで不安だったりとか、新しい友だちができるかもしれないことに期待したりとか、そういうことを思い出そうとするよね。それが、過去の事実を知るっていうことなの」


サヤカ「……うーん、自分自身の場合はそれでもいいかもしれないけど、歴史の場合はそうはいかないでしょ。だって、わたしは、頼朝じゃないんだから、思い出そうとしても思い出せないもん」


ウサ「うん、でもね、頼朝だって、サヤカちゃんと同じ人間なんだよ。ということは、頼朝が幕府を作ったとき、どういう気持ちだったのか、想像することはできるんじゃないかな」


サヤカ「それが歴史の勉強なの?」


ウサ「そうよ。まるで自分が過去に実際にそれをして、今そのときのことを思い出そうとしているかのように上手に想像すること、それが歴史の勉強なの。何年に何が起こったとか、この事件とあの事件の関係性なんていうのは、大したことじゃないのよ。『歴史は鏡だ』っていう言葉があるんだけど、知ってる?」


サヤカ「うん、先生が教えてくれた。歴史っていうのは、繰り返すものだから、お手本にしなさいってことでしょう?」


ウサ「全然違うよ。いい、サヤカちゃん、歴史っていうものは決して繰り返したりはしないの。一度死んだ人間は生き返らないからね。歴史は鏡だっていうことの本当の意味はね……鏡には何が映る?」


サヤカ「えーっと……自分?」


ウサ「そう、頼朝のことを勉強するとき、その人は頼朝の中に、自分を見るのよ」


サヤカ「頼朝の中に自分を見る?」


ウサ「うん、頼朝だったかもしれない自分を見るの。そうしてね、もしも自分が頼朝だったらどういう気持ちを持つだろうって考えて、自分ならこういう気持ちを持ってこう行動するのにどうして頼朝はその気持ち通りにしなかったんだろうとか、自分でも頼朝と同じ立場に置かれたら同じ気持ちになってそういう行動を取るかもしれないとか、そういうことを考えるのが歴史の勉強なのよ。もしも、あとから、新しい証拠が見つかって、本当は、1192年に源頼朝は鎌倉幕府を作っていなかったことが分かったとしても、そんなことは大した問題じゃないのよ。ある人になりきって過去のことを思い出そうとすることそれ自体が歴史の勉強なんだからね」

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