第50話 切ないバレンタインデー。

卒業を間近に控えたバレンタインデー。お互い、就職も決まって、卒業式を待つのみ。研修直前の、しばらくの休息のような日々だ。


今年のバレンタインデーは瑠奈お得意のガトーショコラ。友人間では評判で、ファンが多い。同じレシピなのに、瑠奈が焼くと格別にしっとり、濃厚に焼きあがるのだ。そしてもちろん、このガトーショコラの一番のファンは学であろう。定番とはいえ、バレンタインにふさわしい一品といえよう。


「この部屋でこうして過ごすのも、あと少しなんだよな。」

いつものようにベッドの中で抱き合っていると、学が呟いた。最近、学は口癖のように言う言葉だ。

「そうね。でも、新しい部屋に引っ越すわけだし…。」

学は就職をこの近辺に決めたので実家には戻らずに、また別のマンションに引っ越して、一人暮らしを続けるのだ。


「この部屋は思い出深いから。それに、この次に住む部屋は、瑠奈との部屋にしたかったから。」

「そっか。きっと、この次だよ!」

瑠奈がキスをすると、学もキスを返す。

「今迄みたいに毎日会えないけど。もう学生じゃないから、当たり前なんだよな。」

「だね。さみしくなったら、仕事帰りにふらっと寄っちゃうかも。」

瑠奈が学の胸に顔をうずめる。学が抱きしめる。

「毎日でも、いいよ。瑠奈が待ってる部屋に帰りたい。」

「本当に?行っちゃうよ?」

「いいよ。」


遠距離になるわけでもなく、これまでよりも瑠奈の自宅に近いマンションに引っ越すのだが、学にしてみれば、この部屋との別れは名残惜しいものがあるのだ。


そして、出会った頃の男の子みたいだった、弟分のようだった瑠奈は、言葉遣いも仕草も女の子らしくなり、ますます愛おしく、また別々の職場という目の届かない環境が学を不安にさせていた。


「なあ。瑠奈。」

「何?」

瑠奈がうずめていた顔をあげた。


…もし俺が、これから出会う君の同僚たちに嫉妬ジェラシーしているって言ったら、どんな表情かおをする?


俺を見つめる純粋な瞳は、知られたくない嫉妬ジェラシーを見透かしてしまいそうだった。これ以上見つめさせたくなくて、思わず抱きしめた。

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