第46話 剣を取れ、魔法少女!
――――もう、駄目だ!
思わず目をつぶったぼくの耳に、がしゃん! という甲高い破壊音が飛び込んできた。
刀が肉を斬るのとは、明らかに異なる響きにおそるおそるまぶたを開けると……くるくると回転する何かがぼくのすぐ足元にざくり、と突き刺さった。
「ひゃっ!」
それは、水晶で形作られた剣……愛音ちゃんが術によって生み出した、四本の剣のうちの一本だった。
はっとして広場の中心に目をやると、そこには刀を振り下ろした【廃れ神】と……少し離れた位置でひざまずく樹希ちゃんの姿。
その周囲には、月明かりをキラキラ反射する細かい破片――――おそらく、愛音ちゃんの残り三本の剣の成れの果てが散らばっている。
そうか! 樹希ちゃんを襲った【廃れ神】の斬撃は、すんでの所で愛音ちゃんが操る水晶の剣にブロックされていたのか。
空中に跳ね飛ばされながらも仲間のピンチを見逃さず、瞬時にフォローに入る愛音ちゃん……流石は歴戦の術者。ただ見ていることしかできなかったぼくとは雲泥の差だ。
けれど、彼女の支払った代償は大きい。【廃れ神】の刀を受けた剣はばらばらに吹き飛んでしまったし、愛音ちゃん自身も地に伏したまま起き上がれずにいる。
剣の操作を優先したせいで着地に失敗してしまったのだろうか? すでに猫化の術も解け、戦える状態にないのは明らかだ。
そして、九死に一生を得た樹希ちゃんもボロボロで肩で息をしている有様。もう一度あの近接雷術を放つだけの余力があるとは、とても思えない。
つまり、大ピンチな状況は変わらないどころか……今やお手上げと言っていい。【廃れ神】と戦えるだけの実力がある二人が、揃って限界を迎えてしまったのだ。
「もう、どうしようもないっていうの……?」
【廃れ神】が、そのゆったりとした歩調で樹希ちゃんに迫ってくる。止めを刺すつもりなのか? もう勝負は決まったようなものだというのに……
――――ああ、そうだった。【廃れ神】にとって……これは“死合い”。己か相手かの死をもって初めて終わりを告げる、決死の闘いなのだ。
己を倒せる者が現れるまで、あいつは目の前の敵を
「……剣技? そうか、剣技だ!」
ぼくの中で生じた、一筋の思考の閃き。
「あいつは……【廃れ神】は剣での戦いに執着している。あれだけの霊力があるなら、わざわざ近寄って剣を振るまでもなく戦えるはずなんだ」
ぼく達の術を受け付けない結界を張れるのなら、その力を攻撃に回せば――――それこそ衝撃波でもビームでも何でも出せるだろう。
それをしないのは、あいつが剣に固執しているからだ。主の剣技で戦い、主が果たせなかった剣と剣の激突の末に倒れる事こそが……【廃れ神】の願い。
「だから、剣を持った相手が現れたなら……きっと優先して狙ってくれるに違いない、よね?」
『とーや、もしかしてトンデモナク無茶なコト考えてない?』
しるふにはお見通しみたいだ。ぼくの視線が……目の前に突き立った一振りの剣に注がれている事に。
――――それは愛音ちゃんの水晶の剣、その最後の一本。他の三本と違い、奇跡的に原型を留めてはいるものの……刀身にはいくつもの欠けや細かいヒビが走り、まともな切れ味など期待できそうにない。
そもそも水晶でできた剣。魔法で強化されているにしろ、最初から鋼の刃と打ち合えるような代物ではないのだ。
……けれど、腐っても剣。愛音ちゃんが攻撃に使った時は結界に弾かれていたけど、向こうの刃を防御する事はできていた。
つまり、無条件で弾かれるわけじゃない。あいつの間合いの外からの攻撃でさえなければ、術で生み出された剣でも結界を通るって理屈になる。
「飛び道具としての剣じゃ、ダメだったんだ。人が手に持って使わなければ……自分の命を預けた剣じゃなければ、敵として認めてもらえない」
『と、とーやっ!』
伸ばした手の先が水晶の剣の柄にかかる寸前、しるふの叫ぶような思念が頭の中に響く。
「……ごめんしるふ。またこんな事に巻き込んじゃって。今度ばかりはちょっと本気でダメっぽいよね」
うっかり忘れそうになるけど、ぼくとしるふは一心同体。無茶をすれば当然、彼女も傷つくのだ。
「だから、無理しなくていいよ。ぼく一人でも、囮になる事くらい……」
『そういうトコだよ、とーや』
ぼくの脳を揺さぶる、激しいダメ出しの思念。
『いつも言ってるよネ? アタシととーやはイッシンドータイ、イチレンタクショーだって。なのに昨日のアレはなにサ! 勝手に変身カイジョとかしちゃって……』
昨日……愛音ちゃんと戦った時のことか。あの時はただ、これ以上犠牲を出さないように必死だった。
傷つくのが、ぼく一人で済むのなら。そう思ったら、しるふだって道連れにしちゃあいけないと思ったんだ。
『言わなかったケド……アタシ、結構傷ついたんだからネ! とーやのコト、ウンメイのヒトだって思ってたの……アタシだけなのかナって。イザって時は置いて行かれちゃうような、そんなカンケイだったのかナって』
――――ざくり。心が抉られた音が聞こえたようだった。
ぼくは、しるふのためを思ってそうしたつもりだった。彼女を傷つけたくない、その一心で。
しかし、それはぼくの勝手な思い込みでしかなかった。しるふの事を考えていたつもりで、実は……何も分かってはいなかった。
「ご、ごめん! あの時は、そうするのが一番だと思って……けど、しるふの事を信用してないとか、そういう事じゃないんだよ!」
自分でも、苦しい言い訳だと思う。ぼくは変身を解除する事で、しるふを守ったつもりでいた。その選択そのものが、彼女自身の気持ちを置き去りにしていた事を……彼女の心を傷つけていた事も知らずに。
――――“良い事をした“という自己満足に
『だったらサ、とーや。今度は連れてってくれるよネ? もうオキザリなんて、コリゴリなんだから!』
「……ほ、本当にいいの? ついてきたら正直、無事じゃあ済まないよ?」
『ツイテクもツイテカナイも、アタシ達はイッシンドータイでしょ! それにアタシが居なきゃ、マンガイチのカノーセイだって無くなっちゃうヨ!』
腰に手を当てて、ドヤ顔のしるふの姿が脳裏に浮かぶ。こんなぼくに、彼女はついてきてくれる……命を、預けてくれる。
そうだ。いるじゃないか、ぼくにも。あの【廃れ神】とその主のように、互いに支え合う……魂の絆を結んだ相手が。
ぼくにとっての、折れない刃。一心同体、一蓮托生のパートナーが!
