第29話 これって修羅場!?

 静流ちゃんにどう話しかけるかは、一応何通りか考えてあった。


 けれど実際、こうして対峙してみると……事前のシミュレーションなんて、何の役にも立ちはしない。

 心臓がばくばくと脈打つ一方で、凍傷にでもかかったように胸がきりきりと痛む。何か言わないと、説明しないと。けれど頭の中はぐるぐると堂々巡りを繰り返すばかりで、最初の言葉が出てこない。


「林先生に頼まれた……訳じゃないわよね? 先生は、私一人でいいって言ってたもの。大体、わざわざあなたに力仕事を頼むわけがない」


 床に置かれた段ボール箱を一瞥して、そう言い放つ静流ちゃん。

確かに、頼まれたわけじゃない。だけど……


「関係無い人が、余計な事しないで」


 ――――関係無い、余計な事。


 ぼくがやったのは、まさにその通りの事だ。もう一度静流ちゃんと話したい、ただそれだけの為に……友達に迷惑までかけて。

 やっぱり、やめておけばよかった。ちゃんと話すどころか、余計に気まずくなっただけじゃないか。


「オイオイ、そんな言い方って無くね?」


 はっとして振り返ったぼくの前には、両腕を胸の前で組み、睨みつけるような表情のちかちゃんがいた。


「こんなクソでかい箱をわざわざ持って来てやったってのに。フツー文句の先に礼を言のがスジってもんじゃねーのか」


 そうだ。ここにはぼくと静流ちゃんだけじゃない、ちかちゃんも居たんだった。そうなると色々とまずいことになる。

 彼女は性格的に、もめ事に首を突っ込まずにはいられないタイプなのだ。


「頼まれてもいない人が勝手にした事に、どうしてお礼を言わなきゃならないの」


 めっちゃガンつけてるちかちゃんに微塵みじんも怯むことなく、淡々と言い返す静流ちゃん。ああ、彼女も性格的に自分が正しいと思ったら絶対引かないタイプ。ぼくの知る限り、彼女はこうした脅しに屈した事は一度も無い。


「大体、あなた誰? 月代君の友達? それにしては、ずいぶんとガラが悪いような気がするけど」


「ああ? なんだテメー、えらく上から目線だなコラ?」


 まさに、一触即発……二人が同じ場所に居合わせるシチュエーションは今まで想像した事なかったんだけど、目の前の光景はなんというか……ヤバイ。

 完全無欠の優等生である静流ちゃんに対し、ちかちゃんは反体制派のアウトロー。出会ってしまえば何かしらの衝突は必至だ。

 さらにまずい事に、ちかちゃんは静流ちゃんを「敵」と認識している……ぼくに対する冷たい態度から察してしまったのだろう。


 ちかちゃんがケンカする時、その理由の大半は自分の為じゃない。腕力も度胸も無い友達の代わりに、彼女は進んでケンカを買うのだ。


「ちょっとセンセーと仲いいからってビビるとでも思ってんのか? オラっ!」


「とにかく、無関係な人が居ると邪魔なの。早く帰って頂戴……お友達と仲良く遊ぶ時間がなくなるわよ?」


 言い終える瞬間、ぼくを鋭く睨みつける静流ちゃん。氷のように静かに、でも確実に……怒っている。

 その怒りの大半はちかちゃんの無礼な態度にではなく、ぼくに向けられたものなのがハッキリ分かった。


 ――分かった、けど余計に分からなくなった。彼女は、どうしてそこまでぼくを嫌うのだろうか? この場のやり取りだけでこんなに怒るのは、やっぱりどう考えてもおかしい。

 そもそもぼくの知っている綾乃浦静流なら、ちかちゃんのような相手にももっと、スマートで穏便な対応ができたはずだ。


 それをしないどころか、まるで火に油を注ぐかのような態度。何か……変だ。ただぼくという人間一人を嫌いになっただけじゃない。静流ちゃん自身に、何か変化が起こっているのだ。


 そしてその変化こそが、ぼくがずっと知りたかった答えに違いない。


「……あのな優等生、自分から手を出さなきゃケンカにならねーとか、思ってたりしねーよなぁ?」


 ちかちゃんが静流ちゃんの襟首を掴んで……って、ちょっと目を離したスキに状況が悪化してるよ!


「っ……あなたこそ分かってる? 放課後といってもまだそこら中に人がいるのよ。私が悲鳴のひとつも上げれば、困るのはあなた達の方なんだけど」


「なるほど、そいつは困った……なんて言うかよ! センセーが怖くてケンカができるかァー!」


 言いながら拳を振りかぶるちかちゃん。ヤバイ! ここで止めなきゃ。二人とも……静流ちゃんはそう思ってないかもだけど、ぼくの大事な友達だ。

二人が争うのをこれ以上、黙って見てはいられない!


「やめてちかちゃん! 静流ちゃんも! 二人ともケンカしちゃダメだよぅ!」


 なけなしの勇気を振り絞って、二人の間に割って入る。

けれど、そんなぼくに対する二人の反応は……


「灯夜は黙ってろ!」


「月代君は黙ってて!」


 こんな時だけ、なぜか綺麗に意見が一致するふたり。取り付く島もない、とはこういう状況を言うのだろうか。ぼくは一応、事態の当事者のはずなのに……


 即、殴り合いの危機だけはなんとか回避できたとはいえ、二人の間には今も殺気に満ちた視線の応酬が続いている。

 どうしよう、コレ。とりあえず悪いのはぼくなのだから、ぼくが土下座したらどうだろうか……いや、それで静流ちゃんの機嫌が直るとは思えないし、ちかちゃんはむしろ怒るだろう。


 この場をすんなりと治める方法はすでに無く、かといって十分な説明を聞いてもらえる状況でもない。

 どうしようもない。けど考えなくては……二人が争う原因を作ったのは他でもない、ぼく自身なのだから。



「ん、シズル……静流……確かどっかで、あー! なーるほどね……」


 不意にそう呟き、ぐいっと唇の端を歪めるちかちゃん。すごく……悪者っぽい笑顔だ。突然どうしたのだろう。にやにやと笑いながら静流ちゃんを舐めるようにめ付ける。


「何よ。何が成程だって言うの?」


「どっかで聞いた名前だと思ったんだよなー。なるほど、オメーが噂のアレか……」


 噂と聞いたあたりで、不意に静流ちゃんの表情が強張る。


「なぁに、噂だよ……当時の噂。聞いたのは五年になった頃だったかなー。あんまりえげつねー話だったんで覚えてたんだわ」


 なに? 噂? ちかちゃんは一体何の話をしているんだ? 静流ちゃんについて、ぼくも知らないような事を……つい先程まで面識もなかった彼女が知っているとでも言うのだろうか?


「なんだったら聞かせてやるぜ……当時の四年三組の噂。ホントにあった“陰謀説”をな!」



 そしてちかちゃんが語り出したのは……ぼくの知らない、いや、知っているのと違う内容の話だった。

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