「――――うん。それじゃあ行こうか。樹希ちゃん達の代わりに、あいつを引き付けるよ!」
ぼくは地面に刺さった水晶の剣を引き抜いた。魔法で作られているせいか、思ったより軽い。
『オーケーまかせて! アタシ達の底力、見せてあげまショー!!』
まずは、動けなくなった二人から【廃れ神】を引き離さなければ。ぼくは足を肩幅ほどに開いて立ち、胸を張って大きく息を吸い込んだ。
そして、広場いっぱいに響くように……響いてくれると信じて、叫んだ。
「無銘正宗、
――――【廃れ神】の動きが、ぴたりと止まった。樹希ちゃんを間合いに捉える、まさに一歩前。兜を被った頭部がこちらを向き、燃えるような眼光をぼくに浴びせかける。
魚鷹丸……それが【廃れ神】の真の名前。【門】を通して繋がったあの一瞬、ぼくが垣間見た記憶の中には……無銘の彼に主が付けた名前もあった。
「ええと、我と立ち会えっ! 我が名は……灯夜! 月代灯夜なりっ!」
とにかく、あいつの注意を引き付けなければ! 時代劇を見た程度の知識から、精一杯それっぽい口上を並べてみたけど……ぼくがこんな大声を出したのっていつ以来だっけ?
【廃れ神】の視線が、ぼくの上をゆっくりと舐めるように動いていく……まるで、品定めをしているかの様に。
そして、たっぷり十秒程の後、そっぽを向いて樹希ちゃんに向き直った。
「え、ちょっと!」
『とーや! アピールが足りないんだよ! もっとこう、サムラーイとかブシドー的なヤツ!』
そ、そうか! ぼくは水晶の剣を正面に構え、もう一度叫んだ。
「立ち会え、魚鷹丸っ! お、臆したかっ!」
樹希ちゃんに向かって踏み出そうとした【廃れ神】――――魚鷹丸の動きが再び止まる。丁度「臆したか」のあたりでだ。
「あー、我が剣の前に恐れをなしたか、臆病者め! 敵に背を向けるなど、お前の主君に恥ずかしくないのかっ!!」
乏しい時代劇知識をフル回転させて、全力で罵倒する。いわれのない悪口なんて本当は言いたくないけど、もう手段を選んではいられない。
甲冑の足が、ざくりと土を踏む。ゆっくりと、しかし激しい怒りのオーラを
『ヤッター! 大成功!』
「う、うん……でも、めっちゃ怒ってるよっ」
がちゃがちゃと鎧を鳴らし、【廃れ神】は気持ち早足で近づいてくる。武士はその名誉を傷つけた相手を、誰だろうと容赦なく切り伏せるという。
正直怖いけど、それでも樹希ちゃん達が狙われるよりはマシだ。
間合いの一歩前で、怒りに燃える鎧武者が足を止めた。そして、ぼくと同じように刀を正面に構える。これは、決闘の作法か……剣と剣を一度打ち合わせた時が、開始の合図。
頭に血が上っているかと思いきや礼儀作法を忘れないあたり、流石は剣士の意思を継ぐ者か。
『ここからが本番だヨ、とーや!』
「うん。最後の最後まで、一緒にがんばるよっ!」
そう、ここからが本番だ。樹希ちゃんの話では、もうすぐ謹慎になっていた高等部の術者が応援に来てくれるはず。それまで何としてもこの場を死守しなければいけない。
素行不良だとか危険な術を使うとかで評判が悪いけど、もう頼れるのはその人だけだ。
ぼくとしるふが倒されたら、次は樹希ちゃん達の番。それだけは……絶対に阻止しなければ!
「……いざ尋常に、勝負っ!」
【廃れ神】の刀が、ゆらりと揺れた。それに合わせて、ぼくも剣を動かす。
硬い刃が触れ合う……きぃん、という鋭い残響の中で。
――――ぼく達の決闘は、その幕を開けたのだった。
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